誘いの洞窟 第五話
―…貰えたのはいいんだけれど…途中で爆発しないよね…?
 レーベから東に歩き続け、途中の山道を抜けながら、レフィルは荷物に注意していた。


 話はさかのぼる事5時間前…
ドッカーン!!
 レーべの教会でお祈りをしていたレフィルの耳に凄まじいまでの爆発音が届いた。
「えっ…!?」
 レフィルは教会の窓から外の様子を見た。辺りに瓦…おそらくは屋根の破片が飛び散っている…。
「あ〜あ…また失敗したのかよ…あのじーさん。」
 近くで誰かがぼやくのを聞き、レフィルは彼に何の事か訊いた。
「あのイカレじじい、"魔法の球"の精製の実験を何度もしてるんだけどよ、一回も成功した試しがねーんだよ。」
「…何回も……ですか?」
「…そ。ま…そのおかげでこの辺にはその爆音に怯えて魔物どもは近づかなくなったんだけどな。おとといなんか夜まであんな事故起こしやがって…。まさにおとといきやがれってやつだぜ…。」
「……。」
 精製作業で死者まで出した代物を懲りることなく何度も作ろうとしたその老人とは一体何者なのだろうと思いながら、レフィルは冒険の書と呼ばれる一種の日記に昨日までの出来事を書き込んだ。

 その後すぐに、レフィルはその壊れた家に近づいた。幾度もの実験の中で何回も壊れているためか、辺りには草一つ生えていなかった。
―魔法の玉を作っているって事は…材料を持ってるってことね…。
 その材料を失ったにしても、少なくとも材料の調達のあてはあるだろう。最悪自分で作ることを考えなければならない事を考えると、その者を訪ねる事は間違ってはいないはずであった。
「…あ。」
 目の前に、頭頂部の禿げ上がった白髪の老人が死んだように倒れていた。さほど重症でもなかったが、あちこちに血を滲ませていたのを見て、レフィルは顔面蒼白になった。
「た、…大変!!…ホイミ!!」
 レフィルはとっさに気を練り、ホイミの呪文を唱えた。
「……ん?」
 すぐに効果が現れ、老人は目を開けた。
「…誰じゃ?」
「…え?……その…」
「爆発で腰が抜けた痛みがひどくなりおって…ん?」
 老人は、起きてすぐにぶつくさ呟いていたが、ふっと何か思い立ったのか、腰の辺りをさすりだした。
「むむっ!!おぬしか!」
 老人は辺りを見回し、レフィルの姿を確認すると彼女にびしっと指差した。
「……?」
「オルテガの縁の者が来るであろうと言っておったが…まさかこんなに早く来るとは…!」
「え?」
 レフィルは今、平服で、とてもじゃないが勇者には見えないただの頼りなげな娘にしか見えない。そんな自分に父オルテガの面影があるのを見抜いたこの老人は一体何者なのだろうか。

「え?…さっきのは失敗じゃ…?」
「何を言うか!!ならこれはなんじゃと言うつもりか!?」
 レフィルは屋根の吹き飛んだ老人の家の居間で、まん丸の球体に、鎖のようなものがついているような物体を突きつけられていた。
「でも…さっきの爆発は…」
「ははは…いや〜…あれはちと危なかったわい…。」
「?」
「残りの爆弾石が誘爆しおって…あれは大体100個程あったかの?いや、99個か…?」
「ひゃ…?」
 レフィルは小さく開いた口が塞がらなかった。少しどころの危険ではない。まるで爆弾岩のメガンテを受けるかの如き危機である。
「…よ…よく…ご無事でしたね…。」
 口元を抑えながら、目の前の特に頑丈そうでもないやせこけた老人に、ある意味恐怖した。
「…ふぁっふぁっふぁ。何があっても驚かん所が老人のいいところじゃのう…。」
―…驚いて腰抜かしたんじゃ…?
「ところで…今一度問おう。お主、オルテガの縁の者か?」
「あ…はい。わたし…レフィルです。」
「ほほぉ…ワシの目に狂いは無かったの。…ならば持っていくが良い。」
 老人は魔法の球をレフィルに手渡した。
「これを持って東の"誘いの洞窟"へ赴き、道を塞ぐ瓦礫の山をドカーンと吹っ飛ばしたれぃ。」
「…あ…あの、どうしてわたしが…」
「知れた事よ。勇者が旅立つならば、あそこを通るしかないからのぉ。オマケに魔法の玉を作れるのはわしだけじゃしな。」
「…はぁ……。」
 レフィルは曖昧に返事をすると、立ち上がって去ろうとした。
「おお、これこれ。まだ渡すものがあるぞい。」
 老人は懐から一つの鍵を取り出した。
「知り合いの盗賊から貰った鍵じゃよ。」
―…貰った…の…?
 言葉にどこか引っ掛かったものを感じながらも、レフィルはそれを受け取った。
「これがあれば簡単な扉なら、不器用そうなお前さんでも開くことじゃろうて。あそこにも、そのさきにもあるかもしれんでのぉ。」
「不器用…」
 老人の失言に、レフィルは反論する気力も無かった。
―何と言うか…すごい人だな…。
 この年で…爆弾石の爆発にあって尚、こうしてピンピンしている事への疑問だけで、頭が一杯だったのかもしれない。