東にて 第九話
ドカッ!!バキッ!!ゲシッ!!
 ムーはただひたすら男を理力の杖で殴り続けていた。…まるで何かに取り憑かれたように…。
「ム…ムー…!!駄目だよ…それ…やりすぎ…」
 レフィルはムーの肩を掴み、止めようとした。理力の杖を振り回していたが…とりあえず、男への攻撃は止まった。
「凄い有様ね…。」
「ふん…自業自得さ。」
 メリッサは余裕の無い笑みを浮かべつつ呟くと、ホレスは鼻を鳴らして言葉を返した。
「駄目よ…ムー、そんな事する為に回復しちゃ…。」
「平気。あの程度じゃ死なない。」
「そ…そういう…」
 レフィルは陥没した床にのめり込んでいる男とムーを落ち着き無く交互に見回した。
「ふむ、確かに障害は残らないでしょうな。…されど…強いていうなら一つ…。」
 ニージスは男に近づき回復呪文ホイミを唱えながら彼の体を調べつつムー達に告げた。その時…
「う…う〜ん……。」
 昏倒していた男が目を覚ました。
「良かった…気が付いたみたい…。」
「ほら」
「…成るように成るものだな。」
 その様子に、レフィルがほっ…と胸を撫で下ろすと、ムーは自分の言った事が間違いでないことを主張したいかのような一言を出した。下手をすると自分がやったことよりもダメージが大きい彼女の拷問を受けて立ち上がった男を見て、ホレスは半ば呆れた様子だった。
「大丈…」
 レフィルは起き上がった男に近づいた。
「うわぁっ!!…ば…化け物…!!ひいぃっ!!」
「!?」
 突然取り乱した男にレフィルはびくっと肩を竦ませた。
「あ…あの…!」
「魔女だ…!!魔女が来るぅ…!!うわあああああぁっ!!る…ルーラぁっ!!」
 男は取り乱しながら、ルーラの呪文を唱えた。
ごんっ!
「うぎゃあっ!!」
 しかし…天井に頭をぶつけ、また気絶した。
「「「……。」」」

 結局男を牢の中にぶち込んで、一行は攫われた女達共々リレミトの呪文で地上に戻った。
「皆さん、これをお持ち下さい。」
 ハンは鞄から幾つかの漆黒の翼を人数分取り出した。ルーラの呪文を封じた道具、キメラの翼である。
「なぜ人数分取り出したんだ?」
 ホレスは怪訝な顔をしてハンに尋ねた。そこでレフィルが彼に告げた。
「皆出身がバラバラだからだと思います…。」
「ああ、そうか。」
 多くの者はバハラタ出身なのかも知れないが、人攫いの形振り構わない様子から別の所から拉致された人間がいてもおかしくは無い。それに、たまたま旅をしている時に襲われた事も考えられる。
「では、追っ手が来る前に皆さん行ってしまいましょ〜。」
 ニージスがおどけた口調でそう言うと、女達の何人かがキメラの翼を放り投げて何処かへと飛び去っていった。
「助けていただいて本当にありがとうございました。」
 不意にホレスに声がかかった。
「いや…気にするな。オレはムーを助けたかっただけだからな…。」
「いいえ、おかげで私達は助かりました。」
 声をかけた女はお腹の辺りをさすりながら微笑んだ。まだ年若いが、上品な感じがする茶髪の女性だった。
「…子持ちか。」
 確かにあのような所に居たら、赤子など、ただの邪魔者でしかない。中絶させられるか捨てられてるかのどちらかに行き着くだろう。
―下らない輩の独りよがりから救えたのは良かったな。
「それと…まだ奥の方に最近攫われてしまった胡椒屋の方がいるみたいです。どうかその方の事もよろしくお願いします。」
「わかっている。いずれにせよ、ムーを傷つけた奴等を許すつもりはない。」
「ありがとうございます。幸運をお祈りしますわ。」
 女はキメラの翼を投げ、去っていった。
「…行こう。」
 ホレス達は再び洞窟の中へと入っていった。それに続いていく中、ムーは…
「誘うは拓けし道、追憶の門は時空を越え…汝を導かん」

