出会い 第七話
「…。」
レフィル達は、どこからともなく現れた魔女…ムーの姿を見た。黒の三角帽と草色のマントとワンピースに身を包み、木製の太い杖を手にし、腰には持つ部分に布を巻いただけの抜き身の赤い曲がったダガーのような武器を帯びていた。見たところ、外見は自分達より随分と幼く見える。
「レフィル!!」
「は…はい!!マホトー……」
「イオ」
レフィルの集中より早く、ムーの呪文…爆裂呪文イオが炸裂した。
「ぐっ!!」
「ああっ…!」
小さな爆発を至近距離で受け、レフィル達は地面に転がった。しかし、ホレスは受身を取ると、すぐに自分のかばんから別の武器を取り出した。
「くらえっ!!」
取り出したのは分銅付きの鎖鞭、チェーンクロスだった。彼の放った鎖の先が、ムー目がけて飛んだ。
ガンッ!!
真っ直ぐ飛ぶ分銅を、空を浮遊している盾らしき物体に止められた。
「レフィル!!」
「マホトーン!」
レフィルは反呪文マホトーンを唱えた。…しかし。
「バギマ」
―…え?
呪文封じの効果が無かったのか、真空呪文バギマの竜巻がレフィルを傷つけた。
「ああ…くっ…!ホイミ!!」
喘ぎながら、レフィルはホイミを唱えた。
「…?」
しかし…ホイミは発動しなかった。
「え…?な…なんで?…ホ…ホイミ!!」
レフィルは更にホイミを唱えたが、やはり発動しなかった。
―…韻が浮かんでこない…?
二回目唱えたときに、心のどこかに穴が空いている様な気がした。マホトーン特有の効果である。
―…わたしが呪文使えなくなったの…!?
すっかり動揺してしまったレフィルを横目に、ホレスは一つの結論に至った。
「マホカンタ…。」
呪文反射、マホカンタ。それはいかなる呪文であっても跳ね返す光の壁…。おそらく彼女はあらかじめこの呪文を唱えた状態でここまで来たのだろう。
「はああぁっ!!」
ホレスはチェーンクロスを振り回して、ムーの盾を回りこんで攻撃を叩き込もうとした。
「…ピオリム。」
加速呪文ピオリムが発動し、ムーの姿がその場から消えた。
ガッ!
「くっ!」
彼女の杖が、ホレスの顔面に叩き込まれた。しかし、ホレスはすれすれで素早く身をかわし、飛びのいた。外れた杖はそのまま地面へ打ち下ろされた。
―素早さではほとんど同じだが…あれはなんだ…?。
彼女の杖さばきは尋常なものではないと、ホレスは直感した。
―…殺る気でいかないと…こっちが殺られる!!
「ベギラマ」
シュゴオオオオッ!!
「くっ!」
ホレスが先程までいた位置にギラよりも高い炎の壁が立ち上った。まともに喰らっていたら、命は無かった。
「ヒャダルコ」
逃げた先にムーは氷の槍を放った。先程は床から貫いた氷の刃が、今度は上から迫ってくる。地面からと違って、跳躍ではかわせない。
「ホレスさん!!」
レフィルは叫んだが、マホトーンがかかってホイミが唱えられないので自分の傷で動けない。
「なめるなっ!!」
ホレスは荷物から素早く何かを取り出すと、空高く投げ上げた。
ドカーン!!
「!」
ムーは飛び散る氷の破片と黒煙を浴び、わずかに顔をしかめた。
「爆弾石…!!」
「おおおおおっ!!」
その彼方から再びホレスの声が近づいてきた。ムーはその方向目がけて盾を放った。
「甘い!避けられないとでも思ったか!」
ホレスはそのままナイフを片手にムーの懐へ飛び込もうとした。
「バイキルト、スカラ。」
しかし彼女は、攻撃補助呪文バイキルトと防御補助呪文スカラを立て続けに唱えた。
「こいつっ!!」
ホレスはそれでも構わずに切り込んだ。しかし、彼のナイフはムーが持つ杖によって受け止めれた。
「メラミ」
「うっ……おおおおおおっ!!?」
大きな火の玉が杖の先から飛んできた。ホレスは身を捻ってかわした。
「ヒャダルコ」
「…くっ!!」
「ベギラマ」
「…ちっ!!」
「イオラ!!!」
ドガーン!!
「ぬ…!!ぐああああぁああ!!」
ホレスは爆発の衝撃に耐えられずに…地面に片膝を着いた。立て続けに呪文を受け、既に疲弊しきっている…。
「…。」
ムーの顔からも赤い血が流れ出ていた。
「ここまでのははじめて。」
ムーは頬の辺りを流れるその血を左手で拭き取り、杖を真っ直ぐ立てた。
「ドラゴラム」
―…!!ドラゴラムだと!?
