新たなる旅路へ 第四話
「ポルトガへ着いたぞ!帆をたため!錨を下ろせ!!」
「「「アイアイサー!」」」
 十数日の航海の末、一行はポルトガへと辿り着いた。

「失礼ですが、入国許可証を…」
「おう。これだ。」
 マリウスは腰に下げた袋から薄い金属の板の様な物を取り出して、兵士に見せた。兵士は「はい、結構です。」と言いつつ道を開けた。ニージスも同じような物を提示して、ポルトガ領へと入って行った。
「入国許可証を提示して下さい。」
 ホレスは魔法の鍵を取り出して彼に見せた。
「おお、魔法の鍵ですか。砂漠を越えていらしたようで…ご苦労様です。」
 労いの言葉をついでにかけた後、彼は三人へ道を開けた。

「ここがポルトガか…。」
「随分賑やかじゃねぇか。」
 ホレスとマリウスは町の風景に軽く感銘を受け、それぞれそう呟いた。
「ああ、ポルトガは海運が自慢の街ですからな。」
「そうですね。」
 レフィルはサークレットを外し、乱れているが長い髪を揺らしていた。出で立ちが旅装束でなければ、町娘の中に溶け込みそうな雰囲気であった。
「……。」
 蒼い着物に身を包んだ赤毛の少女が後ろからカラコロと乾いた木の音を立てながら手にした理力の杖を地面に突きつつ、歩いてきた。
「そっちの格好も似合ってるぜ。」
 マリウスはムーの着物姿を見てそう言った。
「大分慣れた。」
 暫く前までは「動きにくい」と言っていたが、今では随分と肯定的になったものだった。
「それは嬉しい限りで。」
「…無理して着てる事は無いんじゃないか?」
 ニージスは満足そうに頷き、ホレスは一歩間違えたら誤解を招く言葉を口にした。
「似合ってない?」
「…?別にどの服でも変わらないと思うがな。」
「……住めば都…?」
「……??」
 唐突なムーの言葉に、ホレスは思考が一瞬止まった。
「…私もそう思う。…心の底は容易く変わる事は無い。」
「何…?」
 ホレスは彼女の言った事を反芻し、マジメに考え込んだ。そして、結論に行き着いた。
「……そうか。」
 そう呟いた瞬間、ムーは彼の方を向き…頷いた。
「お前ら…一体さっきから何話してるんだよ?」
「???」
 レフィルは二人の掛け合いに訳が分からないと言った具合な無表情の状態で固まっていて、マリウスは怪訝な顔をして二人を見た。
「少々思考回路がズレた会話ですからな。」
「あなたのが上手。」
 ニージスの発言にぴしゃりと返し、ムーは先へ歩いていった。

「…ハンさん達…遅いですね…。」
 レフィルは右手のカップに入ったコーヒーを啜りつつ、椅子に座った。
「胡椒の件なら代理人さんがもう済ませているのに…。」
「テドンまであの距離だとおおよそ5日掛かってもおかしくは無いが…。想定外の事にでも巻き込まれたのか…?」
「いずれにせよ、少し暇ですな。どうです?ここはひとつ…」
 皆退屈そうに一部屋にある二つのベッドやソファの上で寛いでいる。そんな時でも真紅の甲冑を脱がない辺り、マリウスの生真面目さが現れている。
「息抜きと思って祭りの中に身を委ねるのは…」
 ニージスの提案に、反対する者はいなかった。
「ふむ…まぁそのままでも構いませんが…君達も少しはお洒落でもしてはいかがですかねぇ…。幸い幾つか晴れ着になりそうな物は持ってきてますんで。」
 彼は大きな鞄の中から服を何着か取り出した。
「……。」
 ホレスはその内の一つに目を向けるなり、彼の趣味の悪さに閉口した。
「凄え服だな…。一体何処で仕立ててもらったんだ?」
「はっは、スーから輸入されて来たものでして。」
「つーか少し古いんじゃないかね、何時から着てるんだよ?」
「そりゃあ…賢者になる前までずっと着てましたとも。」
 色彩からあちこちに付いたバッジや勲章などの装飾まで…とにかく人の目を引きそうな派手な服だった。
「ああ、あとこれもセットでしたな。」
 更に取り出されたそれは、ツンツンと長いモヒカンのヅラだった。
―…一体こいつは何がしたいんだ…?
 ホレスは次々と奇妙な物が辺りに広げられるのを見て、その持ち主の品性を疑った。

