出会い 第九話
 シャンパーニの塔でカンダタと別れた帰り道、 レフィルは傍で歩いている黒い三角帽子を被った赤毛の少女に尋ねた。
「…ねぇムー。」
 ムーは何も言わずにただ歩いていた。
「……さっき、バシルーラって呪文を使ったでしょう?…それでゲンブさんはどこに行っちゃったの…?」
 その質問にムーはこう答えた。
「…わからない。」
「え?」
 バシルーラは相手を強制的にその場から弾き出す呪文なのだが、飛ぶ場所についてはよく分かっていない。
「私もどうしてここにいるのかわからない。」
 その言葉に対し、ホレスはこう言った。
「…ダーマで何かの罪を犯したからじゃないのか?」
「……多分。」
「何?」
「十中八九そう。問題はそこじゃない。」
「……場所か。確かそれって受けた対象の戻るべき場所にあるんじゃなかったか…?…それを裏付ける物が無い…という事か?」
 ホレスの出した答えにムーは僅かに頷いた。…恐らくはそこに彼女縁の物…家や肉親はおろか、知人の一人…一目でも見かけている者すらいないのだろう。
「…だが、ゲンブは確か、カザーブから離れられないとか言っていたな。ならばカザーブに戻っていると考えるのが普通だな。」
「…だったらいいのですが…。」
 ホレスの言葉を聞いてなお、嫌な予感を払拭できないまま、レフィルはカザーブの方向へと歩いていった。

「おおっ!レフィル殿!!」
 レフィルの心配は杞憂に終わった。カザーブの入り口でゲンブその人が手を振っているのを見て、彼女は胸を撫で下ろした。
「ゲンブさん…大丈夫ですか?」
「…なに、いきなりバシルーラを受けて飛ばされただけですからな。大した怪我などしてはおりません。」
「よかった…。」
 レフィルはその悲しげな表情を僅かに崩し、微笑を浮かべた。
「…むぅっ!?き…貴様はあの時のっ!!?」
 しかし、ゲンブはムーの姿を見るなり拳を構えた。それに答える様に、ムーもまた杖を彼に向けて身構えた。
「ちょ…ちょっと……ムー…!」
 レフィルの静止も空しく、二人は同時に相手に向けて飛び出した。魔法の盾がゲンブ目がけて飛んだ。
「しゃらくさい!!」
 飛んできた盾の軌道を武道独特の手の動きで逸らして、ゲンブは無防備をさらしているムーに向かって拳を突き出した。
「バイキルト、えい」
 ムーはバイキルトを唱え、杖を強化した。そしてそれをそのままゲンブに向けて振り下ろした。
バシッ!
 両者はほぼ同じ距離だけ後ろに滑った。
「イオラ」
ドゴオォッ!!
「おおおおおぉっ!!」
 イオラの爆発の直撃を避けて、ゲンブは自らの間合いまで踏み出した。
「やるな、お主!!だが…この一撃……樋熊殺しの会心拳を受けて…立っていろ事ができるかな…?」
「人の裡を棄て…我…汝が境地に身を委ねん……」
 ゲンブは大きく息を吸い込み、ムーはなにやら口語の詠唱らしきものを唱え始めた。
「必殺!!会心…」「ドラゴラ…」
ヒュヒュンッ!
「「!」」
 互いに決め手を出そうとした時、何かが二人目がけて飛んできた。
パシッ! ガッ!
「ナイフ…」
 杖の先に刺さっている物を見て、ムーはただそう呟いた。
「邪魔立てされるなホレス殿!!」
 対してナイフを掴んだゲンブはその主に対し、抗議の声を上げた。
「邪魔立ても何もあるか!!会っていきなり何やってんだ!お前ら!!」
 ホレスは二人に対して怒鳴った。
「これ以上無駄な体力使うな!!」
「し…しかし…ホレス殿…!!」
 ゲンブはホレスの口調に押されて後じさりした。
「金の冠は取り返した!今戦う理由はないはずだろうが!!」
 私怨で戦うのは力あるもののやり方ではない…とホレスは言いたいのだろうか。
「ぬぅ…。」
「ムー!お前もだ!好き好んで喧嘩を買うな!!」
 ムーはどこか残念そうに杖を下ろして俯いた。