「…ふん。わざわざ来なければいいものを。」
「げふっ!?」
 緑色の覆面を被った筋骨隆々の山賊に当身を打ち込み、蹴飛ばした。
「むむむ…!うぬらは!!ただじゃ帰さねぇぞ!!」
「うぬらって…乱視かよ、あんた。俺は今一人だろうが。」
 赤い甲冑に身を包んだ戦士は背中から大剣を引き抜き、左手に持つ不気味な文様の大盾を構えて青い覆面の男と向き合った。
「オオオオオオッ!!」
 青い覆面の男、盗賊団の親分は高く飛び上がった。
―バカが、天井低いのを忘れてやがる。
 戦士はすかさず自らの間合いにまで詰めて大剣を一閃した。
ドゴオッ!!ギィン!!
「!?」
 しかし、親分が持つ斧は天井を壊したそのままの勢いで戦士の大剣と激突した。
「こいつ…!」
 戦士は舌打ちしつつも動きを止めず、盾を構えて体当たりした。
 
「…戦いの音…!!」
「…ホレス君?」
 遠くで響く金属音のぶつかり合いを聞き、ホレスは更に耳を傾けた。
「まだ下の階があるようだ…。音は下の方から響いてくる…。」
「でも…戦いの音って…一体誰が…?」
「ですな。」
 レフィルはホレスの言葉に首を傾げた。
「戦ってるのって…どんな人?戦士?魔法使い?」
 メリッサはホレスの顔を覗き込みつつ尋ねた。
「剣戟だから戦士かもしれないな。心当たりでもあるのか?」
「知り合い?」
 ホレスとムーは揃って顔だけメリッサに向き直った。
「心当たりはあるのよねぇ。…でも、彼かどうかは分からないわ。」
「そうか。」
「…!!」
 レフィルはレミーラの光の外から何かを感じ取り身構えた
「…走るぞ!!」
「……な…何です?」
 彼女の意思を察したホレスが叫ぶとハンはびくっと肩を竦ませ、彼に尋ねた。
「囲まれてるぞ!!」

「…やっぱりな…!!」
 戦士は剣先に付いた緑色のドロドロとした物を見て…兜のバイザーの下にある目を細めた。
「ちぃ…甘く見すぎたか…!」
 対する親分は肩口を切り裂かれて体液を流している…。
「…人間じゃないな…貴様…!!」
 戦士は剣に付いた緑色の血を振り払いつつ目の前の男を睨み付けた。
「ハッ…!!これだからニンゲンは…、そうよ!おれ様は大魔王バラモス様より力を授かった処刑人、エリミネーター様よ!!」
「…ふん、なら容赦する必要は無いな…!」
「…余裕かましている暇なんかあるか?」
「…何?」
 盗賊団首領…エリミネーターは一撃を受けているにも関わらず…それこそ余裕の態度を崩さなかった。
「!」
 戦士は魔物の肩口…先程一撃を与えた部分を見て絶句した。
「再生か…!」
 一部の魔物には、生命力が非常に高い者…瞬時に体を再生できる者が存在していた。目の前の魔物もどうやらその類の輩のようだ。
「くくく…!ははははっ!!分かったろう、万に一つもてめぇに勝ち目は無ぇ!!」
「ふん…ほざけ…!!」
 戦士は再びエリミネーターと対峙し互いに様子をうかがった。その間に、エリミネーターの傷口が塞がり、痕も残らず治ってしまった。

