東にて 第三話
「おお、あんたは…。ようやく東へ旅立つ決心がついたようだな」
 ハンを加えた一行は、ホビットのノルドが守るバーンの抜け道へ赴いた。
「ええ。このお三方がご一緒して下さる事になりました。」
「…そうか。たしかこの前追い返した奴だったか…。」
「そのようで…。」
 ハンとノルドが話しているのを尻目に、ホレスは抜け穴の随所を調べていた。
「……?」
 ムーはホレスの後ろにつき、彼の様子をじっくり眺めている。
「…ここか。」
「ほほぉ、なかなか目敏いのぉ。そこが抜け穴の入り口じゃよ。」
 一見するとただの壁のようにしか見えないが、ノルド本人が言っている事からおそらくホレスが目をつけたこの壁こそが入り口なのだろう。
「…それで、どうやって通るんだ?…まさか魔法の球でも使う気じゃないだろうな?」 
「うんにゃ、これはの、ここを押すんじゃ。」
 ノルドは壁に手を当てた。
ガコンッ!!ゴゴゴゴゴゴゴ……
 その直後、その壁がへこみ、ホレスのいる方の壁が引き戸の様に左右に開いた。
「さあ通りなされ、ここがバーンの抜け穴じゃ。」
 どうやら壁の仕掛でスイッチが入る仕組みらしい。おそらくは魔法技術の類だろう。
「力技は必要なかったのか…。」
「じゃあ行きましょうか、皆さん。」
 ハンに促され、一行はバーンの抜け穴に入っていった。
「気をつけるんじゃぞー。」
 
 抜け穴を出てしばらくして、森林の中で四人は魔物の群れと遭遇した。
「バギマ」
「喰らえ!!」
「せいやぁっ!!」
 ムーは杖を掲げ、ホレスはブーメランを魔物の群れめがけて投げつけ、ハンは手にした長槍でそのうちの一体を串刺しにした。
―…強い。
 レフィルより小柄であるにも関らず、ものすごい勢いで突進し、魔物を次々と打ち倒していった。
「レフィルさん!後ろです!!」
「わっ!?」
「メラミ」
 彼女の後ろからアニマルゾンビの上位種、デスジャッカルが飛び掛ってきたが、間一髪でかわし、ムーが放った火球で魔物は跡形も無く燃え尽きた。
「新手が!?皆、散れっ!!」
 ホレスが吼えると同時に、空から熱線が降り注いだ。
「うぅっ!!」
「レフィル!!」
 反応し切れなかったレフィルの鉄鎧に熱線、ギラが直撃した。
「ハンターフライか…!!」
 ホレスは舌打ちすると、その青紫色をした巨大な羽虫の魔物、ハンターフライを見上げた。
「レフィルは!?」
「大丈夫です!それよりホレスさんは奴らを!!」
「わかった!!」  レフィルはギラの直撃を受けて熱された鉄鎧を通してダメージを受けてぐったりしていた。ホレスはそれを見てすぐに空へと向き直りブーメランを投げつけた。しかし、ハンターフライの群れはそれを華麗に避けてこちらにギラの反撃を繰り出した。
「くそっ!!当たらない!」
 ギラの直撃を受けそうになったところで、ムーの魔法の盾が飛んできて炎を遮った。
「助かった…!!しかし…速い!!」
 ホレスが毒づくと、ムーは魔物の群れの内の一匹を指差して彼に告げた。
「一匹ずつ。」
「…わかった。」
 ホレスは刃のブーメランを背中に担ぎ、腰に差した大振りのダガーを引き抜き、逆手に持った。
「おおおぉっ!!」
 木々を素早く渡りながら、一気にハンターフライとの間合いを詰めた。そして、その魔物の首を己の武器で刎ねた。
「まずは一匹!!」
 しかし、休む間もなくギラと毒針の応酬がホレスに迫った。
「ヒャダイン」
 ムーは上位の氷結呪文、ヒャダインを放った。氷の矢が無数に魔物の群れ目がけて飛んだ。そう、ホレス諸共。
「ムー!?」
―一体ずつじゃなかったのか!?
