東にて 第十一話
―オレは…
ホレスの視界に…哀しげな表情をしたレフィルの姿が入った。
「…ホレスさん……。」
「嬢ちゃんは下がってな。こいつは男同士の話だ。」
「……。」
そう言われても、レフィルはホレスの傍から離れようとしなかった。
「…まぁいいか。…で、お前…どうなんだよ。」
「あ…あの…」
「あんたには聞いてねぇよ。あんたがどう思おうと、こいつが言わない限りはまるであてにならねぇ。」
「……。」
ホレスはカンダタの腕の中で激しく息を弾ませながら…言葉を紡ぎだした…。
「…い…。」
「あ?」
その言葉がはっきりと聞こえず、カンダタは間の抜けた声を出した。
「…ないわからないわからない……!…何が……理解…ているって……何だ…?…分かっている…?…だから……何が……!」
「……。」
カンダタとレフィルは黙って彼の言葉を聞いていた。
「………ていなかったのか……?…バカな……!…オレは……!」
「…あ〜、もういい。大体分かった。」
ホレスの言葉を止め、カンダタは彼の顔を覗き込んだ。
「…要するにお前、逃げてる事さえ分かってねぇんだな。」
「…!?…に…逃げた…だと…!」
ホレスは思わず身じろぎした。
「お前って奴は根っからのカタブツ野郎だから頭の方まで固くなっちまってんだ。」
「それと…これとは…!」
「……カタブツなのは別に悪くも何ともねぇ。けどよ、どっかで踏み違えたんだろうぜ。で、ワケわかんなくなって何かに逃げたってこったな。」
「…?」
「この場合は…まぁ…アレだ。嬢ちゃんを守ってんのはお前が勝手にやってた事だ。だから…まぁ…それは独善って思ってただろ。」
―…ああ。レフィルやムーの回復呪文が無ければオレはただの人間だ。助けられているのはむしろオレの方だ。
「…だがな、思い込んでばっかいる中で…てめぇの行動で良くも悪くも周りの奴らは少しは見てるんだぜ。なあムー、こいつの事お前はどう思ってるよ?」
カンダタは瓦礫の方を見ていたムーに問いかけた。
「……死ぬのは駄目。」
「あ?心配してんのか?」
ムーはこくりと頷きつつこう言った。
「…約束。」
「約束だぁ?」
―…でも、自分から死ぬのは止めて。
「…。」
ホレスはイシスのオアシスでの彼女の言葉を再び思い出した。
―そうか…。
「約束とは随分お熱い事で。」
カンダタは何が面白いのか、意味深な言葉をはいた。
「「?」」
しかし、当の二人はきょとんと互いを見つめあっただけだった。
「「???」」
そして互いに首を傾げた。
「…ま、気長にやれや。んで、嬢ちゃんよ…あんたは…」
ドォン!!
「「「!!」」」
カンダタがレフィルに声をかけようとした時、瓦礫の山が飛んだ。
「てめぇらあぁぁぁぁっ!!!!!」
「…そ…そんな…!」
先程ライデインの直撃を受けたはずである。しかし、既に傷は完全に癒えて、こちらに血走った目を向かわせている。
「…まだ生きていたのか!?」
「ゴキブリ…」
「ほぉ…ありゃあ俺様の…」
カンダタは相手の姿を興味深そうに見た。覆面付のマントは何もカンダタだけの専売特許では無いのだろう。
「…ていうか何だってバケモンがあんなモンつけてんだよ。」
「…変態と怪物。」
「ああ、んなもんだな…ってオイッ!?」
敵の前でカンダタとムーはそれぞれの意思に関係なく、余裕のコントを披露した。
「死ねぇえええええっ!!!!」
もはやエリミネーターの動きに遊びは無い。ムーは理力の杖を構えた。
「人の裡を棄て…我…汝が境地に……、…?」
魔術の詠唱を始めたムーの肩をポンと叩き、カンダタは魔物に向き直った。
「俺がやるぜ。下がってな。」
カンダタは自慢の得物…巨大な戦斧を右手に持った。
「来いよド三流、本物の盗賊団長ってモンをあの世の土産にでも持ってきな!」
「があああああっ!!!!」
武器無しで突進してくる魔物を見据えてしばらく合わせるように動き…そして激しく殴りあった。
「気をつけろ…!そいつは…」
「わーってんだよ、そんなら…。」
カンダタは天井ぎりぎりまで高く飛んだ。両手で斧を頭上で回している。
「どおおりゃっ!!」
ズゥゥゥゥン!!
