東にて 第十話
「…!!誰だぁ、コラァッ!!」
 エリミネーターの罵声が洞窟に響いた。
「ムー。」
 決闘に割り込んできた少女はただ一言そう告げた。
「…あつつつ…、もう少しまともな助け方あるだろ…。」
 戦士はよろよろと立ち上がりながらぼやき、彼女の後ろにいる面々を見た。
「…ははは…でも助かったぜ…。俺一人でこのバケモン相手にするのももう疲れたんでな…。」
「お疲れ様…マリウス。」
 剣を杖代わりにして歩く戦士、マリウスに真紅の髪の魔女は労いの言葉をかけた。
「よぉ…メリッサちゃんじゃねぇか…。どうよ…モーゲンのおやっさんの具合は…?」
「…今は貴方の心配の方が大切じゃなくて?」
 メリッサはマリウスの左腕に手をかざし、ベホイミの呪文を唱えた。
「…おぉ…気持ちいい…、力がみなぎって来るぜ。」
 左腕からの出血が止まり、同時にムーが起こした二次被害、バギマで負った傷も完全に塞がった。
「…そういう事か。戦士に知り合いがいるとはな…。」
「あら?こう見えても私って意外と顔が広いのよ、ホレス君。」
「あ…あの…、今は…」
 戦いへの気持ちが一時切れて、旧友との再開という和やかな雰囲気に変わったが、レフィルはその流れに付いて行けずにいた。
「五月蠅ぇんだよてめぇらぁ!!」
 エリミネーターは激昂して話しているレフィル達に襲い掛かった。
ガッ!!
 振り下ろされた斧を、理力の杖が遮った。
「…てめぇ…!…逃げてやがったのか!」
 一度倒し、拘束したはずの少女を見て、エリミネーターは目を細めた。
「……胡椒屋はどこ?」
「"この奥にいますよ"とでも言えば満足かぁ?どの道関係ねぇだろ!クソガキ!!」
 ムーとエリミネーターは間合いから少し遠い距離だけ離れて対峙した。
「ここはオレ達に任せろ!」
 ホレスは傷ついたマリウスと、ザオラルで魔力を大幅に削ったメリッサは、戦力として不安定な状態にあると踏んでそう叫んだ。
「…再生する前に一気にたたんじまいな。」
「わかった。」
 マリウスの助言に感謝しつつ、ホレス達はエリミネーターに向かっていった。
 
「いや〜…これは何かとまずいですな。」
ドカーン!!
しゅごおおおっ!!
「あ…いや…そんな呑気にしている場合じゃないですよ!!ニージスさん!!」
ドドドドドドッ!!
「…ですな、リレミト!」
「ウワーハッハッハッハー!!か弱き女子供を虐げようとはええ根性しとるのォッ!!」
 自分がほとんどそれと変わらぬ事をしているのに気づいていないのか、とんでもない台詞が爆音と共に洞窟に響いた。

「…ああ?なんだぁ?とんでもねぇ奴がいやがるもんだな。」
 直後、その阿鼻叫喚地獄さながらの光景を目の当たりにしながらも呆れたような…余裕のある口調で思わず言葉をもらした男がいた。
「つーかこれで全員生きてるのかよ…。逆に凄ぇな…オイ。それで何がしたいんだ、あのオヤジは?」
 地面に倒れている者は所々負傷して…皆失神しているようだが、息はあった。
「…で、あいつはどこ行ったんだよ。呼んだんなら待ってるのが礼儀ってもんだろうが。まさか迷子にでもなったんじゃないだろうな?」

「ぐあっ!!」
 ホレスは壁に激突し、地面に膝をついた。
「ホレスさん!…っ!」
 レフィルは彼の下に向かおうとしたが、エリミネーターの斧が彼女目掛けて飛んできた。