「随分と変わられましたな、ホレスも何かお召しになれば良かったのでは?」
「別に…。黒装束があるからそれで良い。」
「怪しい格好ですなぁ…。」
「あんたの方が全然怪しいだろ!?」
 ホレスは目の前にいる…それこそあのバクサンにも迫る程に奇天烈な格好をした男に怒鳴った。
「サンタクロース+ならず者+サンドイッチマン…?」
 ムーは彼を指差してそう呟いた。派手な服をラフに着こなし、柄の悪い男が付けそうな細いグラサンをかけ…紅い帽子を被り、プラカードと白い大きな袋を携えている…。
「…どう思う…?レフィル…」
「どう…って…?わたしに聞かれても……」
 レフィルもまた、どう反応すれば良いのか分からずにいた。
「見かけによらず、あんた…面白いセンスしてるじゃないか。」
 唯一マリウスだけが、ニージスの服装にまともな感想を述べた。
「はっは。それはどうも。…しかしレフィル、その服…随分とお似合いで。」
「…え?そうですか?」
 レフィルが今着ているのは晴れ着と言うよりは普段着に近い、薄い紫のワンピースだった。頭のサークレットの代わりにヘアバンドが付けられて、普段の彼女の雰囲気の大半はその衣装の影に霞んで感じられない。そのくせいつも見せているもの静かな表情が控えめな衣装と調和している。
「…今まで物々しい格好しかして来なかったから尚更見違える程変わった気がするのは確かじゃないか?そんな服を着る機会なんてそうそう無かったしな。」
「ホレスさん…。」
 思ってみれば、女らしい服装をしたのはこの旅を始めてから一体何回目だっただろうか。
―……今日位は…。
 全てを忘れて羽を伸ばす良い機会と思いつつ、レフィルは心の中でそう呟いた。
「しかしホレス、本当に要らないので?…その格好では間諜と間違えられても文句は言えないと思いますが?」
「その時は逃げるなり叩き潰すなりするさ。」
「ややや…それは余計誤解を招くかと…。」
 その無茶な性格の為に、ロマリアの騎士団に刃向かって要らぬ面倒を増やした自覚が無いホレスを見て、ニージスは肩を竦めた。
「…それはそれで祭りに華を添えて良いかも知れませんが…」
「……。」
 次いで紡がれた言葉に、ホレスは言葉を失った。
「火事とケンカは…の華」
 彼以外に聞こえない程度の声で、ムーはポツリとそう呟いた。
「…まぁお三方が戻られるまでの息抜きと行きましょうか。」
―あんたは息抜き過ぎじゃないのか…?
 そう胸中で突っ込みつつ、ホレスは外を見た。日が大分西に傾いてる。夕焼けも程ない状態の中、町の者達はせっせと祭りの支度に勤しんでいた。

「…毎度の事ながら騒がしい連中な事だ。」
 黄土色の体色を持つ顔に手足がついた奇怪な出で立ちの生物が雲に乗りながらポルトガの町並みを見ていた。
「のうフロストギズモよ。」
 彼が乗っていた雲は、只の雲では無かった。ギズモと呼ばれる…雲に思念が与えられたある種の生命体に属する者達の上位種だった。
「最近の若い者は…結果ばかり急きおっていかんのう…。ワシがいなければどうするつもりなんじゃ…。」
 老人の愚痴に応える者は誰もいなかった。
「まぁ…あの目障りな小僧に苛立つ気は分からんでもないがの。…どれ。」
 彼は下げていた鞄から水晶玉を取り出して、右手にとった。
「…虚…模りし其れは真に違う所無く…」
 口語で詠唱を続けて水晶玉に魔力を吹き込んだ。
「…ふむ、これは面白い。希望の名を冠する愚か者の何と多いことよ。…さてはて、どうしたものかの。」
 フロストギズモの上に腰掛け、異形の魔術師は淡い光を湛える水晶玉に見入っていた。

「カルロス、今年も行くのね。」
「ああ。…ははは、参ったな。なまじ強いばかりにまた疲れる仕事を…」
 海に面した家の玄関前で、若い男女が向き合っていた。
「あら、最近じゃ貴方には退屈な位じゃない?」
「…退屈だからだよ。どっちにしろ当たりたくなかったな…見張りなんて。」
 見張り…祭りで緩んだ空気であるからこそ馬鹿に出来る仕事ではないだけに、カルロスは深くため息をついた。
「そうね。折角のお祭りなのに楽しめる時間が減っちゃうものね。でもその分交代した時にでも楽しめばいいじゃない。それまで待っててあげるから。」
「サブリナ…ありがとう。じゃ、おれは行くよ。」
「気をつけてね。」
 カルロスは腰に下げた曲刀を整えると、すぐ傍に見える城へ向かった。しかし、何を思ったかすぐに戻ってきた。
「あ、そうだ。これを…」
 戻ってきた彼が取り出したのはシンプルなデザインながら何処か美しさを感じる銀色の指輪だった。
「ふふふ、そうだったわね。…もうどきどきしてきたみたい。何だか待ちきれないわ。」
「おれもだよ。」
 カルロスはサブリナに指輪を差し出し、彼女がそれを受け取ると…そのまま抱きしめた。二人は目を瞑り、暫しの間その状態で抱擁し合った。

「…ちぇっ…イチャイチャしちゃって……。」
 案外近くで見ている野暮な奴の存在にも気付かずに…。