王墓の呪い 第二話
 翌朝…三人は朝のアッサラームの町の武具店にいた。ピラミッドではかなりの強敵が出るようなので、レフィルの装備の新調を今のうちにしてしまおうという魂胆だ。これまでの戦いで彼女の皮鎧も既に寿命だった事もあり、三者共異論は無かった。。
「…姉ちゃん、ホントに重くないのかい?」
 上半身を鉄の鎧でがっちり固めたレフィルに対し、店主はその新しい鎧の着心地を尋ねた。
「は…はい。想いの他動きやすいですし…。」
「そうかい。流石に少し手を入れただけの事はあったな。」
 やはりすぐに用意したためか…手を入れたと言っても所詮は間に合わせに過ぎないらしいが、それで十分らしかった。もともと男物の鎧の一部を上手く加工し女性のレフィルに合うように強引に仕立てたものだった。重量は全く変わらないにも関らず、彼女はなんら問題なくその鎧を着こなしている。ホレスは内心その事に感心していた。
「それでいけるか?レフィル。」
「はい。大丈夫です。」
「そうか。じゃあ2000ゴールドここに置いておくぞ。」
 鉄の鎧は本来もう少し安く買えるのだが、本人の注文が入ったため、仕立て代込みの値段を払った。代金を受け取ると、店主はホレスに尋ねた。
「時にあんたら…どこへいくんだい?」
「イシスだ。」
 ホレスの答えを聞いた彼は少し気まずそうな口調で言った。
「止めといた方がいいんじゃねぇのか…?どう見たってあんたら…」
「でも…イシスに行って、女王様からポルトガへの通行のための魔法の鍵を頂かなければなりませんし…。」
「…ていうか、それで行く気か?」
「「?」」
 ホレスとレフィルは顔を見合わせた。
―…一体何なんだ?
―え…?何だろう?
「どういうことだ?」
「…さぁ……?」

 アッサラームを出て、三人は砂漠へと辿り付いた。レフィルは鎧の上から白いローブをかぶり、ムーも同じような白いローブをかぶった。
「いよいよ砂漠越えか。」
 黒いローブを身につけたホレスにムーは何かを差し出した。
「……これを。」
 それは、一枚の地図とコンパス…そして羽ペンだった。
「…いまさらそんなものが役に立つか?」
「……。」
 ムーはおもむろに地図を広げた。彼女の手から羽ペンが離れ…地図の上の一地点を指し示した。
「…なるほどな。」
「適任。」
「わかった。」
 ホレスは彼女からそれらのアイテムを受け取った。
「じゃあ…行きましょう。ホレスさん、ムー。」

「……。」
「はぁっ!!」
「…くっ!」
 三人は緑色の蟹…地獄のハサミの大群に襲われていた。
―こいつら…噂どおり硬いな…軍隊蟹以上だ。…しかも……。
「レフィル!!早いところそいつらのハサミを斬りおとせ!」
 レフィルは一匹の地獄のハサミと対峙していた。しかし、どこか調子が悪そうだ。
「…!!危ないっ!!」
 後ろから来たもう一体の地獄のハサミに襲われた彼女を突き飛ばし、ハサミを手にしたナイフで受けた。
「くっ!!」
 ナイフは挟む力に耐え切れず折れてしまった。
「大丈夫か!?レフィル!!」
 魔物の事は構わずホレスはレフィルに駆け寄った。
「……。」
「レフィ……ル?」
 しかし、彼女は荒い息遣いの中で気絶しており、返事が出来なかった。
「ちぃっ!!」
 介抱してやる間もなく、蟹が後ろから襲ってきた。
「ムーは…!」
 離れたところで白ローブと蟹が戦っている。白ローブの杖から氷の槍が出現し、一撃で蟹を凍らせて砕いた。
「まだいる…!!」
 うだるような暑さの中、まだ蟹の大群はこちらに向かってくる。ホレスは鎧の重量も加わって重いレフィルを担ぎながら、地獄のハサミの懐に潜り込み、ハサミにダガーを振り下ろした。
「「「「スクルト」」」」
「何っ!?」
 どこからか、スクルトの四重奏が聞こえてきた。地獄のハサミの群れを、不可視の鎧が包んだ。
「ま…待てよ…おい。」
 スクルトの強化率は、本来の頑丈さに比例する。ただでさえ頑健な地獄のハサミならば…。
「これじゃあナイフどころか…戦斧も通らない…!!」
「鎧デブ。」
 この状況にムーはあまりに滑稽な言葉を吐いたのち、意識を集中し始めた。
「ムー…頼むぞ。」
 あとは彼女の呪文に頼る他ない。
「イ…」
「マホトーン!!」
「オ……ラ」
 後ろから来た猫型の魔物に呪文を封じられてしまった。そいつはどこか憎たらしげににゃあにゃあ鳴いている。
「「……。」」
 二人はしばらくその場に立ち尽くしていた。魔物の群れがじりじりと寄ってくる。
「撤退。」
「…逃げ切れるか…?」
「やるしかない。」
「く…そうだな。」

