出会い 第八話
「…さて、ここらでいいだろ。」
 カンダタは、塔の最上階に着くと足を止めた。
「時間が惜しい。さっさと始めるぞ。」
 ホレスは鎖鞭を構えると、カンダタの方へ駆け出していった。
「かかったな!!」
 カンダタは大きく足を振り上げ、床を踏んだ。
ガコンッ!!
 塔の床がぱっくりと大穴をあけた。
「!?」
 しかし、ホレスはそれに落ちることなく、その直前で止まっていた。
「…この程度か?」
 ホレスはカンダタに敵意の眼差しで睨みつけた。
「…ったく。これだからトレジャーハンターはつまんねぇ。あっさりはまってくれりゃあそれで良かったのによ。」
 ホレスに備わっている罠を探知する技術や能力が陥穽を見抜いたのを見てカンダタは嘆息した。
「ふん。」
 ホレスは空高く飛び上がり、カンダタ目がけてナイフを投げつけた。
「見え見えだよ。もうちっと捻れや!」
 直線的に飛んできたナイフを、カンダタは指先二本であっさり受け止めた。
「伊達に大盗賊やってねえんだよ!」
 カンダタは空中にいるホレスに手にした巨大な斧を投げつけた。
「ちぃ!」
 斧はホレスの肩口を掠め、塔の壁に突き刺さった。
―この野郎…!!
 ホレスは怒りを飲み込んで、カンダタに向き直った。
「どうせ闘り合うなら楽しくやらにゃ損だろうが。ここで殺しちゃつまんねえだろ。」
「…抜かせ!!」
 カンダタの言葉に挑発され、ホレスはナイフを抜き、懐に飛び込んだ。
「させねえよ!!」
 カンダタは巨体に似合わぬ流れるような動きでホレスの斬撃を受け流し、その都度反撃の体術を繰り出してきた。
―…ちっ!速いな…。いや…無駄が無いのか?
 自分目がけて飛んでくる丸太の様に太い四肢からの一撃は、ある意味ムーが使ってきた攻撃呪文よりも破壊力がありそうだ。一撃受ければ内蔵破裂でも起こしかねない。
「おおおぉっ!!」
 一撃で仕留めるべく、ホレスは殺す気でナイフをカンダタに突きたてた。しかし、筋肉の鎧がそれを中に通さなかった。
「うおらぁっ!!」
ドゴオッ!!
 同時に、カンダタの蹴りがホレスの体にクリーンヒットした。
「ぐっ!!!」
 ホレスは壁に激突し、斧同様にめり込んだ。

「ホレスさん……。」
 レフィルはただシャンパーニの塔の上を見上げていた。
「戦闘バカが二人…。」
 ムーは時折意味深な言葉をポツリポツリと呟くばかりで、ただ風に吹かれていた。
「「……。」」
―大丈夫なのかな…ホレスさん…。
―……いや、3人?
「あの……。」
「ムーでいい。」
「……どうして…盗賊団に…?」
 レフィルは塔の淵に座っている赤い髪の少女に尋ねた。
「…拾われたから。」
「……拾われたの?」
「…けど、ここは居心地もいい。」
 義賊と言われるだけにあって、カンダタ盗賊団の面々もまた全てとは言わなくとも、カンダタの人柄に惚れた…そういう者達がいてもおかしくはない。
「でも…拾われたって…」
「禁を犯して、ダーマから追放された。バシルーラで。」
「ダーマの神殿から…?」
 ダーマの神殿とは、世界でも有数の神殿であり、また…人々の適性を見出す事でその者に合った職業を進むための手引きをする役目も果たす、いわば人材養成機関と言って差し支えない。レフィルも勇者として旅立つ前に幾度か耳にした事があった。
「だから…あんなに呪文を…。…でもその禁…って…?」
「……。」
 ムーは表情変えずに黙り込んでしまった。
「…あ、ごめんなさい…。嫌なこと聞いちゃって…」
 慌ててレフィルはムーに謝った…が、当の本人は…。
「…む〜。」
 首を傾げてその事を思い出しているだけだった。
「…え?」

「…おいおい、そろそろ止めにしねえか…。いい加減疲れんだよ…。」
「はぁ…はぁ……ぐっ…ゴフッ……。」