 初めから一人を囮に出して、群がったところでまとめてヒャダインで打ち倒すという事らしい。
「動かないで。」
 魔法の盾が飛んできてホレスの前に立ちはだかり、氷の矢を跳ね返した。
「マホカンタをかけたのか…?」
 上位呪文とまでくると、魔法の盾の防護ルーンでも防ぎきれず、そのまま受ければ大怪我は免れない。そこで魔法の盾そのものにマホカンタの呪文をかけ、ホレスの身を守らせたようだ。ホレスはオアシスでのムーの言葉を信じていたため、初めから考えもなしに自分を巻き込むことは無いと考えていたため、怒りは無かった…が。
「だが、マホカンタが跳ね返る先は…ムーッ!!」
 マホカンタが呪文を跳ね返す先はその呪文の術者である。つまり、ヒャダインを放ったムー目がけて氷の矢が向かう事になる。
「メラミ」
 しかし、ムーの反応は単純だった。飛んできた矢をメラミの火球を使って消滅させた。
「敵を知り、己を知れば百戦危うから…ず…?」
 見事に氷の矢を相殺したムーは疑問系混じりで格言を呟いた。
―…何か微妙に違う気が…。えっと……
 しかし、言っていることは確かだった。自分の放てる呪文の種類や威力…更には攻撃呪文の軌道などを知り尽くせたからこそ、今のようなある意味離れ業も事も無げにできる。もっとも、今の場合のメリットはヒャダインの広い攻撃範囲を制限する事でせいぜいレフィル達を巻き込まない程度のことで、魔力の消費は二度手間だが…敵を欺くにはまず味方からといった物自体がそういったものだろう。
「レフィルは?」
 ムーはポツリと呟き、辺りを振り返った。
「大丈夫よ…。ごめんね、二人とも…。」
 レフィルはハンに助けあげられた後自力でホレス達に歩み寄り、謝った。ホイミで治る怪我だったらしく、顔色は特に悪くは無い。

 その後も多くの魔物に襲われたがどうにか切り抜けて、一行は森を抜けて平原に出た。四人は一度立ち尽くして目眩がする程の森の物とは違う緑に目が眩んだ。
「…ここは随分広い…。」
「「ムー?」」
 この場所を知っているかのような言葉を突然つぶやいた赤毛の魔女に二人は振り向いた。
「…そうか、お前はダーマ出身だったな…。」
「違う……でも、忘れた。」
 今の会話から、ムーがダーマの神殿にいた事を初めて聞いたハンはすかさず彼女に尋ねた。
「……え?でもムーさんがダーマにいらしたことがあるならルーラやキメラの翼を使えばよかったのでは?」
 記憶を失った状態とはいえ、ダーマから追放されたという事実は覚えているのだから、そう考えるのは当然である。
「………試した。でも、駄目だった。それでシャンパーニの塔に行き着いた」
「シャンパーニですって?あの大盗賊カンダタの…。よく無事でしたね…。」
「……。」
 実際には逆にカンダタに助けられたから無事なのだが…。
「…ホレスさんは?……一度ダーマに…」
レフィルはホレスに尋ねた。バーンの抜け道を通らずに山を乗り越えて来たホレスなら途中のバハラタにも立ち寄っているはずである。
「ほとんど通過点のようなものだったからあまりよく覚えていない。バハラタにも三年ほど前にただ一度寄ったくらいだからな。」
「……ガルナの塔は…?」
 洞窟や遺跡を探索することに身を置いているホレスには興味の対象となるはずである。
「…ああ、どうやらあれは賢者になるための修行場のようなもので、関係ない者は入れないらしいんだ。」
「それで…ダーマへは…?」
「飛べたらわざわざノルドを訪ねてはいない。」
「…そうですね。」
 ルーラやキメラの翼は所持者の記憶を頼りに進むため、その目的地を忘れてしまうと上手くいかず、先ほどの話のように不発したり、最悪どことも知れぬ場所に飛ばされてしまうこともある。その話からすると、実際はムーのルーラに頼る策も初めから危険だという事だが…。
「バハラタまではあと半日ほどの道のりだ。着くのは深夜になりそうだが、このまま進むか?」
 皆頷いたのを機に話を打ち切り、四人はまた前に進んだ。
―…入れない…?……賢者…?…関係ない……?
 ムーはどこか頭の中で引っかかるものを感じていた。
「む〜…?」