「はぁ……はぁ…だ…大丈夫か……ムー…?」
「……ベホイミ」
 どうにか魔物を振り切った二人は、かなりボロボロだった。ホレスは鎧を着たままのレフィルを担いでいたので自らの合計二倍弱の重みに耐えながら乾燥した熱気の中を全力疾走したのだ。
「レフィル、しっかりしろ。…すごい熱だな…。」
「ベホイミ」
 レフィルはムーのベホイミを受けると紅潮しきっていた顔が徐々に普通の状態に戻っていった。
「ん……う〜ん……。」
 彼女は意識を取り戻し、辺りを見回した。
「魔物は…?」
「振り切った。」
「そう…。ごめん…二人共…。」
「鎧に溜まった熱気に当てられたようだな…。どうする…?一度アッサラームに戻るか?」
 ホレスはボロボロの黒いローブを整えながら、レフィルに問いかけた。
「…でも…。」
「……夜に出発するべきだったな。暑いままではその格好じゃ進めないだろうしな…。」
 防具屋のオヤジが言っていたのはこの事だったようだ。金属製の鎧を着たままでは、白いローブで体を覆っても、地面から伝わる熱が鎧に届き、その身を焦がす事になるという事だ。
「…そうか…。ごめんなさい…ホレスさん。」
「謝るのはオレの方だ、すまない…。」
「……。」
 ホレスは道具袋からキメラの翼を取り出した。
「待って。」
 ムーの制止にホレスは動きを止めた。
「「?」」
「ラナルータ」
 彼女が呪文を唱えると、レフィル達を黒い光が飲み込んでいった。

「……ん?…ここは?」
 ホレスは暗い夜の砂漠の中にいた。
「ホレスさん。」
「…そうか、ラナルータで…。お前…使えたのか…。」
「早く使えば…」
「いや、気にするな。むしろ助かったな…。」
 ラナルータ、昼夜逆転の呪文である。正確には昼と夜を入れ替えるというよりは、時間移動と言った方が正しい。
「よし、これなら熱気は無い。行くぞ。」
「でも…ホレスさん…わたしを運んで…疲れているんじゃ…?」
「問題ない。傷もムーが治してくれた。」
 レフィルは過酷な負担をおったにも関わらず立ち上がったホレスを見て、頼もしさとともに、その無謀なまでの勇気に不安を覚えた。

 夜なので、蜃気楼も起きない。オアシスが遠目から見えかけた時、三人は翼の生えた猫キャットフライの群れに遭遇した。
「猫だ。」
「マホカンタ」
「「「マホトーン」」」
 キャットフライ達は呆気なく呪文を返されて、一瞬動きが止まった。
「ザキ」
 無表情のうちに凄まじい気迫と共に、ムーは恐ろしい言葉を口にした。死への誘いの調べ、ザキである。
「ギィェエエエエエエエ!!!」
 呪いの言霊がルーンとなってキャットフライの内の一匹に纏わりついた。断末魔の叫びをあげる同属の姿を見て、他の三匹は一目散に逃げていった。
「ちょ…ちょっと…ム…ムー…、…それ…やりすぎ……」
 じわじわと魔物をなぶるムーの姿を見て、レフィルはオロオロしていた。
「…えげつないな。」
―ザキまで使うのか…。
カサカサカサッ!
 乾いた音を立てながら、蟹の一団がこちらに向かってきた。ムーはザキを中断すると、新手の魔物に向き直った。
「「「スクル…」」」
「マホトーン」
 地獄のハサミ達のスクルトは発動しなかった。
「「「スクルト」」」
 しかし何も起こらなかった。
「ルカナン」
 ムーはルカナンを唱え、地獄のハサミの甲殻の強度を下げた。
「バイキルト」
 続けて自身にバイキルトをかけ、杖を手に蟹の群れへと突進していった。
バキッ!!ズゴオッ!!ゴキンッ!!
 堅牢な甲殻に身を包んだ緑の蟹のハサミや足が宙を舞った。何匹かの蟹が戦意を喪失して逃げ出そうとした時…
「ボミオス」
 地獄のハサミの群れの動きが急に鈍くなった。ムーはすぐに追いついて一方的な破壊活動を再開した。一匹の蟹の四肢成らぬ八肢を砕き、頭部に杖を突きつけた。
「ま…待って…ムー…!!」
 そこでレフィルがようやくストップをかけた。
「もう…十分だよ…。これ以上…」
「……。」
 ムーは無表情でレフィルを見つめた後、後ろへ振り返り、去っていった。
「い…行こうか…。」
 ホレスは冷や汗をにじませながら先へ進んだ。ムーも後に続く。レフィルは目の前で転がっている生殺しの状態の蟹達に歩み寄った。そして右手を彼らに向けてかざした。
「ホイミ」
 癒しの光が魔物の群れを包んだ。蟹特有の節足の再生の能力を早めたのか、彼らの足が元通りになった。
「ごめんね…ハサミまでは治せなかったみたい…。」
 そう告げて、彼女は仲間二人の後を追いかけた。地獄のハサミ達はただレフィルの後姿を見続けていた。