「!!」
遠心力が加わった破壊力あふれる頭上からの一撃で、魔物は断末魔の悲鳴をあげる間もなくカンダタの斧で真っ二つになり息絶えた。
「一撃で倒すまでよ。」
斧に付いた緑色の血を一振りで払い、カンダタは三人に向き直った。
「ベホイミ!」
カンダタはホレスにその大きな掌をかざし、回復呪文を唱えた。
「…ホントに使えたのか…。」
「あんだよ…あいつと同じ事言いやがって…。」
「あいつ?」
傷が癒えてようやく立ち上がったホレスはカンダタの言葉に首を傾げた。
「…ああ、ふるいダチさ。ほんっとお前そっくりだったぜ…見てくれじゃなくて根性がな。」
「そうか…。」
その様な人物を見てきたからこそ一日と会っていないホレスの事が手に取るように分かるのだろうか。
「…で、さっきは水差した野暮な奴がいたが…嬢ちゃん、こいつにビシッと言ってやんな。」
「…え?……その…」
「別に小難しい事なんざ言う必要なんざねぇ。ホレ、とっとと言っちまいな。」
「…は…はい。ホ…ホレス…さん…。あの…」
カンダタに促され、レフィルはホレスの前に立ち、必死に言葉を搾り出した。
「……。」
ホレスは彼女を前に俯いていた。
「コラァ!てめえ、人様の話はちゃんと目を見て聞きやがれ!!」
カンダタが割り込み、ホレスの姿勢を強制的に正させた。
「いつも…ありがとう…。」
「…!…オレは…何も……!」
ホレスが身じろぎするのを見て、レフィルは首を振った。
「…わたしだけの力でここまで来た訳じゃない…。ムーと一緒だって…今の様な事だって起こる…。」
「……。」
「それに…今まで何度も助けられて…」
「…それはお互い様だろうが。」
「…そうかも知れません…。でも、あなたがいなかったら…わたし達、…どうすれば良いか分からない…。いつも肝心な所はホレスさんが全部やってくれていたから…。」
「…そ…それは…。」
―やれる事をやる、それだけの話だろ…?
反論したかったが、上手く言葉に出来なかった。
「…だから…わたしも…助けになりたかった…。…でも……それも駄目なら…わたしは…どうすればいいの…?」
話している内に感情が高ぶってきたのか、レフィルの目から涙が零れた。
「すまない…。」
ホレスはレフィルの顔を見て、一言…そう呟いた。
「そこまで思い詰めていたのに気付いてやれない…オレが悪かった。」
「……。」
もはや止めどなく涙が溢れてレフィルはまともに返事が出来なかった。
「…いや、或いは気付いていたのかもしれないな…。」
ムーが攫われてしまった時も、レフィルは己の無力を嘆き、泣いていた。ホレスはあの時と同じくレフィルを慰めながら…そう呟いた。
「…まぁ…また同じような事にならないようにな。」
「…ああ。」
ムーはそんな彼らの様子をただぼ〜っ…と見ていた。
レフィルが牢のレバーを引くと、金属音を鳴らしながら鉄格子の扉が開いた。
「タニア!!」
「グプタ!!」
胡椒屋の夫婦がその中から飛び出して、抱き合った。
「ほ…本当にありがとうございます!!勇者様!!」
グプタと呼ばれた青年はレフィルに何度も深々と頭を下げた。
「…私達帰れるのよね!!」
「ああっ!!でも義父さんは…!」
「…ううん、父だって私達が助かった事を喜んでくれるはずよ。」
「…そうだな。もう少しで俺達…魔物の餌に……。」
