東にて 第二話
 辛くもバクサンの怒涛の攻撃を切り抜けた一行は、アッサラームの宿へ戻った。
「ベホマ」
 ムーは散々にぶちのめされてボロ雑巾のようになったホレスに回復呪文を唱えた。
「…まさかここでベホマ使うことになるとはな…。」
「ごめんなさい…お助けできなくて…。」
「いや…あそこで助けに来られても困る…。」
 あの状態で干渉するのは間違いなく自殺行為である。ホレスやムーはともかく、レフィルが無防備にあの中に巻き込まれたらただでは済まない…多分。
「あのオヤジ…、呪文ばかりかあの張り手もとんでもないレベルだった…。」
 どういう修行を重ねたらあんなに強く…そしてしぶとくなるのか…まだ体に残る痛みを感じながら、ホレスにはそれが少し気になっていた。
「ダーマ神殿で修行したからああなったのかな…。…あれぐらい強いともしかしてこれにもあるかも。」
 レフィルは冒険者のリストを開き、パラパラとめくった。似顔絵と紹介文が次々と視線を横切っていく…。
「これは……」

ダーマ神殿十代目賢者 ニージス
 賢者への最終試練、ガルナの塔を見事踏破し、賢者の称号を得た男。
その称号に相応しいほどの知識量、冷静な判断力を持つ。

 そこにあったのは、紫色の光沢を持つ蒼い髪の青年の似顔絵だった。見る限り二十代半ばと言った所か。
「これが女王の言っていた賢者…か。」
 見るからに人が良さそうな穏やかな表情をしている。
「……。」
 ムーはただ一心にそのページを見つめたまま置物のように固まっていた。
「…どうしたの?ムー。」
 声をかけられて彼女はようやく振り向いた。返す言葉も無く、ムーは首を振った。
「?」
―言いたくない事でもあるのかな…?
 レフィルは再びリストに目を向け、さらにページをめくっていった。

バクサン
素性は全く不明のレスラー界の巨星。我流のジパング流武術と魔法の球の製造、
そしてメガンテを得意とする。
仲間にできれば心強い味方になること間違いなし。
ただし、酒の話を断って無事に帰ってきたものはいない。

 あからさまに怪しい文章であるが、三人は似顔絵の方を見ていた。
「「「……。」」」
 三人はその大きく目を見開き、狂気に満ちた笑顔を浮かべている似顔絵の人物を見て閉口した。
「…魔法の球…って……」
「…ジパング流…」
 我流なら…ジパング流などというのはおかしくはないだろうか…と言うところには誰も突っ込まなかった。
「得意だったのか…メガンテ…」
―…間違えて唱えたのとばかり…
「「というか…やっぱり載ってたんだ…。」」

「アッサラームでもノルドさんのことを知っている人がいればいいのですが…。」
 レフィル達三人は、アッサラームの中にある酒場に赴いた。
「この辺りでダーマへの道は本来あの抜け道しかなかったはずだよな。抜け道自体はかなり有名なものだと思うがな。」
「知らなかったのに?」
「…。」
 ムーの一言にホレスは肩をすくめた。そこに柄の悪そうな男たちが寄ってたかった。
「ここは子供が来るとこじゃねえぞ。」
「何の用だ…。」
 ホレスは刺すような視線を闖入者達に向けた。
「んな怖ぇ顔すんなって。べつにやろうって訳じゃねえんだからよ。つーかガキ連れで何だってこんなとこに来るんだよ?」
「実は…。」
 レフィルは酒場の客達に事情を説明した。
「ははぁ、成る程な。でもな、俺らも通せんぼされただけで何も知らんのよ。…ったく、何だってあのじじいは…」
 一体何があったのか、バーンの抜け道は封鎖されたらしい。
「そうですか…。」
「向こうから来たやつはいないのか…。」
 レフィルは残念そうにうつむいた。
「向こうに行こうとしてる奴ならいるみたいだけどな。ほれ、あそこに。」
 客の一人がさらに奥に座り酒を飲んでいる小柄な男を指差した。

「おや、あなた方は?確か…東に行きたいとか…。」
「え…ええ。」
 レフィル達は酒場の奥にいるターバンを巻いた褐色の肌の小柄な男の下に赴いた。
「実は、私もバハラタ名産の黒胡椒を目当てにバーンの抜け道を通る許可を頂いたのですがねぇ…。」
「許可をもらっていたならどうして東へいかないんだ?」
「それがですねぇ…。」
 この男が言うには、抜け道の先は森林に覆われただだっ広い丘陵地帯になっていて、もともと魔物の数が多いらしいのだが、最近ではそれらがさらに一段階上の強さを持つものたちが頻出するらしい。バーンの抜け穴を閉じたのもそれが原因のようだ。
「誰かに助けを求めなかったのか?」
「…そうしたいのはやまやまですが……。」
 商人を守って旅できる程の自信がある冒険者が見つからなかったという。
―…なるほどな…だが…。
「ならばオレ達がついていっても良いんだな?」
「あなた方が…?」
 その男はこちらを向いて怪訝な表情をした。
「心配するな。足手まといにはならない。」
「あ…足手まといなんて心外な!しかし…なんだってまた…。」
「それはな…。」
 ホレスは自分たちの旅の目的を話した。
「なるほど、だからダーマへ…。それで…あなたがあのオルテガさんの息子と…。」
「いや、オレじゃない。第一オルテガの子供は娘だ。」
「なんですと?」
 ホレスが指差した方をみて、男は目を丸くした。
「あなたが…オルテガさんの…?これは失礼しました。」
 大仰な動作で男は頭を深々と下げた。
―…わたしってやっぱり勇者らしくないよね…。
 鉄鎧を身に着けているが、一際小柄に見える上、顔も英雄らしき冷厳さは無く、頼りなげな表情をしている。それで間違われたのだろう。だが、一度彼女が勇者と聞かされるなり、その男は決して疑うような素振りは見せなかった。
「それでバラモスを倒すために仲間を探しておいでのようで…」
「ああ、少なくとも奴の下まで行くための情報を集めるのにも仲間がいたほうが良い。」
―…もっとも、正直オレはあまり仲間が増えるのは歓迎できないがな…。
 自分でもひねくれた事を言っていると思いながら、話の続きに入った。
「そうですね…それなら尚の事一緒に行きましょう。人の力になれる機会はそれほどありませんから。」
「あ…ありがとうございます。」
「なあに。私とて一人旅は辛いものがありますから。お互い様ですよ。」
 男は満足そうに口髭を愛でた。そして、間をおいて三人に尋ねた。
「ときに…あなた方のお名前は…?ああ…私はハンと申します。」
「ムー。」
 ムーはレフィルの方を指差し、
「こっちがレフィル。…もう一人がホレス。」
 と商人ハンに告げた。
「よろしくお願いします、ハンさん。」
「短い間かも知れないが…。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「そうだな。」
 こうしてレフィル達は、とりあえずバハラタまではハンと行動を共にすることになった。