王墓の呪い 第七話
 三人は扉の中から飛び出してきた何かに身構えた。
「あれは…!!」
 その者は全身を包帯で巻かれたミイラ男の中でも特別高貴な者…それも王であるらしく、王族の衣装を身に纏っていた。
「金色の……爪!?…あれが…」
「黄金の爪…!!」
「ビンゴ」
 ムーは杖をその者に振りかざした。
「ベギラマ」
 ムーはポツリと呪文を呟いた……しかし、何故か炎が出る気配が無い…。
「?」
 彼女は僅かに首を傾げた。その隙を突いて、ミイラ男が右手の黄金の爪を手に襲い掛かってきた。
「「ムー!!」」
 二人はそれぞれの武器を手に助けに向かった。
ガッ!!ボキッ!!
「「!?」」
 しかし、ムーは逆にミイラ男の頭を杖で突き、朽ち果てた首の骨を折った。
「……。」
 ムーは静かに杖を構えた。魔法使いの護身杖術の構えではなく、戦士の戦闘特化のそれである。
「……ムー?」
 ミイラ男は再び起き上がり、首を腕で元の位置に戻した。
『小癪な…。』
 ゾンビとは思えないしっかりとした動きでムーに向かって爪を突きつけた。
『貴様も黄金に見せられし愚か者か!!』

 目の前で繰り広げられている戦いに、ホレスもレフィルも内心驚いていた。
「すごい…呪文使えなくてもあんなに強いなんて…。」
「……。」
―あの時は運が良かったな…。
 地獄のハサミの時は、バイキルトとルカニで完全に力押しで戦っていたが、今度は生身で戦っている。彼女はミイラ男の攻撃を紙一重でかわし、その度に一撃を加えていく。もしもシャンパーニでも同じ事をされていたら、呪文で満身創意だったホレスには勝機が無かったかもしれない。
「でも…このままだと……」
「心配するな。動きが取れなくなった所で火を付けて焼き払う。まずくなったらオレ達もフォローする。構えとけ。」
「は…はい!」

 既にミイラ男はあちこちの関節を砕かれ、動きが鈍っていた。
『おのれ……』
「その程度?」
 ムーはその緑のマントを引き裂かれていたが、本人には大した怪我は無い。
『貴様ら如きが余に安易に触れるなど…』
「うるさい」
 今度はムーの方から攻めに回った。もはや他のゾンビ達と変わらない動きしか出来ないミイラ男の足を突いた。
『!!』
 遂に足の骨が砕け、在り得ない方向に曲がり、ミイラ男はうつ伏せに倒れた。
「とどめ」
 近くにいたホレスに向かって呟き、ムーはミイラから離れた。ミイラ男は炎に包まれた。
『おのれ…朽ち惜しや…。この怨み…晴らさでおくべきか……』
「…逆恨み」
『卑しき鼠の分際で……』
「くそじじいのくせに」
『…黄金を求める者に呪いあれ……!!』
 ミイラ男はそう言い捨てると、黄金の爪を残して燃え尽きた。
「……。」
 ムーは爪を手に取った。
『……エサダ…』
『イケニエダ……』
『…アソコダ…アソコニイルゾ……』
「「「?」」」
 どこからともなく聞こえてくる声に三人は顔を見合わせた。
「…なっ!?」
 急に魔物の気配が濃くなった。
「魔物…!!」
「これが……呪い…。」
 奥の方から無数のミイラや、腐った死体が沢山迫ってくる…。
「ッ!!」
 真っ先に動いたのはホレスだった。鎖鞭チェーンクロスで魔物を一薙ぎし、将棋倒しにした。
「二人とも何をしている!!脱出するぞ!!」
「は…はい!」
 眼前から迫る魔物をホレスは鞭で薙ぎ払い、活路を開き続け、正面に立つ生き残りをムーの杖が捻じ伏せた。レフィルはひたすら二人の後ろから迫る魔物から身を守っていた。
「これでも…喰らえッ!!」
 ホレスは背負ったブーメランを魔物の群れ目がけて投げつけた。亡者達は上半身と下半身が泣き分かれになり、身動きが取れなくなった。
「今だ!!走れ!!」
 前に活路が開け、三人はひたすら出口に向かって走りだした。しかし…。
「?」
 ムーは突然ガクンッと後ろに倒れた。
「あ…」
 マントを引っ張られて動きを止められたところに、他の亡者が彼女に覆い被さった。
「!!」
「「ムーッ!!!」」
 二人はいつに無く大声で叫んだ。

