第三章 王墓の呪い

 金の冠をロマリア王に返還した後、レフィル達は次なる目的地を商業都市アッサラームへと定めた。そこには世界中から集った商人達が数多の種類の品々を取引していて、同じく世界を旅する冒険者…中には魔王を倒す勇者と呼ばれる者達も名剣や伝説に名を残す魔力を秘めた骨董を求めて訪れていた。こうした事から、或いは彼の地に学の聖地であるダーマをも凌ぐ情報量があると言う者も少なくない。
 アッサラームの先には砂漠の国、イシスがあった。ロマリアの西…船の製造が盛んなことで知られるポルトガ王国への道は特殊な扉で封印されていて、魔法の鍵という物が無ければ通れなかった。その精製技術を持つのがこの国である。船が手に入れば探索範囲が大幅に広がるのは間違いない。また、ピラミッドというイシス王家の墓があり、今まで数多くの宝が持ち出されたという話がある。中には強大な魔力を秘めた武具や道具があり、まだまだ発掘できる余地があるとの事である。

「あ〜…悪ぃ、他に席空いて無ぇから…ここいいか?」
「は…はい、どうぞ…。」
 ロマリアを出る前日、宿のエントランスで一人の旅人とたまたま食事の席が合い席になった。見た目は黒髪の剣士風の出で立ちで、他に仲間は連れていないようだ。
「すまねぇな。俺はサイアス。まぁ、あんたらの事は嫌でも結構聞いてるから改めて自己紹介はいらねぇな。」
「はぁ…。」
 レフィルが女だてらにカンダタから金の冠を取り返したという噂がロマリア中に広がっていた。
―…ホントはわたし…何も出来なかったのに…。
 金の冠は…半ば情けで返してもらったような物だ。その気前と雰囲気からとても悪人とは思えないが、カンダタが一体何を考えているのかまるで分からないのもまた現実である。
「つーかさ、女王様ごっこさせられてたから嫌でも皆知ってるか…。マジ疲れたろ?アレ。」
「え…ええ……まぁ…。」
「二度とごめんだあんな茶番は…。」
「……。」
 ロマリアへ帰還した三人を待ち受けていたのは王の執務だった…。女だてらにカンダタを倒したそなたならこの国をより良い物に出来るだろうと言いつつロマリア王は勝手に退位して何処かへと失踪してしまった。大臣も王の捜索に右往左往していた為…彼の仕事もまた三人に圧し掛かってきた。レフィルは女王に…大臣代理としては何故かムーが引き受ける事になり、実に奇妙な状況となった。…闘技場で本物の王が見つかるまで…。
「…で、」
 サイアスはレフィル達の予定の話に興味を持って尋ねた。
「アッサラームへ行くのか?あんたらが?」
 ホレスは頷いた。
「…あ〜…別に止めはしないが気をつけろよ。特に嬢ちゃん二人。油断してると喰われちまうぜ?」
「「?」」
 サイアスの忠告に、レフィルとムーは首を傾げた。その言葉の意味が分からないと言った具合か…。
「……まぁ、あんたもあんたで危ねぇんだがな…。あん時、ロマリアの騎士団にケンカ売っただろ?相手が騎士団ならともかく、夜盗に同じ事やってみろ、確実に殺されるぜ。」
 彼の言葉に少々眉をひそめてホレスははっきりとこう返した。
「望むところだ。全員返り討ちにしてやるまでだ。」
 サイアスは嘆息しつつホレスに告げた。
「…わかってねぇな。あんただけじゃねぇ、連れの嬢ちゃんまで危険にさらす事になるんだぞ?」
「……。」
 ホレスはそれ以上何も言わなかった。
「あとは…ガセネタに気をつけるんだな。」
「…何故、そこまで煩く言う?それと、あんたは何故オレがした事を知っている?」
 ホレスは怪訝な顔をしてサイアスに尋ねた。
「あ〜…こう言っちゃなんだが…あれ、俺の獲物のはずだったんだがな…。」
「…盗賊団?」
 ムーの言葉にサイアスは頷いた。
「おう、…ああ、別に責めたい訳じゃねぇんだ。…だが、あの熊殺しのゲンブが一緒とは言ってもあんたらが無事で帰ってこれるとは思えなくてな…。」
「…正直オレもタダでは済まないとは覚悟してたな…。」
 ホレスが相槌を打つと、ムーがポツリと呟いた。
「そうなった。」
「は?」
「「……。」」
 サイアスはキョトンとしてムーを見て、レフィルとホレスはあの時の状態を思い出し、沈黙した。
「……ああ、そういう事か。」
 どうやら三人の様子から理解したらしく、彼は納得したように呟いた。
「ま…次がある事を祈るぜ。」
 話を切ろうとするサイアスをホレスが遮った。
「…あんた、何者なんだ?」
 彼の問いに、サイアスは間をおいてこう答えた。
「同業者だよ。」

