出会い 第六話
「……。」
 赤い髪の少女は、黒い三角帽子を膝の上に置きながら、ただ空を見つめていた。
「おいおい、まっただんまりかよムー。…ったく、年頃の女ってのに愛想の一つもねぇなんてよ。」
 緑のマントでその大きな肉体を包んだ覆面の大男が、ずかずかと歩み寄ってきた。
「…親分。」
 その少女ムーは振り向かずにこう呟いた。大男は嘆息しながら尋ねた。
「……んで?あの弛んだ騎士団を送ってきたのに飽きたらず、また誰か送り込んできたらしいぜ。…今度はアリアハンの勇者様だとよ。」
「オルテガ…?」
 ムーはわずかに肩をぴくりと動かした
「…んなわけねえだろが。あいつは火山から落っこちて焼け死んじまったんだからよ。」
「…そう。それで?」
「おう、それがな…カザーブに差し向けた奴らによるとだ、今度の勇者は女なんだそうだ。」
「それが?」
 ムーは相変わらず振り向かずに抑揚を抑えたまま聞き返した。
「ああ?お前でも珍しいと思うのか?」
 彼女はその言葉に対して頷いた。
「…ったく、現にお前自身がだなぁ…。…まぁそいつが、銀髪の男とホンの弟子の小僧と一緒にいるみてぇなんだ。」
「…ホン?」
 またしてもムーの肩が動いた。
「…んで、そろそろ来る頃じゃねぇか?もうそろそろ昼頃だしな。」
 大男がそう言うと、ムーはすくっと立ち上がった。
「お、行くのか?」
「ご飯作らなきゃ。」
 彼女の言葉に大男は大げさなほどに身じろぎした。
「ま…待て…!!あのな…お前のアレは…メシとは言わ…」
「でも、腹が減っては戦もできないもの。」
「…お…おい…!!」
「…いやなら私一人で食べるから。」
 ムーは黒い帽子をかぶり、大男のそれよりも淡い緑色のマントを羽織ると、階段を降りていった。
「……やれやれ、今日は災難な一日になりそうだぜ、おい。」
 大男は巨大な斧を床に下ろしながらため息をついた。尖塔の先につけられている金の冠が日光を反射して眩しく輝いていた。

「ここがシャンパーニの塔か…。」
 レフィル達はこの天高くそびえ立つこのシャンパーニの塔の入り口まで来ていた。
「…!レフィル殿!!」
 ゲンブが注意を促したら、レフィルは咄嗟に右手を後ろにかざした。
「マホトーン」
 後ろから迫る雲のような魔物…ギズモの群れを紫色の霧が包んだ。
「「「メラ」」」
 ギズモは一斉にメラを唱えたが、火の玉は発生しなかった。
「ぬうんっ!!」
 ゲンブが気合を込めて拳を突き出すと、魔物の群れは凄まじい衝撃を受け、文字通り霧散した。
「もはやマホトーンは修得できたようですな。」
「ええ…。こんなに早く覚えられるなんて思いませんでした。」
 先程もギズモ大群に襲われたときに、見事マホトーンを発動できた。
「…ここまで大きな怪我も無く、来れたな。」
「…ホレスさん、あなたはこれからどうするのですか?」
 彼の目的は、あくまでシャンパーニの塔の探索のみで、王の依頼を預かったわけではない。
「……いずれにせよ、カンダタとは会わなければならないだろう。この塔の主だというからな。」
「ふむ…。では、共に行っても構わないということですかな?」
「ああ。カンダタ退治を手伝えるならそうしようと思っていたところだ。」
「あ…ありがとうございます。」
 レフィルはホレスに頭を下げた。
「…行こうか。」
 ホレスを先頭に、3人は塔の中へと足を踏み入れた。

「下がれ!!」
 ホレスが小さく叫ぶと、上から吊り天井が落ちてきて、目の前にいたこうもり男の群れを押しつぶした。
「…あ……。」
 呆然と座り込んでいるレフィルの右手を引き上げて、ホレスはこう告げた。
「どうやら、魔物よけのトラップらしいな。ここ以外にも随分たくさんあったようだしな。」
 上に上っていくにつれて、魔物の気配は少しずつ消えていた。そして、塔の空に面した広い場所に踊り出た。
「はぁっ!!」
 ゲンブの拳が動く鎧の魔物を一撃で粉々に粉砕した。
「…ふむ、流石はカンダタ盗賊団。ここまで来ると、魔物共はほとんど現れませんな。」
「人間だったらどうよ?」