「きゃっ!」
「レフィル!…くっ!」
 斧はレフィルの目の前に深々と突き刺さった。
「メラミ」
 ムーは理力の杖の先に大きな火炎弾を生成し、エリミネーター目掛けて投げつけた。
「ふんっ!」
 しかし、それは彼の纏った青いマントに阻まれて霧散した。呪文に対して耐性のある物のようだ。
「…!」
「マホトーン」
 反撃とばかりにエリミネーターは呪文封じの呪文を唱えた。
「再三再四…にはならない。」
 ムーはそう呟きつつ、魔法の盾を構えた。マホカンタが付加された盾がマホトーンを跳ね返した。
「ちっ、同じ手は喰わねぇってか。だが…勝負は見えたな。」
 エリミネーターは突き刺さった斧を引き抜きつつ、そう告げた。
「…!」
「くっ!」
 エリミネーターの言葉にムーとホレスは僅かに眉をひそめた。
「…行くぞ、ムー!!」
「バイキルト」
 ムーは杖を掲げて呪文を唱えた。
「バイキルト」
 二人の体にオーラが纏わりついた。
「ピオリム」
 瞬発力と打撃力を同時に強化し、二人はエリミネーターに向かって攻撃した。
「むっ!ぐぅっ!!」
 エリミネーターは二人の高速かつ同時攻撃に反応し切れず、まともに何発か入った。
「ゲホッ!!…てめぇら…!!」
 ホレス達は闇雲に振り回される斧をかわしては一撃加えた。
「やりやがる…!!」
「お前は確かかなりの速度で再生するそうだな…。ならば…」
 ホレスは懐から何かを取り出した。
「…ッ!!」
 それは魔物の肩口と足に深々と突き刺さった。
「毒針か!!」
「…動きを止めて死ぬまで叩き潰すまでだ。」
「っそおおおォッ!!」
 徐々に麻痺毒が回ったのか、エリミネーターは片膝をついた。
「…とどめ」
「終わりだ!」
 ホレスとムーは一気に魔物に向かって殺到した。
「な〜んてな。」
「「!?」」
ドッ!!
「!!」
 杖の柄を叩きつけられ、ムーは後ろに押し返された。そのまま壁に当たって地面に倒れた。
「…何!?」
「残念だったな小僧!」
 エリミネーターの蹴りが無防備なホレスに直撃した。
「が…っ…はっ……!!」
「ホレスさん!!ムー!!」
 ホレスは未だに状況が理解できずに地面に崩れ落ちた。レフィルの悲鳴がどこか遠くから聞こえてくるような感覚がした。
「お返しだ。」
「やめて!!」
 レフィルが叫んだのも空しく、魔物は毒針を引き抜き、ホレスに向けて投げつけた。
「うぐっ…!!」
「!!」
 それはホレスの左腕に当たった。ホレスは左腕の感覚が徐々に無くなっていくのを感じる余裕も無く、エリミネーターを凝視した。
「…化け物め…!!」
「ハナから毒なんて小細工、おれには通用しねぇんだよ!!」
 上位の魔物に対して魔物の毒はそもそも効果が薄いようだ。
「……まだ…だ…。」
 ホレスはゆっくりと立ち上がった。
「あきらめろよ、どの道ここでてめえは終わりだ!!」
 動きがおぼつかないホレスに向かってエリミネーターは斧で叩き斬るべく踏み込んだ。
「お…おおおおっ!!」
 ホレスは残った右腕でナイフを掲げた。
「無駄だぁ!!ミンチになりやがれえぇっ!!」
 そして、ホレスに向かって斧が振り下ろされた。
「ホレス!!」
 ムーの叫びが魔物の怒号と共に刹那の間辺りにこだました。それを聞きながら、ホレスは死を覚悟して迫り来る斧を見た。
ガァン!!
