出会い 第四話
「あの…。」
レフィルはようやく話を切り出した。
―カンダタって人の子分って言うからもう少し怖そうな人だと思っていたんだけれど…。
自分でも失礼な事を考えているな…と思いながらレフィルは目の前の青年を見つめた。
「…ホレスだ。改めて言う必要も無いだろうがな。」
特に悪びれた様子もなく、目の前の銀髪の青年は名乗り出た。
「…それで、何の用だ?」
「…あ、は…はい。ホレスさん…実は……。」
レフィルはホレスに対し、カンダタの話を訊こうとして事情を話した。
「大方そんな事だろうとは思っていたが……悪いがオレは何も知らないし、カンダタと言う奴の名前を知ったのもこの牢屋に入れられてからだ。カザーブの奴らが言う限りでは、そいつはそれ程の悪党とは言い難い奴らしいけどな…。」
その後、ホレスが言った内容は、おおよそ王が言った言葉と同じ事だった。過去にシャンパーニの塔に騎士団を放ち、退治させようとしたのだが、ことごとく敗れ、煮え湯を飲まされる思いをした事を聞いたが肝心のカンダタの根城…シャンパーニの塔については何も分からなかった。
「オレの知る事はこれだけだ。…と言っても、お前に王が話したことと大差は無いはずだが?」
―…え?
レフィルはこの言葉に違和感を感じた。
―どうしてわたしが王様と話しているって事を知っているの?
「…そう聞こえてきたからな。」
―聞こえたの?…すごい聴力……。
どうやら本当に聞こえていたみたいだ。確かに一字一句が同じということこそなかれ、その場に居合わせたかの如く話したということが、レフィルにそう感じさせた。
「あの…本当に…あなたはカンダタの…?」
「…奴とは一切関係ない。出で立ちが盗賊紛いのものだから早合点されてしまっただけだ。」
牢に入っている今、ホレスは囚人服を着ている。しかし、その様子からは盗賊が持つ卑屈な感じは全くせず、精悍な顔つきと堂々とした態度からは、誇りのような物さえ感じる。
「……左腕…動かないのか…。」
ホレスは唐突にレフィルの左腕を見て尋ねた。隠しているつもりも無かったが、不意を突かれたように彼女は一瞬肩を竦めた。
「…え?…いえ……動かすと痛いので…」
「…そうか。…いや、左腕どころか…命さえ……」
「…ホレスさん?」
「……こっちの話だ。…悪いがこれ以上話せる事はない。…無理はするなよ。」
ホレスはどこか寂しそうにレフィルにそう告げた。
―……やっぱり…どう見ても悪い人には…見えない……。
「…あの。」
レフィルは牢の奥へ行こうとするホレスを呼び止めた。
「……どうした?こちらから話せる事は…」
「…王様に掛け合ってきます……。無実なら…どう考えても…そんな所にいるのは…。」
「馬鹿を言うな。…こうなってしまったのはオレの不注意だ。第一、オレは騎士団に牙を剥いたんだ。お前が関わったところでどうにもならないだろうが。」
ホレスはレフィルの言葉に対し、冷ややかに反論した。
「…で…でも…、そんな……」
ホレスの反論に、レフィルは身じろぎした。
「…行け。余計な事にならない内に…」
「……どうにもならないとは随分と後ろ向きな思考じゃのう?」
「「!?」」
突然の来訪者の声に、二人は身じろぎした。
「お…王様!?」
レフィルは驚きのあまり開いた口を抑えながら、王の方を見た。
「な…なんで、こんな所に…?ここは貴方の様な者が来るところじゃないはずだが…?」
ホレスも動揺を隠せない様子で言葉を絞り出すのがやっとだった。
「話は全て聞いた。本来ならカンダタ討伐の情報を余の耳に入れておくのが目的じゃったが、様子が違うようじゃな。」
王はホレスの方を見て、言った。
「そなたの先ほど申した事は、まことであろうな?」
「…嘘ではない。嘘を言ったところで自分を誤魔化すことでしかない。」
王に対しても、ホレスは態度を崩さずに答えた。
「……ふむ、だが…ここに閉じこもっていたいわけでもあるまい?」
「オレの処刑は3日後と聞いたが…?」
「…そうらしいのぉ…。なにしろここ数日…ろくに書類にも目を通してないでなぁ…。最近サイコロにこっておるからのぉ…」
また明らかに一国の指導者としてあってはならない台詞をはいた王に、レフィルもホレスも絶句した。
「全く…大臣め。後で慌てて書類を調べてみたらば、そなたを処刑する十分な根拠は無いというに…。このままあやつを放っておくと、サマンオサの様になってしまいそうで末恐ろしいわ。」
サマンオサの国が既に暴君の荒れ狂う亡国と化している話は既にここまで届いていた。
―…貴方の方が問題あるだろうが…。
「という事じゃ。あやつの代わりに余からそなたに詫びねばならん。」
王は深々とホレスに頭を下げた。ホレスは何も言わずにその王の姿を見ていた。