 全身ボロボロで血反吐を吐いているホレスを見下ろし、カンダタもまた息を弾ませ、体には幾つもの切り傷が出来ていた。
「ったく…とんだバカなのか…よっぽど頑固なのか…。」
「…まだ…だ……!!」
 ホレスは折れた腕で強引に薬草を鷲づかみにすると…貪るように飲み込んだ。
「うっ…!!…ぶはっ!!」
 しかし、全部を飲み込む事はできず…幾らか吐き出してしまった。特殊な調合で、体力の即効回復の効能があるこの薬草でも、内に入らなければ意味が無い…。
「…ああ…なんだってここまでやるかね…。俺だってもう帰って寝てぇのによ…。」
 僅かな回復分で、ホレスはまた立ち上がった。足取りはおぼつかず、目にはカンダタへの殺気はおろか、死への恐怖も映っていない。
「うおおおおおぉっ!!」
 カンダタは、斧を横に振り上げ、そのまま側面で殴りつけた。
「…。」
 ホレスはそれを紙一重で避け、手にしたナイフで倒れこむように攻撃を仕掛けた。
「甘いぜ!!」
 カンダタは足を振り上げ、ナイフを握る手を思い切り蹴飛ばした。ボキンッという音と共に、彼の腕があらぬ方向へと曲がっていった。
プスッ
「…ん?」
 しかし、何かがカンダタの体に刺さった。鍛え抜かれた肉体の中で数少ない薄皮を貫き通したそれは…
「こ…これは……キラービーの……!!」
 カンダタは後じさりながらそれを抜こうと試みるが、体に痺れがきて…ついに仰向けに倒れてしまった。
「お…ちょっと待てぇ!!」

「「!!」」
 戦いの音が止むと共にカンダタの叫び声が二人の耳に届いた。
「ホレスさん!!カンダタさん!!」
 レフィルは階段を上り続けた。ムーもその後に続く…。
「…これは……、っ!?きゃあっ!!」
 最上階の空いていた穴に足を滑らせ、レフィルは下の階に落ちた。
「あああっ!!……え?」
 何者かがレフィルの腕を掴み、落ちるのを食い止めた。
「…ホレス…さん。」
「……。」
 腕を伝って滴る鮮血が、レフィルの華奢な右手を血で染めた。
「そんな怪我で……どうして…。」
「……。」
 話す気力も無いようだ。全精力を折れた腕に回しているが、握力がどんどん弱まっていく。
「ホレスさん!手を離して…!このままじゃ…。」
「ベホイミ」
「「!」」
 少女の声と共に、ホレスは暖かな光に包まれた。骨が元通りになっていく…。
「力が…戻る……!」
 体力の戻ったホレスはレフィルを両手で引き上げた。
「ムー…。」
 引き上げられ、ようやく立ち上がったレフィルは、声の主…赤い髪の少女にぎこちなく礼を言った。
「あ、ありがとう…。」
「…。」
 一方のムーは、倒れているカンダタの方へと向かっていた。
「キアリク」
 彼女がそう唱えると、カンダタはようやく動き出した。同時にキラービーの針も抜けた。
「ふい〜…流石の俺ももうアウトかと思ったぜ…。」
「ベホイミ」
 ムーの治癒呪文でカンダタについていた体中の傷が治癒した。
「…仕切りなおしでもしようというのか?」
 ホレスはムーとカンダタを睨みつけ、再び武器を構えた。
「もう…やめて。」
 レフィルの言葉を聞き、ホレスは武器を降ろし、振り向いた。
「わたしなんかの為に…これ以上…。」
「レフィル…。だが、カンダタはどうするんだ?」
「それは…大丈夫だと思います…。カンダタさんを捕まえて来いとは王様は仰せになってませんし…。」
「…違うのか?…ならば本人がどう動くかによるか…。」
 ホレスはカンダタに尋ねた。
「金の冠を返してはくれないか?」
「…あれだけ大暴れしといて言いたい事はそれだけかよ…。盗ってきたのは俺じゃねえが、それで済むんならお安い御用だ。」
「何?じゃあ誰が盗んだって言うんだ?」
 ホレスの質問に、カンダタは少し間を置いて答えた。
「子分どもが勝手にやった事だ。責任取れって言うなら別に構わんが。」
 カンダタは嘆息しつつ、続けた。