ドラゴラムと言えば…最強に類する呪文の一つである。魔法使いの最高峰を目の当たりにする事になるのか…、と思いながらホレスは身構えた。…しかし……。
「……。」
何も起こらなかった。
「魔力切れ…。」
「そこだっ!!」
ホレスは目の前の少女の背後に回りこみ…喉元にナイフを突きつけた。しかし、ムーも腰の曲がったナイフのような武器を抜き、同様にした。
「「…。」」
互いに下手に動こうものならすぐに喉笛を掻き切られる事だろう。
―…なんだ?…こんな状況で普通冷静でいられるか?
「ほほう…ムーとここまでやりあおうとは…やるな、兄ちゃん。」
「…!!」
突然彼女の後ろの方からどすどすと足音が近づいて来た。
「あなたが…大盗賊カンダタさん?」
敵に対して律儀にもさん付けで呼びかけるレフィルに彼は答えた。
「おう、そうだとも!」
バサッ!!
その男、カンダタは何処か嬉しそうに高らかに答えつつ、身に付けていたマントを脱ぎ捨てた。
「…。」
「……あ…。」
鍛え上げられたたくましい肉体には、覆面マントとパンツ、そしてブーツだけと言うまさに…。
「何だその格好は…酔狂にも程があるぞ…。」
「…レスラーさん?」
「…一歩間違えば変態。」
三者三様の反応を見せて、しばらく固まって動けなかった。
「おいこら!!ムー!どういう意味だ!!」
「…そうとしか言い様が無いもの。」
「…あっそ。…しかし、この格好の良さを分かってくれんのはあんただけだな…。」
カンダタはレフィルの手を取り、固く握手した。
「…え?……いや、…その……。」
レフィルは突然の出来事に何がなんだか分からなくなった。
ビシッ!!
「!」
カンダタ目がけてホレスの鎖鞭が飛び、その鍛えられた肉体を打ち据えた。
「いてぇッ!!何しやがる!!」
「…いや、その…敵なんだぞ、オレ達。」
「あ?」
カンダタは思わず間の抜けた声をあげた。
「特にレフィルは…王命受けてるんだぞ…。カンダタを捕まえて、金の冠を取り返せ…ってな。」
「んあ?そらそーだろうが。なんなら今戦うか?」
「そのためにここに来たんだからな。」
ホレスはチェーンクロスを手元に戻し、分銅部分を右手で持った。
「ったく…。わかってんのか?この娘、左腕ほとんど動かせないんじゃねえのか?おまけにマホトーンが効いてるだろうが。」
「それはレフィルが決めることだ。」
ホレスはカンダタの問いかけに率直に答えた…
「…と言いたいところだが確かにこの子を戦わせるのは、借りがあるオレとしては見てはいられない。例え仲間でないにしてもな。」
と思いきや、結論は異なるものだった。
―仲間でない…?
わずかに聞こえた言葉に、レフィルは微妙に顔をしかめた。
「だったらどうする。さっさと帰りゃ見逃してやるぜ。」
「…いや、それはしない。」
「あ?」
「オレがあんたを倒して金の冠を取り返す!!」
鎖鞭を引き伸ばし、ホレスはカンダタに身構えた。
「…どうしてそうなんだよ。わけわかんねぇ。」
カンダタはため息をついて、肩を落とした。
「さっきのゲンブとかいう武闘家はどっかに吹っ飛んじまって、肝心の勇者サマは満身創意じゃねぇか。お前さんだって、無事じゃあねぇんだろうが。」
ムーとの戦いで、ホレスもまたかなりの体力を消耗しているはずだった。
「…。」
ホレスは鞄から薬草を幾つか取り出して、一気に飲み込んだ。
「…!!…ほ…ホレスさん…!」
「そこまでして、闘り合いてぇんならしゃあねぇ。ついて来な。」
カンダタは、塔の最上部へ向かって歩き出した。
「……。」
ホレスは黙ってカンダタの後を追った。
「…どうして……」
いくらなんでも今の状態でカンダタに戦いを挑むのは無謀すぎる…。レフィルは傷つき、ところどころに裂傷を負った彼の後ろ姿を呆然と見つめていた。それに、仲間でないと言うのであれば、どうして面倒事に首を突っ込むのか。
「意地…。」
ムーはポツリとそう呟いた。レフィルはそれを聞き、彼女の方を向いた。
「これ以上戦う気は無いから安心して。私ももう戦えない。」
「…え?そ…そうじゃなくて…。」
レフィルは何かを言おうとしたが、結局言葉にならなかった。