「…!?」
 しかし、死の瞬間は訪れず、代わりに金属音が響いた。辺りに見覚えのある金属片が散らばっている…。
「…レ…レフィル…?」
 目の前に居たのは紫のマントを羽織り、その下に鉄鎧を着けた少女だった。
「てめえ!!邪魔するなぁ!!」
「…っ!レフィル、逃げろぉ!!!!」
 しかし、レフィルは微動一つしなかった。
ズガッ!!ガンッ!!
 紫色のマントの切れ端と鎧のパーツ、そして、剣の欠片が飛び散った。
「…?」
 しかし、血飛沫は一切飛ばなかった。そして…。
バキッ!!
「!?」
 エリミネーターの斧の方が砕け散った。
「…。」
 レフィルはここでようやく動いた。
「ライデイン!」
 彼女の掌から紫電が出現した。
ビシャアアアアッ!!ドゥッ!!
 そして轟音が衝撃波となって魔物に打ちつけた。
「どおおおっ!!?」
 エリミネーターはそれをまともに受け、壁に激突し、瓦礫の中に埋もれた。
「ホレスさん!!」
 振り向いた少女の鉄鎧は既に砕け、内側の旅装束の姿になっていた。
「…ひどい怪我…!」
 回復の呪文、ベホイミを唱えた。
「……!」
 しかし…直後、ホレスはレフィルの服の襟を掴み上げ、顔を目の前に合わせた。
「何故こんな無茶を!!」
「…。」
「オレなどを守って死ぬ気だったのか!?お前は!!鉄鎧が無ければ死んでたんだぞ!?」
 助けられた安堵よりも、命を捨てる様な真似をした事にホレスは腹が立ち、レフィルに怒鳴りつけた。
「大体…!!」
「…んの馬鹿野郎がぁ!!」
「「!?」」
 大声で喚き散らしているホレスの声を上回る大音声で、何者かが怒号をあげた。

 ホレスは話に割り込んできた男を見て、目を見開いた。
「な…!!…なんであんたが……」
ドゴオッ!!
「ぐあっ!?」
 横殴りに衝撃を受け、ホレスは地面に転がった。
「…く……何を…!」
 突然殴られて意識が霧散しかけながらも体を起こして見上げると、そこには緑色の覆面マントに緑のパンツを身に付けた巨漢が立っていた。
「てめぇ…この娘がどんな気持ちでこんな事したのか分かってねぇのか…!」
「…分からないな…!何故ここまでしてオレを守る…!命を賭してオレなどを守って死んでしまったらそれこそ無駄死にじゃないか!!」
 殴られても罵声を浴びせてもホレスはかたくなに否定するだけだった。そして彼の目には不可解な事に対する激怒の光が宿っていた。
「…ざけんな!!」
「何が!!」
 互いの拳が相手の顔面を打ち据えた。
「ぐうっ…!!」
 力も体格的にも劣っていたホレスが洞窟の壁に叩きつけられた。
「こ…のおぉっ!!」
 怒りに任せてホレスはすぐに体勢を立て直し、カンダタの腹に渾身の蹴りを加えた。カンダタはそれを避けようともせず真っ直ぐ受け止めた。
「!?」
「おりゃあああぁっ!!」
 カンダタは両腕を組み、力任せにホレスの脳天目掛けて振り下ろした。
「っ…!!…がっ………は…ぁ…!」
 上方からの思い一撃を受け、ホレスは床に崩れ落ちた。カンダタは力無く倒れている彼の黒装束を摘み上げ、逞しい四肢をもって締め上げた。
「ッ…!」
「こうでもしねぇと大人しく話も聞きやしねぇ…!てめぇの自分勝手は底抜けか!!」
「…な……に…!?」
 ホレスは虚ろに開いた目に…僅かに驚愕の色を浮かべた。
「レフィルの気持ちが分からないとかほざいてたな?」
「……。」
 カンダタの言葉にホレスは何も言わなかった。
「…そもそも分かろうとしてたのか?てめぇは!」
「!!」
―分かろうと…していた…か……だと…!?
 カンダタの言葉がホレスの不安定な意識の中で幾度も繰り返された。