王墓の呪い 第六話

 三日後、レフィル達は再び女王の下へと赴いた。
「お待ちしておりました。レフィル様。」
 女王は玉座に優雅に座り、レフィル達を見下ろしていた。
「さあ、この魔法の鍵を受け取って下さい。」
 女王自ら、銀色の鍵を手渡しに来た。何とも恐れ多い事である。ホレスは鍵を恭しく受け取った。次いで彼は女王に尋ねた。
「女王陛下、一つ質問がある。」
「何か?」
「ピラミッドに描かれていたこの模様…そして資料に捺された印…それらとこの魔法の鍵は一体…」
「失われし時代の技術です。」
 魔法の鍵の模様は、確かに石碑に描かれていた模様と同じ物だった。かつてイシスはその魔法の模様と魔法の鍵を用いて身分を分けていた。王族用の資料に魔錠の封緘をほどこし、王の部屋は魔錠で侵入者を退ける守りがあった。ピラミッドにも…魔錠による仕掛けが幾つかあるらしい。
「…それで…あなた達は……ピラミッドに行って、何か見つけられたのですか?」
「中央の祭壇の石碑に…魔錠の封緘の印を掲げると太陽への道が開かれる…。そんな話があった。」
「…黄金の爪の伝説を?…どうして部外者のあなたが…?イシスの図書室にも無い情報ですよ。」
 女王は首を僅かに傾けつつも、温和な表情を崩さず尋ねた。
「私が読んだ。」
「……貴女が?……帽子を取ってくれませんか?もしやあなたは…。」
 ムーは黒い三角帽子を脱いで、女王に顔を見せた。
「やはり…あなたは…」
「?」
「どういう事情がおありなのかはわかりませんが…納得がいきました。」
 自分の顔を見て一人納得する女王を見返して、ムーは何か引っ掛かるような物を感じた。
―……知り合いに似ていた…?
「…言いたい事はそれだけ?」
 ムーは女王に問い掛けた。
「いいえ、わたくしの知る事はこれ以上ありません。…ただ、あなたは……以前ここに訪れた方によく似ていらしたのです。」
「…魔女?」
「ええ。」
 ムーの言葉にホレスはアッサラームで出会ったメリッサという名の女のことを思い出した。
―……あまりうかつな事は言わない方がいいな…。
 メリッサと何処か似ている気はするが、おそらくは赤の他人な気がして、ホレスは思うところを言い出せなかった。
「すぐに違う町に向かわれたようですが…。」
「…そう。」
 ムーはこれ以上何も言わずに立ち去っていった。
「あ…ム…ムー……。あの…女王様…ここで失礼させて頂きます。」
「そうですか…。旅のご無事を祈っておりますわ。」
「は…はい。女王様もお元気で…。」
 レフィルは名残惜しそうに女王の方を見やり、その後ホレスと共に去っていった。

「なぁムー、先程女王が帽子をとったお前に誰かの面影を感じたようだが、一体誰なんだ??」
 イシスの王城を出る途中、ホレスは遠回りにムーに尋ねた。
「…わからない。忘れたのかも。」
「…忘れた?」
 ムーの言葉にホレスは首を傾げた。ダーマからバシルーラされた際の二次的作用なのか、自分の名前さえ忘れてしまう程の記憶喪失にあるのだから、そう言っても不思議ではない。
―だが、“忘れたのかも”……か。…まぁ、今は何もいうまい。

 魔法の鍵を手に入れた一行は、再びピラミッドに入った。
「ふんっ!!」
 ホレスは宝箱を蹴って開けた。
「出たなっ!」
 識別魔法インパスの結果、宝箱に魔物が潜んでいる…あるいは魔物そのものである事を示す赤い光が現れたため、すぐに戦いの体制に入れるようにとの判断だった。
「ラリホー!!」
 レフィルはカザーブで契約し、遂に修得にまで至った催眠呪文ラリホーを箱型の魔物、人食い箱に向かって唱えた。睡魔が人食い箱の動きを鈍らせる。
「メラミ」
 ムーはメラミを唱え、人食い箱を炎に飲み込んだ。
「まだだっ!」
 人食い箱は瀕死の重傷を負いながらも再び体制を整え、三人に飛び掛ってきた。
「スカラ」
 ムーは最前列にいたホレスに向かって防御呪文スカラを唱えた。オーラの鎧がホレスを包む。
「そらっ!!」
 ホレスはナイフを人食い箱の中に突き立てた。魔物の牙がオーラを貫いてわずかに体を傷つけたが、その一撃で核を貫かれた人食い箱はバラバラに砕け散った。
「ホイミ……ホレスさん…あの…」
 箱に挟まれかけた右腕の回復をしてすぐ、レフィルはホレスに話し掛けた。
「…何だ?」
「…痛く…ないのですか…?」
 ホレスは治りたての右腕を僅かに見てすぐにレフィルに向き直り答えた。
「いや…、もう問題ない。」
「でも…あんな…」
「…?」
「あんな危ない事…」
―悪くすれば腕を噛みちぎられてしまったかもしれないのに…どうして…?
「…レフィル?」
「!」
 ホレスは、何かを言いかけてそのままぼーっとしているレフィルに呼びかけた。すぐにレフィルははっと我にかえった。
「…大丈夫か?」
「え…?」
 心配していたはずが、今度は心配される側になって、レフィルは返す言葉を失った。

