王墓の呪い 第八話
 出口までたどり着いたところで、ホレスは力尽きて倒れた。担がれていた二人も夜の砂漠の地面に転がり落ちた。
―…く……これまでか…。
 意識が遠のいていく、ここで死ぬのか、そういった事が頭を駆け巡る。
―……まだ…だ…。
 後ろから聞こえてくる魔物の足音もだんだん聞こえなくなってきた。
―オレは…まだ死ね……ない…のに…
 ホレスの意識はそこで途絶えた。

「……む〜…。」
 赤毛の少女が目を覚ました。
「ホレス…?」
 目の前の銀髪の青年は血まみれになっており、微動だにしない…。
「…。」
カサカサカサッ!!
 聞き覚えのある乾いた音が、ムーの耳に届いた。
「!!」
 すかさずムーは彼らに身構えた。しかし、その正体…地獄のハサミ達はそんな彼女を見るなり震え上がった。
「?」
 ムーはその様子に首を傾げた。
「待って…ムー……。」
「!」

―…おうホレス、お前ってホントにカタブツだよなぁ…。
…これは……。
―…ん?
……死ぬ前に良く見る……と言ったか…。
―マジでやるとは思わなかったぜ…。あんな事…出来るわけねぇって…あれほど言ったのによ…。
―…まあ出来ないことではないだろうな。頑張れば。
―……そりゃあ…出来るんだろうけどよ…普通にやらねぇだろあれは…。
―…?
―大体な、出来たところで、その後どうなってたかわかってんのか?
―……??
―お前…やっぱ…ただのバカだわ。
―…バカ…か。
…そうだな。赤の他人の為に命を張ってる事は確かにバカなのかもしれないな。

―驚いた…まだ生きているぞ。

―ベホマ
…何だ?…今何て………?
―おおっ…みるみる内に顔色が良くなって……
ベホマ……だと?

「!!」
 目を覚ますと、ホレスは宿屋のベッドの上にいた。
「…?」
―オレは死んだんじゃ…?そうでなくとも…。
 ピラミッドで完全に力を使い果たしたはずなのに、今全快の状態でここにいる。
―……あのときベホマと聞こえたな…。
 ベホマ…それは回復呪文ホイミ系最大の治癒力を持つ。だが、ホイミ系の類に違わず体力が残っている者にしか効果は現れない。
―まだ、力を持て余していたのか…オレは。…逆に救われたがな…。
 ホレスは立ち上がり、全身を改めた。何処も損傷は無い。遠くからの音もちゃんと聞こえる。
「おお、気がついたかい。」
「すまない、随分と世話になった様だ。」
「まあ…なに、お代はちゃんと頂いたから大丈夫さ。」
「誰に?」
 レフィルもムーもこの部屋にはいないようだ。
「赤い毛のお嬢ちゃんからだよ。お連れさんかい?」
「ムーが?ああ、そうだ。」
 どうやらムーは既に意識が戻ったらしい。
「それで?今何処にいる?」

 ホレスは着替えると、夜のイシスの街へ出た。
―外に出て行ったと言うが…、何処へ行ったんだ?
 夜の街を歩く者達に尋ね、行き着いた先は町の中央にある、オアシスだった。
「…水音?」
 ホレスの耳に風の音に混じって僅かに水がぴちゃっと跳ねる音が聞こえてきた。一体何だと思いつつ、音のする方に近づいた。
「くしゅんっ!」
「!?」
 夜目が効かずによくわからないが、誰かがオアシスの清流の中に身を委ねているようだった。
「誰?」
 聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。それと同時にオアシスの中の彼女の影が見えてきた。 ホレスは珍しく慌てた様子でその少女…ムーの方向から目を逸らした。
「ホレス?…何?」
 一点の曇りも無い口調でムーはホレスに尋ねた。
―…何の気負いも無いのか?
「探していた。お前のおかげでオレは命を拾った。その礼を言いたい。」
「…どうして?」
「?」
「死にかけてまで…どうして?」
 抑揚の無い声でムーはただホレスに問いかけた。
「……理由なんか知らない。だが、お前があんな所で無惨に殺されるのは見るに堪えない…。レフィルもな…。」
「……あなたは?」
「?」
「あなた自身は?」
「…オレの命だ。オレがどう使おうと…オレの勝手だ…。」
 ホレスは低い声でそう答えた。ムーはその場から動かずに呟いた。
「…私はあなたに死なれると困る。」
「……。」
「レフィルもそう思っている、…多分。」
―……多分…って…
「…あなたの命はあなたの物。でも…」
 後ろの方で、ざばっと水音がした。
「!?」
 ムーはいつの間にかホレスのすぐ後ろにいた。
「あなたにとって私達は?」
「ム…ムー……?」
「あなたより大切なの?」
「!!」
「あなたが私達を命をかけて守ってくれたように、私もあなた達を守りたい。命を捨ててでも。」
 そして、真下から見上げる形で、ムーはホレスの正面に来ていた。 ホレスは状況を忘れて思わずムーの顔を見た。相変わらずの無表情だったが、何かを伝えたいようにも見えた。
「私もあなたも同じ。」
「な…!?」
 ムーの発言と今の状況に、ホレスは頭の中が真っ白になっていた。
「お前っ……!?」
「でも、自分から死ぬのはやめて。」
 彼女の細く、柔らかい手がホレスの顔に当たった。
「わ…わかった!わかったから!!」
 どこかやけくそ気味にホレスは怒鳴った。
「服着ろ!!」
 目のやり場に困り、ホレスは向いている方向を180度変えた。
「……?」
 ムーは訳が解らないように首を傾げた。
「くしっ!!」
 ムーはまたくしゃみをし、身を震わせてようやくタオルで体を拭い、それを身に付けた。