「はぁ…はぁ……駄目…追いつかれるわ…」
 レフィルは体力の限界に達して逃げ足が鈍り、後ろから迫る山賊達との距離は急速に縮んでいった。
「く…!頑張れ…!」
「…しかし、いつまで逃げていればよろしいんで?」
「!!」
 一気に詰め寄った山賊の一人がレフィルの頭めがけて斧を振り下ろした。
ガキィッ!!
 それを止めたのはハンの持つ槍だった。
「レフィルさん!!今の内に!!」
「…でもっ…!!」
「私に構わず…行ってください!!」
 ハンは槍の柄を握り締め、力任せに斧を押し返した。
「ハン!!」
 ホレスは走りながらハンの方を向き、叫んだ。
「大丈夫ですよ、上手くやり過ごしますから。」
「しかし…!」
「私も加勢しましょう。」
「…ッ!ニージス!?」
 蒼い髪の優男が急に踵を返し、ハンの隣に立った。
「なぁに、私はあのムーを止めた男ですよ。このような輩に遅れを取るとでも?」
「そ…それは…」
「心配ご無用、いざとなればリレミトでも使えばどうとでもなるでしょう。」
 何処までも余裕があるように思えるが、その実彼の行動は正しかった。…呪文が使えないハンにサポート役として留まれば少しは足止めになるだろうし、逃げることもできるので死ぬことも無い。
「油断するなよ!」
「ホレスもお気をつけて、ではでは。」
 ニージスはこの緊迫した状況にはあまりに軽い口調で話を切り、ハンの援護に向かった。
「大したものですな。ふむ…ホイミ。」
「いやぁ…旅していれば危険はありますからねぇ…。」
 戦場の中にも関らず、まるで酒宴の席にいるかの如く二人は陽気に笑いだした。
「ウワーハッハッハッハーッ!!」
「「ん!?」」

「…!!今…笑い声が…?」
「……空耳だ…。」
「…でも…今確かに…」
「いや…たぶん幻聴だ…!」
 ホレスは額に冷や汗が流れるのを感じ取りながら、必死に何かを否定した。
「…トラウマ…」
「あれは…確かにそうね……。」

「ちっ!いくら斬っても全然効かないってか?」
 戦士は辺りに飛び散ったどす黒く変色した血を見ながら毒づいた。
「だからやるだけ無駄なんだよ!ガハハハ!」
「…ふん、手に負えねぇな。」
 足元に落ちているエリミネ―ターの左腕を蹴飛ばして、再び身構えた。
「ここまでやっても再生してしまうとはな。」
 相手は体中血塗れだったが傷を負っているどころか息を切らしている様子すらない。
「やっぱり一撃で殺すしかないって事か。」
「ハッ!…笑わせんなよ…小僧!そうしてくっちゃべってる間にも…」
 エリミネーターが言葉を紡ぎ終える前に戦士は再び斬りかかった。
「ふん…ルカニ!」
 差し出されたエリミネーターの左腕から魔力がほとばしった。戦士は反射的にそれを盾で受けた。
「ッ!おおおおおっ!!」
「その腕もらったあっ!!」
 エリミネーターは盾に向かって斧を振り下ろし、対して戦士は相手の首を飛ばすべく剣を振るった。互いの間合いが一致し、各々の武器が激突した。
「「ッ!!」」
 すれ違い、再び相手に向き直った。
「ぐっ…!!」
 戦士の盾が砕け、左腕から鮮血がほとばしった。これでは盾を握ることもままならない。
「がっ……げほっ…!!」
 対するエリミネーターも、急所…頚動脈に肉薄され、緑色の液体を撒き散らした。
「勝負…ありだ…!!」
「グ……ハハハ、その程度かぁ…?」
「…ちっ、これでもピンピンしてやがる…。」
 勝利宣言を苦し紛れに言い放ったのも束の間、エリミネーターはふらつきながらもまた動き始めた。
「…とんだ体力馬鹿だな…。」
「ハッ…ニンゲンなんざに負けてるようじゃおれらにとっちゃ軟弱野郎だよ!!」
 エリミネーターは思い切り斧を振り上げた。
「くっ…!」
 盾も左腕も使い物にならない今、パワーも安定性もエリミネーターに劣っている。今攻撃をまともに受けたら、身に付けている防具ごと真っ二つにされてしまうだろう。
「終わりだぁ!!」
―…だが、ここは敢えて攻める!!
 戦士は右手を再び大上段に構え、相手に突進した。
「バギマ」
ごうっ!
「「ぐっ!?」」
 突然竜巻が巻き起こり、両者を真空の刃で傷つけ、後方に吹き飛ばした。