 不意に上から何人かの明らかに柄の悪い男たちが飛び降りてきた。
「…あなたたちは?」
 レフィルは律儀に彼らに訊いた。しかし…。
「!!」
 彼らの答えはナイフだった。しかし、それらはホレスのナイフによって弾かれた。
「油断するな!こいつらはお前が思っているほど甘くはない!」
「は…はい!」
 ホレスに言われ、レフィルは素早く身構えた。
「ほぅ、報告通り…女か。しかも、こんな上玉たぁな。」
「…生憎、お前らごときに構っている暇は無い。死にたくなければそこをどけ。」
「そう言われてどくバカがどこにいるよ!」
 カンダタの子分たちはホレスの言葉を聞き、一斉に笑い出した。
「…拙者もホレス殿の意見に賛成するがの。まぁ殺しはせんから安心してかかってくるがいい。」
「上等だ!行くぜ、兄弟!!」
「「おう!!」」
 子分たちはそれぞれの武器をとり、三人に襲い掛かった。
「…まったく無粋な…。」
 ゲンブは嘆息した後、一気に間合いを詰めた。
「うげっ!!」
「ごっ…!」
「ぐはぁっ!!」
 武器の背を腕をもって受け流し、三人の懐にもぐりこみ、当身を叩き込んだ。
「なんだなんだ!!?」
 騒ぎを聞きつけた新手の子分たちが次々と押し寄せてきた。
「ギラ!!」
 レフィルはギラを唱え、炎の壁を築いた。
「呪文が何だ!!突っ込め!!」
「「「うおおおおおっ!!」」」
 なんと彼らはギラを見て恐れるどころか、むしろ立ち向かっていく感じでその中へ突っ込んでいった。
「そ…そんな……!」
 レフィルはギラを突き破られたことよりも、彼らの無謀な特攻に対し、驚愕した。
―な…何でこんな事…。
「大した度胸ッ!!さすがはカンダタ殿の手の者!!」
「…ふん。わざわざやられに来ただけだろうが。」
 カンダタの面倒見の良さが、ここまでやらせるだけの物を持っているのかもしれない。
「お二方!下がってくだされ!拙者ゲンブがこの者達の勇気に答え、全身全霊でお相手致す!!」
 子分は10人程新しく現れた。さすがに多数は厳しいのか、初めのうちは子分達の攻撃はゲンブの体を掠めていた。しかしすぐに順応し、必殺の拳を一人ずつ順にお見舞いした。
「ちぃっ!!」
 残るは二人…。
「ほあたぁっ!!!」
 渾身の蹴撃が、その二人をまとめてなぎ払った。
「「ぐわぁっ!!」」
 子分たちは壁に激突し、その衝撃で意識を失った。
「…まっこと楽しい仕合であった!」
「それよりゲンブさん…!傷が…!」
 レフィルはホイミをかけようと、ゲンブに近づこうとした。
「ヒャダルコ」
「「!?」」
 突然氷の槍が二人の間に現れ、突き上がった。
「きゃあっ!!」
「むうぅ!?」
 レフィルは悲鳴を上げながら後ろへひっくり返った。一方のゲンブは突然の闖入者の気配を探知して、そこへ向かって跳び蹴りを放った。
ガンッ!!
 ゲンブの一撃を何か板のような物が受け止めた。
「な…!?…た…盾…」
 ゲンブの言葉は最後まで続かなかった。
「バシルーラ」
「むおぉっ!!?」
 バシルーラという呪文らしき言葉が聞こえたその直後、ゲンブの体は思い切り吹き飛ばされ、シャンパーニの塔から弾き出された。
「お…おのれ…!!ぬわーーーーー!!?」
 ゲンブの叫びは山彦となってカザーブ周辺にこだました。
―バシルーラだと!?…それに先程は……ヒャダルコを!?
 バシルーラ…強制転移呪文は本来、神官が招かれざる客を追い払うために用いる呪文であり、一方のヒャダルコ…上級氷雪呪文は精霊の力を借りて様々な術を使う魔法使いの呪文である。だが、本来…これら二つの根源は本質的に異なり、両方を使える者はごく限られているはずである。
「…賢者!?」
 ホレスは思わずその両方を行使しうる者の称号を口にした。
「…違う。」
「何…!」
 ホレスは声の聞こえる方向にナイフを投げつけた。ナイフは乾いた音を立てて床に転がり落ちた。
「…ムー。」
「…?」
 ようやく姿を現したそれはまさしく少女だった。彼女…ムーは如何にも魔女の様な出で立ちをしている…。
「魔法使い…?」