「なぁ、ムー。」
「……。」
 宿に帰る途中、ホレスはムーに尋ねた。
「オレの怪我ってベホマで治っただろう?本当に死にかけていたら…」
「本当にほとんど死んでいた。」
「なに…?」
 ベホマでも、体の治癒力が働かなければ意味が無い。余りに深手を負った者はどうしても回復が上手くいかなかったり、最悪治らずにそのまま死んでしまうこともある。
「でも、致命傷は許容範囲内だった。」
「…運が良かったのか。」
「二度は無い。…多分。」
「そうだな…。気をつけることにする。」
 ホレスはムーに向き直りそう告げた。

 翌日、一行は三度イシスの女王の下に赴いた。
「黄金の爪を見つけて下さったのですね。」
 ホレスは女王にピラミッドから手に入れた黄金の爪を渡した。
「では、その時の話…聞かせていただけますか?」
 レフィル達はピラミッドでの経験を女王に説明した。
「…そうですか。…この石碑の言葉は…」

魔錠の封緘の印 此処に掲げるべし
さすれば太陽への道 此処に開かん
されど王の血を引かざる者 
汝 神苑へ還らん

 これは、ムーが完全な資料を見つけ、解読の呪を使って解読した物だった。
「…王族の者でなければ……呪いに襲われてしまう仕掛けだったようだな。」
「そのようですね。」
 レフィルはそれを聞いて…呟いた。
「…血の力って…大きいんだね…。」
「血は争えないとはよく言ったものだ。」
 現に、自分は十二まで普通の少女として育ったにも関わらず、今では勇者として生きている。その生き方の急激な変化からは想像出来ないその実力は、血から来る才能から起因するものが大きいと言っても過言では無い。
―勇者の血か…重たいな……。
 旅立つ時にこそその力は無かったものの、アリアハンの人々は既に彼女をオルテガの血を引く新たな勇者として見ている…。
「これからポルトガに向かうのですね?」
「はい。父も船で世界を旅した…と聞きましたから……それで…。」
 魔王の居城…ネクロゴンドへ向かうためには、どのみち海を渡らなければならない。海に面する国家、ポルトガで船を手に入れようという了見である。
「貴女はまだ…この旅の目的を果たすためにするべき事をご存知では無いようですね…。残念ながらイシスにもそのための情報はございませんが…。」
「そうですか……。」
「ポルトガに行く前に、東に位置するダーマの神殿に行かれると良いでしょう。彼の地は世界でも随一の蔵書があります。」
「ダーマ…?」
 レフィルはちらっとムーの方を見た。特に変わった様子は無いようだが…、何か不安な気持ちがよぎった。
「それに、東の地は高名な賢者の縁の地と聞き及んでいますわ。きっとあなた方の力になって下さる事でしょう。」
「賢者…。」
 ムーはその言葉を反芻する様に呟いた。女王は彼女の方を向いて告げた。
「左様、賢者です。その称号に違わぬ学を極めし者であるだけでは無く、人間としての徳も高い存在にある方達です。」
「…神に選ばれし者…。」
「よくご存知ですね、ムー殿。貴女ならば或いは……」
「それはできない。」
「…?」
 ムーが突然言い放った一言に、女王はきょとんとした。
「…まだ何も申しておりませんが……?」
「……わからないけど、できない。」
「そうですか…。」
 女王は一息ついてから三人の前に跪いた。
「あなた方の旅のご幸運をお祈り致しますわ。それと、わが国でお役に立てる時が来たらまた訪ねて来て下さい。」
 
「ねぇムー、さっきの出来ない…ってどういう事?」
 レフィルは王城から出た所でムーに尋ねた。
「……。」
「女王様…結局何も言わなかったけど……ムーには解ったの?」
 ムーはそれを聞くとはっきり頷いた。
「…大方の予想はつくけどな。」
 早い話がムーにも賢者たる資質はあると言いたいのだろう…と付け加えながらホレスは二人のペースに合わせゆっくり歩いていた。
「ムーって確かに賢者みたい…。」
 一見無愛想に見えるが人の事に気を配ることもでき、呪文の知識もある種の専門知識もしっかり身に付けている。それを賢者と言わずして何と形容できようか。
「…でも、私は賢者じゃない。」
 しかし、何故かムーはかたくなにそう言い張る。
「そう…。」
 賢者でない事を裏付ける物は一体何なのか…?
―もっと自分の事認めてあげてもいいのに…。
 レフィルは自分より少し背が低い赤髪の少女を見てどこか切なくため息をついた。
(第三章 王墓の呪い 完)