 その後、一行はゲンブの師…ホンの家に招かれた。
「……ごめんなさい、わたしがもっとしっかりしていれば…。」
「…別にあなたのせいじゃない。好きでやったことだから。」
「…え?……え?」
 レフィルがムーの言葉に首を傾げているのを見て、ホレスは嘆息した。
―…本当に興味半分で戦っていたのか…。
「…いや〜…ムー殿は確かに強かったですな…。」
「……あんたも少しおとなしくしとけばな…。」
「そう仰るな。あれは我々武人の欲して止まないものですからな。」
―……道楽で戦っているのか…。少し見損なったな。
「…しかし、魔法使いとは思えぬほど身のこなしも鋭く…」
「わかったわかった、もういい。」
 全く…と呟き、ホレスはまたまた嘆息した。
「しかしホレス殿、こうして帰ってきたと言うことは、金の冠は…、……。」
「?…どうした?」
 話の途中で突然唖然とした表情になったゲンブを見て、ホレスは首を傾げた。
「ムー…それ…王様の…」
「…。」
 レフィルが諌める声がしたのでその方向を向くと、先ほどまで三角帽子をかぶっていた少女は、今は王冠を戴いているのが見えた。
―…やっぱり子供か…。
 手合わせをして圧倒的な力を思い知った後だからこそ、彼女のこの挙動は意外に思えた。だが、外見相応の無邪気さに満ち溢れていた…無表情を除いては。

 翌朝…
「盗賊団の動きは金の冠の事件以来、特に大きなものはなさそうですぞ。」
「そうですか…。」
 聞いたところによると、実はカンダタ盗賊団は…とりわけ目立ったのは金の冠を盗んだ事件くらいの物で、逆にそれ以外は大して悪事を働いていないとの事らしい。むしろ、周辺の魔物を退治するなど、まさに義賊に値する行動を取っている。
「一体金の冠を盗んだ輩は誰だったのでしょうな?」
「…確かに気になるな。だが見つかれば…ただでは済まされないだろうな。」
 国宝を盗んだからにはそれなりの罰を与えられることだろう。もっとも…カンダタの子分と疑われただけでホレスもあわや極刑にかけられそうになったのだが…。
「金の冠を戻せば王様もご機嫌を取り戻されるでしょうな。」
「…え…いや……」
―王様があんな人だって事…知らないんだ。
 寧ろ王冠が戻って喜ぶのは大臣の方だろうと思いながら、レフィルはただゲンブの目を見つめた。
「…でも、本当に…これで良かったのかな…?」
 自分はムーとの戦いでマホトーンを受け、結局それ以後戦いに参加していない。いうなれば今回一番称せられるべきはムーとカンダタを連戦で相手したホレスの方だろう。
―わたし…結局何にも出来なかった…。
 そんな彼女の内なる空しさは誰も知る術は無かった。
「良かったんだよ。」
 少し遅れてホレスが言葉を返した。
「え?」
「…まさかカンダタからこいつを連れて行かされる事になるとは思わなかったけどな。」
「…ホレスさん。」
 一緒に旅をする仲間が増えたことを素直に喜べと言いたいのであろうか。
―そうね…。これからはホレスさんとムーがいる…。だからこそ…わたしも頑張れる…いや、頑張らなきゃ…。
「レフィル殿、これを。」
 ゲンブは一枚のキメラの翼を取り出した。
「塔の最後までご一緒できなかったのは残念ですが、せめて帰り道だけでも…。」
 キメラの翼…一度訪れたことのある地へ舞い戻る効果のある、旅人の必須アイテムである。
「…あ…ありがとうございます。」
「では、いずれまた会いましょうぞ!!」
「ああ、世話になったな。」
 レフィルはキメラの翼を放り投げた。そして、二人の手をつないで空高く舞い上がっていった。
(第二章 出会い 完)