 三人は先日訪れた最深部の石碑の部屋に再び入った。

魔錠の封緘の印 此処に掲げるべし
さすれば太陽への道 此処に開かん
され………を……かざ…… 
汝……へ還らん

 ホレスは石碑の内容が記された一枚のメモを取り出した。レフィルはそれを覗き込み、ムーに尋ねた。
「…ムー。とりあえず読み上げられるのはこれだけなの?」
 ムーは頷いた。
「罠は?」
 今度はムーがホレスに向かって尋ねた。
「……ここに落とし穴らしきくぼみがあるな…。」
「それじゃ…この仕掛けを発動した時…ここが開かれるって事…?」
 レフィルは不安な気持ちを僅かに顔ににじませながら尋ねた。
「……そのようだ。…だが、前にもこの仕掛けに引っ掛かった奴もいるみたいだな。」
「?…それはどういう…」
「ここだけ砂や埃の様子が不自然だ。足跡だけではおそらくこうならない。」
 確かに石碑前の石の材質の事もあるが、そこだけ妙に色が違うし、叩いた時の音も違う。
「でもこれじゃ…鍵を掲げた時……その落とし穴に落ちちゃうんじゃ…?」
「いや……逆にこの落とし穴に落ちることがその道なのかもしれない。」
 ホレスは魔法の鍵を手に、石碑の前に立った。そして、鍵を石碑の模様に向かって掲げた。
「!」
 案の定、ホレスの足元の石が急に開き、彼を穴に飲み込んだ。
「ホレスさん!!」
「下がってろ!」
 駆け寄ったレフィルの前に鉤付きのロープが飛び出してきた。そしてしばらくしてホレスが穴から出てきた。
「大丈夫だ。どうやら下は何かの部屋になっているようだ。」
「……。」
穴の上から見ても本来落ちたらただでは済まない高さのようだと本能が教えてくれる。
―…また……どうして…?…ホレスさん…。
 そのような地へ恐れも戸惑いもせずに安易に身を投げ出すホレスの大胆な行動と、彼の自分達への気配りにレフィルはまた何かやりきれない気持ちを抱えた。

 ロープを降りた先は果たして地下室だった。辺りに散らばる骨だけの骸は殉死した者たちか、或いは哀れな侵入者の物か…。
「風がある……。こっちか…。」
 ホレスは二人を待たせてその地下室の探索をした後、一枚のメモを手に戻ってきた。
「…だいたいわかった。こっちにも出口があるようだ。」
 彼は二人をその出口まで案内した。
「風が来る…。」
「外…。」
 夜の冷たい風が三人の頬に当たった。見上げると空には満天の星が煌いていた。
「これならロープを使わなくても大丈夫そうですね。」

 再び地下に戻った三人は、最深部の石碑と似たような物を見つけた。
「…この石碑……あの部屋のものと同じではないですか…?」
 ムーは解読の呪を発動しようと意識を集中した。

魔錠の封緘の印 此処に掲げるべし
さすれば太陽への道 此処に開かん
され……の…を…かざる者よ 
汝神…へ還らん

 近くには大きな扉があった。
「どうやらここも鍵によって開くらしいが、罠は無いようだ。」
 ホレスはまた魔法の鍵を取り出した。
「罠が無い…としても、気をつけてください…。」
「ああ。」
 鍵を模様にかざすと、扉はその身を左右に引きずる様に開いた。
「「「!!」」」
 開いたと歓喜する間も無く、不意に何かが三人の間を通り抜けた。