 サイアスと別れ、翌朝、東の交易都市アッサラームを目指して出発した。旅路は二、三日続き、ようやく彼の地にたどり着いたとき、辺りはすっかり夜になっていた。
「夜なのに…にぎやかな町だね…。」
 かがり火と月光でしか照らされていないはずなのに、昼の町にも負けないほどの勢いの喧騒があった。道行く先で掘り出し物を扱っている店の数々があった。
「…眠い。」
「わたしも…。」
 旅の疲れが出たのか、レフィルとムーは揃って欠伸をかいた。
「…二人共、先にあの宿に行け。オレはまだ眠れないから少し聞き込みでもする。」
 ホレスは近くにある宿を指差した。
「…そうします。あっ…だったら荷物持ちましょうか?」
「気が利くな、ほら。じゃあ、頼んだぞ。」
 ホレスは武器は持ったまま、鞄をレフィルに渡し、アッサラームの夜の闇に消えた。
「…ホレスさん。」
 レフィルがホレスが去っていた方向を見やっていると、ムーが彼女の袖を引っ張った。
「…早く行こう。」
「え?…ちょ…ちょっと…?ムー…!」
 二人は宿の方へ急ぐように入っていった。
「……ちっ。逃げやがったか。まあいい、あっちのガキさえやりゃあ…。」
 去り行く三人を見つめ、男が舌打ちする姿は誰にも見えなかった。

 特に賑わっている劇場にある酒場のテーブルにホレスは近寄った。
「お、いらっしゃい。何にします?」
「腹が減った…特大のステーキでもくれ。」
「お酒は飲まないんで?」
「…悪いが飲めないからな。」
 ホレスはカウンターに座った。遠くでは透け透けの布をふんだんに使った際どい衣装を身に纏った女達が踊っている。
「アルコール類が苦手なので?」
「…いや、寧ろ嫌いではないが、連れがいるからな。それに今は感覚を鈍らせたくはない。」
「真面目ですねえ。牛ヒレステーキ一つ!」
 オーナーは奥にいる店員に注文を告げた。
「こんな所に坊やが何の用?」
 カウンターの隣に右手に箒、左手にかなり厚い本を持ち、三角帽子を被った赤毛の女性が腰掛けてきた。主人に何かを注文したのち…彼女は帽子を取り、ホレスに向き直った。その姿を見て、ホレスは一瞬思考が止まった。
「…ムー?」
 思わずホレスはこう呟いた。しかし…
「あら、それは誰かしら?私はムーって名前じゃないのよねぇ。メリッサよ。あなた…ホレスって名前じゃないかしら?」
 自分の名前を言い当てた目の前の魔女は確かに服装はムーと似たものがあったが…明らかに彼女とは正反対の容姿にも見えた。起伏に富んだ女性らしい体つき…ムーも将来はこの様に育つのだろうか?邪まな考えともなく、ホレスはムーのことを思い出し、すぐに魔女…メリッサに向き合った。
「インパス…じゃないな…読心術の一種か…。」
「あまり驚かないのねぇ。普通ならもっとこう、ええっ!?…とか言うはずよぉ。」
 メリッサはホレスの仏頂面を見て嘆息した。“別に心を読まれている事が分かっていても何とも無い”といった彼の態度が少々面白くないのだろう。
―…他人の空似なんていくらでもある気はするが…ムーの名前を知らないと言うことは…。…いや、ムーと言う名前自体がカンダタのつけた名前だからな…。…別にどうでもいいが。
 暫し思案に耽った後、ホレスは魔女に言葉を返した。
「いや、魔法関係にも一応触れていたからな。あいにく資料があまりなかったけどな。」
「そう…ところで、何がお望み?トレジャーハンター君。」
 メリッサは妖艶な笑みを浮かべつつホレスの顔を覗き込みながら尋ねた
「…ノアニールに長いこと眠っていた者から伝説の宝がイシスのピラミッドにあると聞いた。」
「黄金の爪ね。」
「爪?」
 その言葉を聞くと、ホレスは魔女の目を見た。彼女はその動作に特に驚くことなく続けた。
「でも…危ないわねぇ。今までもそのために何人もの冒険者達が生ける屍となっているそうよ。」
 メリッサが言うには呪いのためかそれを求めて生きて戻った者は誰もいないらしい。
「最近も…現地の考古学者がそれを求めて一人失踪したばかりですって。」
「…イシス王家もその存在は気になっているようだな。しかし…本当にそのような物があるのか?」
「文献には載ってるらしいけれど…わからないのよねぇ…。でも、調べてみる価値はあるわよ。」
「そうか…。まぁラーの洞窟とどちらが罠が多いか見ものではあるか…。」
「あら、ラーの洞窟をご存知?」
 その後、二人は久しぶりに再会した友であるかの如く語り明かした。最も、赤の他人同士なので私情は持ち出さなかったが、遺跡の話になると互いの知識を広めあったりして、かなり盛り上がった。
「…それじゃあ、健闘を祈ってるわよ、ホレス君。」
 魔女は箒を手にとると、酒場を去っていった。
―……成るようにしか成らない…か。

 …その頃、路地裏にて…
「ウワーハッハッハッハー!!!気配を消し続けとるとはええ根性しとるのぉッ!!」
「…あぁ?何だてめぇ、…ッ!!!!?」
「ぬっはあッ!!!」
バシィッ!!!
「ギャーッ!!!」
 悲鳴は夜の街の音楽と漢の高笑いの中へと消えていった…。

「!」
 何かを感じ取り、ムーは目を覚ました。
「……?」
 確かに先程何かが聞こえたような気がしてならなかった。
「………笑い上戸?」
「Zzzz…。」
 彼女が首を傾げてそう呟いている傍で、レフィルは気持ち良さそうに寝息を立てていた。