「つーかあの大臣のジジイ、カンカンだったろ?あいつ、俺の事を妙に目の敵にしやがって。」
 ―だから…カンダタの子分になぞらえてオレをなんとしても見せしめに処刑したかったのか…?やりすぎだろ…。

 金の冠を受け取ったレフィル達は、シャンパーニの塔の入り口でカンダタと別れを告げていた。
「…さてと。俺はあそこでのびたまんまの子分どもを介抱してやんねぇとな。」
「あの…わたしも…手伝いましょうか…?」
「いや、さっきあいつらにホイミをかけてくれたろ。それだけで十分俺の出る幕はねぇと言っても過言じゃねぇよ。」
「は…はい。」
「んにしても…ったく…これから先が思いやられるぜお前ら。」
 カンダタのぼやきにホレスは怪訝な顔をして尋ねた。
「どういう意味だ?」
「命知らずのトレジャーハンターに、引っ込み思案の女戦士じゃあこの先大変だろうが。」
 その答えに対し、ホレスはこう返した。
「いや、オレの存在が迷惑になるようならば、この先ついていく事はないが。」
「…ホレスさん。」
「…おいおい、んな事言ったところでお前ら結構息が合ってるじゃねえか。そういないぜ、相性の合う奴なんて。」
「はい…。でも…ホレスさんにはやることが…。」
 レフィルは言いにくそうに小さな声で告げた。しかしカンダタは続けた。
「…勇者の旅に同行していれば…おのずとその道は開けるぜ。魔王を倒すことは、まっとうな手段じゃできるものじゃねぇ。神によって作られたと言われる…伝説級の宝物には絶対にお目にかかる機会がある。今のまんまじゃこいつは危なっかしい奴だが、どうやらノアニールの呪いもこいつが解いたみてぇだしよ。盗賊としての腕前は十分保証できるぜ。」
「…ノアニールって?」
「10年程前にその村はエルフの呪いにかかり、そこの全員が眠りにおちた。歳も取らず、まるで時が止まっているみてぇにどいつもこいつも動かねぇんだよ。」
 レフィルはカンダタの話に聞き入っていた。それを破るように、ムーがホレスに尋ねた。
「どうやって呪いを解いたの?」
「話せば長くなるが…エルフの至宝と共にあった書置きを持って里を訪ねた。そこで呪いを解く術を得たからノアニールでそれを使った。」
「それ?」
「“目覚めの粉“というらしい。」
「…そう。」
 ムーの質問に答えた後、ホレスはカンダタに向き直った。
「だろ?こんな珍事件をこいつは解決したんだ。それにこいつは人一倍律儀な奴っぽいぜ。…ってもこれだけじゃあこの先不安だなぁ…。魔法が使える奴が一人くらいは…。おい、ムー。」
「……。」
「こいつらに付いてってやれ。俺が許す。」
 カンダタがそう言うと…ムーは首を傾げながらカンダタを見上げた。
「…本当に?回復係は…?」
「馬鹿にすんな!俺だってベホイミくらい使えらぁ!!」
 見た目に反して、どうやらこの大盗賊は回復呪文が得意らしいが…想像できない。
「……そう。今までありがとう。」
 ムーは抑揚の無い声で礼を告げると、カンダタはムーの帽子を外して彼女の頭を掴み、自分の目線の高さまで持ち上げた。
「なに言ってやがる。たまには寄れよ。お前、ルーラ使えんだろうが。」
 ムーはその状態でも全く慌てた様子を見せず、平然とした顔をしていた。
「そうする。ありがとう、カンダタ。」
 ムーは“親分”ではなく、彼の名前を言った。
「…つーか、お前の本名…いい加減教えれ!生死を共にする仲間に対しても黙ってるつもりか!」
 ムーは宙ぶらりんになりながら、こう答えた。
「答えたくても覚えてない。…それにムーという名はあなた達が付けた名前だから。」
「…あっそ。んじゃ…あばよ。」
 カンダタは、そう言ってシャンパーニの塔の中へと帰っていった。
―ったく…オルテガよぉ、てめぇ以上の猪突猛進野郎が出てきやがったぜ…。それも…見た目に因らず…だ。