出会い 第二話
「…やるだけ無駄だったか…。」
 夕日が差し込む鉄格子に囲まれた部屋の中で、青年はただ座っていた。
―…さて、武器は全て没収されてしまったからな。かと言って素手だけでここを抜け出すのは厳しすぎるな…。
 怪しまれない程度に辺りを見回すが、使えそうな物は何も無い。
―……あの時殺されていれば楽だったかもしれないな…。だが…生きているなら…。
 仮にも騎士団に対してあの暴挙、厳罰は免れないだろう…。そもそも要らぬ濡れ衣を着せられていたからどちらにせよ変わらないことだろうが。嘆息しながら、下らない…と呟き、青年は身を床に横たえた。

「だいぶ顔色が良くなりましたね。」
 神父は、目の前のあちこちが包帯だらけの少女を見て、呟いた。
「そのようですね。左腕の火傷が酷かったというのに…。神の思し召しなのでしょうか?」
 そばにいたシスターが、眠る少女を挟んで応えた。
「…まったく、あともう少し遅かったら間違いなく天に召されていたでしょうに…。」
「…神父さまの奇跡には感じ入るばかりです…。」
「自らの意思で立たんとする者にしか、神は手を差し伸べません。わたしの力ではありませんよ。…もっとも、その時も絶望的な状況にも見えましたが。」
 教会では、神の力を直に借り受け…奇跡を起こす事が出来る神父が一人はいる。回復呪文や蘇生呪文を超えた癒しの力を、選ばれし者に与え…窮地から救い出す手助けをする。少女に施したのはまさにそれだった。
「この子は何を支えに生きてきたのでしょう…?」
「さぁ…。ところで、この子はこの辺りの住民ではないようですね。」
 身に付けていたボロボロの衣服も、荷物を入れていたかばんも、ここロマリアの物とは少し異なっている。
「…アリアハン……。」

「へ…陛下!!」
 兵士の一人が慌てたようすで入ってきた。王は目の前でサイコロを振っていた。
「陛下?」
「…おお、おったのか。すまんの、気付かんで。して…」
 サイコロを机の上に転がしつつ、王は兵士に向き合った。
「…誘いのほこらを通った者がいるようです!血の跡が続いていたため、おそらくその者は深手を負ったものだと見受けられますが…。」
「なんと…!では、アリアハンから勇者が現れたというのか…!!しかし…手負いとは何と頼りない…。して…今日は一人教会に運ばれた、と申したな?」
「ハッ…。金の冠を盗んだと思われるカンダタの手の者らしき青年を捕まえるのと同じくして…。」
「…そうか。では、彼の者に使いを出すのじゃ。それと…その子分とやらはそなたらに任せる。」
 王はそう、兵士に告げた。兵士はハッと頷くと、静かに部屋から出て行った。
「やれやれ…カンダタめ…。またワシの大事なコレクションを…。まあ、丁度これが入ってきたからどうでもよいのじゃがのう…。また大臣めに五月蝿く言われる方こそたまったもんではないわい…。」
 とほほ…。と最後に呟きながら、王はまたサイコロ遊びに興じた。

「…ん…んん〜……、うっ…!!…いたた…。」
 レフィルは教会のベッドの上で意識を取り戻した。左腕が激しく痛んだ。
―…ここは?
 彼女は、質素だが比較的快適な寝巻きとベッドに身を包まれていた。
「…そうか、あの時…メラを受けて…。」
 誘いの洞窟の扉を開けた瞬間、邪悪な魔法使いが4人揃ってメラを唱えてきた。幸いにも、それで命を落とすことは無かったが、左腕が使い物にならなくなって、残った右腕で必死になって剣を振るって戦ったのだ。
―わたしは……。
 レフィルの脳裏に、無意識の時の記憶が蘇るにつれ、彼女は少しずつ震え始めた。
―……初めて、魔物を……殺したのね…。
 勇者として当然避けることの出来ない現実。
―…でも……ああしなければ…わたしは殺されていた…。
 レフィルは光差し込む窓の方を切なげな眼で見つめた。
―難しいものね…。
 そう思いつつ、彼女はベッドから起き上がり、左手をだらりと下げたまま、部屋を出た。

 部屋の中も暗かったが、まだ夜の帳が空を覆っているらしく、礼拝堂は蝋燭の光のみが辺りを照らしていた。
「…おや。もう動いて大丈夫なのですか?」
 十字架を背にして、神父は椅子に座っていた。
「はい…。助けていただいてありがとうございます…。」
「礼には及びませんよ、勇者様。」
 突然勇者と言われてレフィルはわずかに硬直した。
「…どうして、それを?」
「貴女のその姿…ロマリアで見かけたことはありませんでしたからね。とは言え、別の大陸から来るには誘いの洞窟を通るしかないですから。」
 確かに誘いの洞窟は、あの魔物の量からして、手練の冒険者でも命を落とす可能性は十分ある。通れる者は限られている。
「…えっと…確かにわたしはオルテガの娘…ですが……勇者…って言えるかは…分かりません…。」
「アリアハンの若者が旅立ったという話は我がロマリアにも最近になって届きました。誰しも初めは自らの境遇に慣れぬもの…。ですが、それと向き合えるのは素晴らしいことですね。」
「…。」
 下がったままの左腕を抑えながら、レフィルは神父の話を聞き続けた。
「…確かに…貴女は勇者として、随分とお優しいですね…。」
 神父はレフィルの左腕を見た。
「……その怪我は魔物と戦って負ったものですね?」
「…はい。その時…初めて他の生命を殺めてしまいました。漠然として…あまり覚えておりませんけれど…血に染まったわたしの剣が……。」
 勇者としてすぐに来るであろう通過点。分かってはいたがその感触が手元に残り、レフィルはあまり気分が良くなかった。
「……。」
「わたしにはまだやらなければならないことがある…。けれど…そのためにはまた…。」
「……それは貴女の使命を知ってのお言葉ですか?」
 神父はレフィルと目を合わせた。レフィルはどこか遠くを見ているような目をしながら答えた。
「はい…。これで良かったんだ…と納得しようとしても……どうしても…」
 神父は少し間を置いてからこう返した。
「…成る程。貴女は矛盾に悩んでおられるようですね。」
「…。」
「自らと向き合えるのは確かにいい事です。しかし、それは貴女にとって、時に生を脅かす程の障害ともなるでしょう。だから、割り切る事も大切です。前に踏み出さなければ何も変わりはしないのです。」
「割り切る…。…はい…。」
 レフィルは神父の言葉を受け止め、一礼した後、痛む左腕を下げながら礼拝堂から去って行った。
―できるかな…わたしに…?

「…しかし、貴女が命を拾ったのは貴女自身の行いが事を良き方向へと導いた事もお忘れなき様…。彼のような者の心を動かしたのは、紛れも無い貴女の勇者としての資質なのですから。」
 誰もいない礼拝堂に神父は独り呟いた。

「勇者レフィル殿!!」
 教会の用意されていた部屋でゆっくり休んでいると、ノックの後に高らかな声がドアの向こうから聞こえてきた。
「我が王が、貴方とお会いになりたいと仰せです!ご体調の方がよろしければすぐにでもとの…。」
「……。」
 どのみち王の頼みを断れる程、レフィルには度胸が無かった。
「わかりました。すぐに向かいますので、しばらくお待ち願います。」
 レフィルはそう言うと旅装束を着込み、皮鎧を身に付けた。皮鎧は、ところどころ破損しているが、左腕でかばったからか…まだ使える状態ではあった。