どうやらこの夫婦は肉親が非業の死を遂げたにも関らず、浮かばれたの一言で片付けると言うほどの恐怖を味わったようだ。
「さあ、帰ろう!!」
グプタがタニアを連れて出口へ向かおうとした時…。
「わあああああっ!!」
「きゃああああっ!!」
二人の悲鳴がして、レフィルは慌てて駆けつけた。
「た…助けて…!勇者様!!」
「ううっ!!くそっ!まだいたのか!!」
「ああ!?何だてめぇらは!?」
そこで見た光景は、胡椒屋の若夫婦が緑色の覆面付きマントを着た大男に向き合っている所だった。
「カ…カンダタさん…。」
「え…?か…カンダタ!?きゃあーっ!!」
「うるせえ!!騒ぐな!!」
「タニアには指一本触れさせやしない!!」
「あ〜ごちゃごちゃうっせえ!!黙ってろガキ共!!」
乱暴な口調と外見から完全に誤解されているようだ…。
「…ガキ共?…じゃああんた、一体何歳なんだ?」
「うっせえホレス!!てめえも黙ってろ!!」
「32」
「あ!?何でてめぇ、俺の年知ってんだよ!?って論点そこじゃねぇ〜っ!!」
勝手に騒ぐグプタとタニア、怒鳴り続けて逆に彼らを怯えさせているカンダタ、話をややこしくしているホレスとムー、そして彼らの仲裁をしようとするもインパクトが薄過ぎて…完全に場から取り残されてオロオロしているレフィル…騒がしいながらも実に微笑ましい状況だった。
「ウワーッハッハッハッハーッ!!!盗賊だてらに人助けたぁええ根性しとるのォッ!!!」
しかし、それは闖入者の登場で一気に崩れた。
「…あ。」
「…!」
「…妖怪……」
「ななななっ!?」
「いやあぁーっ!!!!」
「…うげ…!!何だこいつは…!?」
突然現れた相撲取りの様な姿をしているカンダタ以上の巨漢に皆それぞれ異なった反応を見せた。
「ムムゥ!!そこにおるのはホレス坊!!久しぶりじゃのぅ!!」
「まずいっ!!ムー!!」
「…リレミト」
レフィル達はムーに掴まり、急ぎその場を離脱した。何故かカンダタを除いて…。
「おおいっ!!?俺を置いて…」
「おおうっ!!ええ根性しとるのォッ!!正しく漢道に相応しき心掛けじゃなァッ!!ウワーッハッハッハッハー!!」
「…やべぇ…!こいつはやべぇ…!!」
バクサンの見開かれた目は真っ直ぐにカンダタを見つめている…!!
「ぬっはあっ!!」
バシィィィィッ!!!
「うぎゃあああああああっ!!!!」
カンダタの断末魔の悲鳴は、バクサンの笑い声にかき消された…。
「メガンテェ!!」
ドッカーン!!
―だ…だから何でメガン……
「間一髪か…。」
ホレスは後ろを振り向きそう呟いた。
「……花火…。」
「そう見えなくもないか…。」
打ち上げられた二つの筋骨隆々の男の人影を見て、ホレスは溜め息をついた。
「カンダタさん…ごめんなさい…。」
レフィルは間が悪そうにそう呟いた。
「いやぁ〜っ!!久しぶりですよ!あんな豪勢な花火は!最後に見たのはアッサラームでしたかねぇ!」
「…ふむ…あれは花火と?」
「それ以外の何だとおっしゃるのです!?」
「…ですな。」
―そういうことにしときましょうかね…。
「…あら。」
「……人…だよな。」
メリッサとマリウスは空飛ぶ箒の上から森で起きた爆発を見てそれに注目した。
「…あっちは確か…」
「……見なかった事にしたいものね…。」
「…そうだな…。」