「…まぁ、あれはあれで国に必要な奴なんじゃがのぉ…。ただ、随分と執着心が強いようじゃ。…しかし、そなたへの詫びとして…何を望む?」
王は真顔でホレスに尋ねた。
「…ならば、ここに居たまま死にたくはないから出してはいただけないか?既に騎士団に歯向かった罪状があるが…。」
「そうか。それだけか。簡単な話じゃ。」
―な〜んじゃ。つまらん。もっとこう…王座をよこせとか申しても良いのじゃがのぉ…。
王は錠前にどこからか取り出した鍵を差し込んだ。牢屋はあっさりと開いた。
「……しかし、そなたはその態度こそ違えど盗賊としての腕前は確かなのだろう?何故ここを抜け出さなかったのじゃ?」
「…道具が無ければただの人でしかない。」
「成る程…正論か。…まぁよい、騎士団の件は、己を省みずレフィルを救った事で不問にすると勅命でも出しとけば大人しくなるじゃろうて。」
―勅命まで出すか…。
飄々としているようで、実際には凄い事を仕出かしている様な気がして、居合わせた二人はこの王の器量を測りかねていた。
果たして、王の直々の命によりホレスは釈放された。
「あの…ホレスさん…?」
「……?」
ロマリア城下町を出たところでレフィルはホレスに話しかけた。荷物は返されて、彼は普段着を着ている。臙脂色のジャケットに黒い長袖のシャツ、そして白い長ズボンを穿いていた。
「…え……と…良かったですね…。」
「ん…?あ…ああ。」
いざ歩みを共にすると、話す話題が見つからなかった。
「「……。」」
しばし無言のまま、二人は宿まで来た。度重なる話により、既に日も暮れかけていた。それぞれ部屋を取ると、夕食を取りに食堂まで向かった。
「ホレスさん。」
「…どうした?」
互いに断る理由も無かったので、一緒に食事を取っていた。
「これから…どこへ行かれるおつもりですか?」
「シャンパーニの塔だ。あの辺りではあそこだけはまだ寄っていない。」
「え…?」
シャンパーニの塔にはロマリア騎士団をも歯牙にかけないほどの強豪との噂があるカンダタ盗賊団が住み着いている。
「…カンダタなる者がいると聞いたのはカザーブに来てからだが、今更引きたくは無いな。」
「…でも…相手の情報も分かっていないのに…」
ホレスが情報を持っていないのであれば、ここロマリアにはもうあては無い。
「…カザーブに行けばまた何か分かるかもしれない。分からなければそれだけの話だ。」
「そうですか…。でも…どうしてそこまで…?」
「早い話がお宝目当てだ。」
「…お宝…ですか?」
レフィルは目を丸くしてホレスを見つめた。
「ああ。今まで…と言っても3年足らずか。見つけた宝は一つしかない。…見つけただけだがな…。」
「え…?それは一体…?」
宝と言うものは大抵手に入れるものという概念がある。しかし、人によっては見ることに意義を見出すこともある。あるいはただ取れなかっただけなのかもしれないが…?
「ああ…。…だが話すと長くなるな…。」
「…そうですか…。」
―…ホレスさんが見つけた宝ってどんな物なのかな…?
レフィルにはホレスが言っている事は嘘には聞こえなかった。
「ところで…シャンパーニに向かわれるんですよね?」
「ああ。…お前もカンダタ討伐に向かう事になっていたな。」
「だったら…シャンパーニの塔に行くまでは方向は同じですよね…?」
「……。」
レフィルは話題を持ちかけてから、更に続けた。
「もし…あなたが嫌でなければ…一緒に行きませんか?」
「悪くはない。むしろ、オレも同行者を探していたところだ。だが、オレで良いのか?」
ホレスはレフィルの提案に僅かに首を傾げた。
「…わたしも、仲間を探しているんです…。アリアハンからここまで一人で…でも…」
レフィルは左手の袖をめくった。痛々しいまでの傷が包帯の間からその凄まじい様を覗かせている。
「火傷か…。再生した痕が残っているな…。ホイミで…?」
「…!…はい。でも…まだ動かなくて…。」
回復呪文の名を言われて、レフィルは少し意外そうに首を傾げた。
「……そうか。他は大丈夫か?治るまで待ったほうが良いか?」
「いえ…大丈夫です…。特には……。」
確かに正直十分に休んで傷を癒してから行きたいと思うのが本当の気持ちである。だが、命の恩人としてだけではなく、ホレスに迷惑をかけたくなかった。
「注意を怠るなよ…危なくなったらすぐに引き返せるようにな。」
左腕一つ使えないだけで、活動は大きく制限される。剣を抜くとき一つ取ってもかなり厳しいものがある。痛みが残っているならばなおさらである。
「はい…。」
「戦いはとりあえずオレに任せろ。レフィルはホイミに専念してくれると助かる。誘いの洞窟を抜けてきた事から剣を使っての戦いも出来るだろうが、あまり無理はするな。」
「あ…わかりました。よろしくお願いします。」
「ああ。」
食事を終え、レフィル達はそれぞれの部屋に戻り、眠りについた。