出会い 第五話
 翌日、レフィル達はロマリア北のカザーブの村へ出発していた。
「ホイミ。」
 先程の戦闘で傷を負ったホレスにレフィルが回復呪文をかけた。
「すまん…。」
「大丈夫ですか?」
「問題ない…。先へ行こう。」
 カザーブへ行くためには、険しい山道を登らなければならなかった。そこは、魔物にとって絶好の環境であり、多くの魔物達が生息していた。
―…強い。ホレスさんって、随分と戦闘慣れしている…。
 ナイフ一本で魔物の群れに切り込み、あっという間に手傷を負わせ、戦闘意欲を失わせていった。巨大な蟹型の魔物の鋏を切り落とし、戦えなくしたり、キャタピラーと呼ばれるイモ虫型の魔物が丸まる前にその心臓をナイフで射抜いたり…とにかくあっという間に魔物を無力化して、レフィルは時々取りこぼした魔物から受けた傷を回復する役目に回っていた。
「レフィル!後ろだ!!」
 彼女は後ろから何かに飛び掛られた。身を捻って咄嗟にかわした時に、犬のような影を見た。
「ゾンビか…厄介な。」
 ゾンビの類は元から死んでいるためかどんなに叩いても怯まず、バラバラになるまで襲ってくるというたちの悪い魔物達として知られていた。
「ここはわたしが…浄化呪文……ニフラム!」
 レフィルがそう唱えると、ゾンビたちは天より降り注ぐ光を浴びて…その中で骨も残らず消え去った。
「まだだ!!レフィ…」
ザンッ!!
「え?」
「!」
 レフィルは右手で剣を抜いた体制で微かに手ごたえを感じながら立ち尽くしていた。後ろを振り向くと、生き残っていたはずのゾンビが真っ二つになってピクピクと動いている。
―…ここまでやるとは思わなかったな。
 正直ホレスはここまで来るのにもう少し骨が折れるであろうことを想定していた。だが、彼の予想以上にレフィルは強くなっていた。
「あ…。」
「…行くぞ。しばらくは再生できないからな。」
「は…はい。」
 レフィルはゾンビの方を一瞥した後、ホレスについて行った。

 カザーブについた時、辺りは夕焼けの色に染まっていた。
「…疲れた……。」
 レフィルの口から思わず弱音がこぼれた。それを聞きホレスが振り返る。
「…あ、ごめんなさい。ホレスさんの方が疲れているのに……。」
「…いや、怪我を押してお前が付いてきてくれなければこんなものでは済まなかっただろうな…。しかし、呪文とは便利だな…。ある程度才能が問われるのは残念なことだが…。」
 発動できる呪文の種類には個人差がある。ホレスは呪文の類はほとんど出来ないため、武器を使っての戦闘技術を磨いてきたが、ときどき呪文の才能に富む者が羨ましかった。
「そういえば…他にどんな呪文が使えるんだ?」
「あ…はい。」
 今レフィルが使える呪文は、火炎呪文メラ、閃熱呪文ギラ、浄化呪文ニフラム、回復呪文ホイミ、瞬間移動呪文ルーラの5つであった。
「…そうか。ならば…ラリホーとマホトーンはどうだろうか?」
 ホレスは魔道書を鞄から取り出し、レフィルに手渡した。
「催眠と呪文封じ…ですか?」
 ノアニール北の洞窟で、ホレスは敵の呪文に散々悩まされていたので、その辺りの補助系呪文がなかなかの重宝度を持つことを身をもって味わってきた。
「…このあたり一帯では、ギズモがメラを唱えてくるんだ。呪文は基本的に避け辛いから大群で出てこられると、命が危ないんだ。」
 レフィルもまた、魔法使い4人のメラの集中放火を受けて痛い目にあったのを思い出した。今も左腕がまともに動かない。それを悟ったホレスは一度魔道書を手元に戻し、該当するページを開いた。
「…これですか。」
 レフィルは剣を抜き、地面に魔法陣を描き始めた。
「我、蠢く者共に一時のまどろみを与えんと欲し、汝の甘香を求める者なり。」
 レフィルは契約の詩を高らかに詠み上げ続けた。
「夢痕より裡を貪りし睡魔よ…。」
 全てを詠み終えたとき、魔法陣が光った。
「契約終り…。」
「じゃあ次はマホトーンだが…。」
「はい。」
 開かれたページの魔法陣と詠唱を覚え、彼女はマホトーンの契約も難なくこなした。
「…ふぅ。」
 
「ところで…ホレスさん。カザーブと言えば武闘家の星…ホンさんがいるとあるのですが…ご存知ですか?」
 レフィルはルイーダから貰った手帳をホレスに見せた。
「…素手で熊を倒した…か。だが…老いには勝てなかったらしいな。」
 彼は手帳を見て、そう告げてため息をついた。
「…もうお亡くなりに…?」
 レフィルが訊くとホレスは頷いた。彼女は残念そうに俯いた。
「だが、その弟子ゲンブはその師を越える能力の持ち主らしい。会ってみる価値はありそうだな。」
「そうですね…。」

