王墓の呪い 第四話
「…よし、じゃあ行くぞ…。」
 イシス北にある巨大な石の建造物…ピラミッドに三人は進入した。先日の教訓から砂漠越えは夜に行い、鎧に熱が溜まるのを防ぎ、一行は難なくここに辿り付いた。
「レミーラ」
「え?」
 ホレスは呪文を唱えた。照明呪文レミーラである。これで松明を持つ手が空く。
「ホレスさんも魔法使えたんですね…。」
「残念ながら、実戦向けな物は覚えていないけどな…。」
 レフィルがへぇ…と感心している一方で…
「……。」
「?」
 ムーは表情を変えずにホレスを見つめた。魔法使いの株を奪うな…とでも言いたいのだろうか?

「……何…この嫌な感じは…?」
 呪いの伝承が在るだけに、やはりただでさえ居心地がいい所では無かった。ジメジメとした空気にあちこちに生えている苔…。レミーラが照らし出した光景を見て、レフィルはどこか物憂げな表情をした。
「おそらくほとんどが発掘され尽くしているからな…。罠の方は大方取り除かれているだろうな。」
 ホレスの思った通り、毒矢の罠や、落とし穴…そして酸の罠の跡が見つかった。その多くは、傍に哀れな犠牲者の成れの果てを伴っている…。
「……。」
 レフィルはその亡骸の前で静かに黙祷した。酸に溶かされ、僅かな骨だけの体と化した…墓荒らし…あるいは学者に祈りを捧げていた。
―やけに静かだ……。
 ホレスには遠くからの僅かな魔物の気配も感じ取れなかった。
「…あ。」
 レフィルの足に何かが当たった。
「……宝箱?」
 彼女はおもむろにそれに手を置いた。
「待て、罠かもしれないぞ。」
 しかし、レフィルはホレスの言うことを聞かず、箱を開けようと手をかけた。
「レフィル!!」
「…!!」
 強い口調で注意すると、レフィルははっと我にかえった。呆然としながら宝箱から手を離す。
「あ…………?」
「あ…じゃない。むやみに宝をあさるな。」
「……わ…わたし……」
「…?…どうした?」
 彼女の意識がはっきりしない様子にホレスは怪訝な顔をした。
―…何かに魅入られていた…?
「…そうか、…これも…。」
 おそらくは亡霊の囁きにでも中てられたのだろう。そう言えば理解が早い。
「インパス」
 ムーは識別呪文、インパスを唱えた。その宝箱はかすかに赤く光った。
「…罠。おそらくは魔物。」
「そうか…。さて…どうするか…。」
「罠なら乗り越えるだけ。」
 ホレスはムーの方を見た。しかし、ムーは既に宝箱に手をかけていた。
「離れてて。」
「……避けるつもりは無いのか。」
 ムーは宝箱を開いた。しかし、箱が突然跳ね、中から舌が伸び始めた。それはムーの顔を嘗め回した。彼女は特に驚いた様子も見せず、箱の中を見た。
「人食い箱か!!」
 ホレスは素早く身構えた。
「あっ……!!」
 レフィルも遅れて目の前の宝箱もどきに注目した。その時、人食い箱は大きな口を開けてレフィル目がけて飛びかかってきた。
「レフィル!!」
 ホレスは彼女を突き放し、矢面に立った。
「スカラ」
 ホレスの周りに守護のオーラが発生した。それを上手く使い、敵の攻撃を受け流した。
「…くっ…!!」
「ホレスさん!!…ホイミ!!」
 完全には受け流しきれず、ホレスは噛み付かれて上腕の一部を噛みちぎらていた。深くは無いが、かなり痛そうだ。レフィルは慌ててホイミをかけた。
「ルカニ、バイキルト」
 ムーは地獄のハサミを撃退したときと同じように、人食い箱に向かいながらルカニを唱えると、続けて自分にバイキルトをかけた。そしてそのまま杖を箱に向かって真っ直ぐ振り下ろした。箱の一部が砕け散り、木片と化した。痛みを感じたのか人食い箱は身じろぎをした。
「メラミ」
 杖を振るうと先から大きな火の玉が出現し、人食い箱を燃やし尽くした。
「……怪我は?」
 ムーは二人に向き直り告げた。
「心配ない。レフィルのホイミで十分直った。」
 噛み付かれた跡が残っているが、神経までやられてはいないようであり、痛みも傷もホイミによって癒されていた。
「ご…ごめんなさい……。」
 レフィルはホレスに怯えた様な表情をしながら謝った。ホレスは少し慌てた様子で身じろぎした。
「いや、それはいいが……大丈夫か?」
「いえ……大丈夫…です。」
「そうか…。ここにいると理性が弱まるのかもしれないな。…霊的な匂いが強いだけにな…。」
 ホレスはレミーラの光と聴力を頼りに先に進んだ。

 その後、幾つか残っていた罠を何とか回避し、一行はピラミッドの中心部まで来た。
「ここでいいんですね?ホレスさん。」
 三人以外誰もいない回廊にレフィルの声がこだまする。
「ああ、押してくれ。」
「はい、では…」
 レフィルが壁にあるボタンのような物を押すと、何か巨大な物が動く音がした。
「開いた…か。」
「開きましたね…。」
「…。」
 三人は中心部の奥へと入った。
「石碑…か。」
 そこにあったのは古代文字と謎の模様が刻まれた石碑だった。

「魔錠の封緘の印 此処に掲げるべし
さすれば太陽への道 此処に開かん
され………を……かざ…… 
汝……へ還らん」

 ムーはところどころ欠けているその石碑をすらすらと読んでみせた。
「読めるのか…?」
「…解読の呪を使っただけ。」
「……解読の呪?」
 呪文は一般の者が使えずとも口ずさめるほど比較的有名なものが多いのだが、魔道はそれだけの物に留まらず、まだまだ奥が深い。神父の起こす奇跡と同様に、呪文を超えた現象を引き起こすことも十分に考えられる。それを成すには、呪文とは違い契約するのではなく、呪文を含めたそういった現象の本質を理解し、魔力によって発現するだけの知識とイメージ…そして精神力が必要である。
「……魔錠の封緘の印?」
「もしかして…魔法の鍵の事かな…?」
 ムーが言ったままの事をメモに書き写し、三人はしばらく考えた。
「石碑の模様も気になるな…。何か心当たりは無いか?」
 ホレスが二人に尋ねると、ムーは彼の鞄を少し引いた。
「読んでた本。」
「…?」
 彼女に言われるままにホレスはその本を取り出し、手渡した。
「…何か分かったのか?」
 ムーは本を閉じ、背表紙を摘んでページの部分をホレスに見せた。
「ここ。」
 辞典でよくある音順の見出しのそれの様に、模様が書き込まれていた。
「…同じだな。これと。」
「すごい…よく気付いたね…ムー。」
 ムーが宿で見ていたのはどうやらこの印らしい。
「だが…これ自体には何の記述も無かったぞ…?それとも…」
 手がかりを掴んだと思ったのも束の間…また議題は振り出しに戻った。
「もう一冊。」
「…?ああ…?」
 ホレスはイシスの図書室から借りた文献をもう一冊取り出した。
「これも。」
「「あ。」」
 これのページ部分にも石碑と同じ模様が描かれていた。
―…一体どういうことだ?
「う〜む……だがいつまでもここにいても仕方が無いか…。次を探すぞ。」
「まだ上の階がありましたね…。」
 ホレス達は石碑の部屋を後にした。