 気がつくと、レフィルは剣を抜いた状態でその場に座り込んでいた。周りには無数の魔物の残骸が散らばっている。
―わたしは…一体…
「いけないっ!!ムーは…!?」
「ここだ。」
 呼ばれて振り返ると、ぐったりとしたムーを抱えたホレスの姿があった。左手で刃のブーメランを握り、魔物と戦っている。
「ホレスさん!ムーは…!?」
「大丈夫だ…。頭を打ったみたいだが…。」
 レフィルはムーに触れたが返事が無い。どうやら気絶しているようだ。
「ムーを頼む。」
「え…?」
 ホレスはムーをレフィルに引渡し、再び刃のブーメランを投げた。戻ってくるまでの間、チェーンクロスを振り回し魔物達を叩きのめした。
「ホイミ!!」
 前線に立って傷ついたホレスに回復呪文を唱えるも、発動する事は無かった。
「駄目…やっぱり効かない……。」
「すまない……。オレがあんな事を言ったばかりにな…。」
 そもそもホレスが黄金の爪などに興味を示さなければ、このような事態に陥ることは無かったのだ。
「…そんな……。」
 しかし、今は悔やむより、生き残ることを考えると割り切り、ホレスはレフィルに告げた。
「こうなったら前に進むしかない…いくぞ!!レフィル!!」
「ホレスさん…。」

 死に物狂いの戦いの甲斐あって、先程確認した出口の周辺まで来た。
「出口……!!もう少しです…ホレスさん…。」
「ハァッ……ハァッ……ああ……!」
 迫り来る魔物をレフィルが剣を巧みに使って守り、ホレスがブーメランで一気に立ちはだかる者達を一掃する…。それを繰り返してようやくここまで来た…。
「大丈夫か…!?レフィル…」
「はい。…っ……!?」
 鉄の鎧のおかげで、レフィルはさしたる傷は負っていなかった。が、やはり心身ともに限界に近かった。
「だ…大丈…夫。」
「…もう少しだ……がんばれ…!」
 薬草、毒消し草、爆弾石といった持ち込んだ道具の大半を失い、二人とも極限状態に追い込まれている。ムーに至っては気絶していてすぐには起きそうに無い。
「待ってろムー…。外までもう少しだ…。」
 レフィルが背負っているムーの姿を見やり、ホレスは眼前の魔物にナイフを投げつけた。
「……!!浅かったか…。」
 舌打ちして、もう一本取り出して投げつける。今度は見事に決まり、その魔物は息絶えた。
「ホレスさん!!後ろ!!」
ドゴォッ!!
「グッ!!」
 全身をしびれにもにた衝撃が走った。ミイラ男が全体重を乗せて倒れながらの頭突きを敢行してきたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「馬鹿!!左ッ…!!」
「え……!?」
 レフィルの体に炎が吹き付けた。
「うぅっ!?」
 レフィルはムーを庇いながら身を固めたが、攻撃はそれだけでは終わらず、その炎の主…火炎ムカデが体を丸まらせて突進してきた。
「きゃあっ!!」
 レフィルは悲鳴を上げて地面に倒れた。
「レフィルーッ!!」
 ホレスは腰に差した大振りのダガーを抜き、その火炎ムカデの背中の節の間に何度も突き立てた。
「く……レフィル!」
 魔物を蹴散らしつつムーと共にうつ伏せに倒れているレフィルに駆け寄った。軽い火傷と打ち身で済んでいたが、意識不明の状態だった。
「……くそっ!二人共気を失って……だが…。」
 ホレスは残った薬草を全て飲み込んだ。
「お前らを死なせはしない!!」
 気合と共に、ホレスは二人を持ち上げて出口に向かって盲進した。二人を庇って魔物の群れの攻撃を浴びながらも彼は前進した。
―オレの迷惑の為に…死なないでくれよ…二人共!!