「むむっ、なにやつ!!…と思ったら他国からの旅人か…。」
 偉大なる拳聖ホン、ここに眠る。武闘家の男がそう書かれた墓の前で瞑想していた。
「…我が師、ホンの墓によくぞ参られた。拙者はゲンブ。」
「ホレスだ。この子はレフィル。」
 レフィルはお辞儀をすると、ルイーダの手帳を差し出しつつ言った。
「共に戦ってくれる仲間を探しています…。あなたのお師匠様のホン様を訪ねに参りました…。」
「まことに残念だ。師は近年病に倒れてな…。」
「…。」
 彼女はゲンブの言葉を聞き、墓に向き直って黙祷した。
「…ところで、素手で熊を倒したと言う話は本当なのか?」
「まことだ。ホレス殿。師の秘伝は拙者が受け継ぎ、豪傑熊を己が拳で打ち据えて仕留めたのだ。」
「そうか。…大元に出会えなかったのは残念だが、あんたの腕はその人を凌ぐと噂されている。」
 ホレスの褒め言葉にそんな事は無いと反論するゲンブだが、腕には自信があるようだ。
「それでどうだ?師の代わりに、あんたが仲間になってくれれば心強いのだが…。」
「師の代わりを務めるなど笑止。だが、何故に拙者を?」
 ホレスは事情を説明した。
「…金の冠を求めてシャンパーニへ?…成る程、王のご命令で…とは厳しいですな。」
「どうする?」
「面白い。一度カンダタ殿と手合わせして見たかったのだ。拙者はカザーブを護る身故、ロマリア領を離れるわけにはいかんが…。」
「カンダタ…殿?」
 ホレスは怪訝な顔をして尋ねた。
「以前彼が大盗賊と呼ばれる前の事、酒を酌み交わした事がありましてな…。なかなかの苦労人でしたぞ。今でこそ悪党として蔑まれている様ですが、それで尚、義に厚い漢と聞き及んでおりまする。」
 それを聞くと、二人の脳裏に大袈裟にカンダタについて喚き散らす大臣の顔が思い浮かんだ。
「…なるほどな。大臣が言うほど悪人では無いと言う事か。」
 ホレスの言葉にゲンブは満足そうに頷いた。
―やっぱり聞こえていたの?
 城の牢に入れられていたにも関らず、謁見の間で話していた事はかなり把握しているようだ。改めてレフィルはホレスの聴力に舌を巻いた。
「だが、その討伐の任を受けたのであれば、せっかくだ。拙者も付き合わせてくれぬか?」
 改めて確認してくるゲンブに対し、ホレスは快諾の意を込めてこう返した。
「もちろんだ。そのためにここに来たんだからな。そうだろ、レフィル。」
「はい。よろしくお願いします。」
「ではレフィル殿、出発は明日でよろしいですかな?善は急げと申しましょう。お怪我をなされているようですが…なに、貴女様の手を煩わせる事もありますまい。」
 ゲンブの言葉にレフィルは何も返せなかった。
―…これでいいのかな…。
 戦いにもろくに参加せず、ただ周りを助けているだけでは先が見えている。そんな気がした。

 その頃、村の道具屋ではターバンを巻いた商人風の男と、店主が半ば口論している様に交渉の取引をしていた。
「…そこを何とか…頼みますよ。」
「だから無理だっての!!毒針なんてもうとっくの昔に入荷止めちまったよ!」
「そんな…!!三日前にここに来たときには置いてたじゃないですか!!」
 男はなおも食い下がらずに、店主に懇願した。
「んなわけねえだろ!そんなもん3年前からなくなっちまったよ!」
「さ…3年前!?……何かの間違いでは…?」 
 男は手帳を取り出した。そこには商売のスケジュールがずらりと並んでいた…。
「……おいおい、そりゃ7年前のもんだろうが。…ど〜りでおかしいわけだな。」
「…え…?では…、私がここに訪れたのは七年前って事ですか?」
「…やれやれ。またかよ…。」
「…?何か仰いましたか?」
「…つーか、あんたどこから来たんだよ?」
 まだ状況が飲み込めていない様子で…男はこう答えた。
「ノアニールですが…。」
「……やっぱりな。この前も似たような奴が来てな。毒針が折れたから代わりのをくれとかな。」
「…私と同じ…ですか?」
 男はただ店主の言葉を聞いていた。
「ここ数年…ノアニールは眠りの村って呼ばれてんの知ってるか?」
「…いえ。そこに三日前までいたのですが…。」
「…あんたら…エルフの呪いだかなんだかで、もう10年近く眠ってたんだよ。」
「…何ですと?」
 男は更に事情が分からなくなり、しばらく呆然と立ち尽くした。
―10歳も年とったのか?私は?