8.龍神の息吹 5:始原の業火




 不幸な巡り合わせにより遭遇したオリハルコンの禁呪生命体の精兵との戦い。呪文も打撃もまともに通じぬ完全無欠と言っても過言ではない神授の物質と渡り合う手も強引な力押し以外にはなかった。

「おいてめえら、いい加減降参したらどうなんだよ!」
「君の力は認めよう、だが精細を欠いた今のその有様では我らは討てぬよ。」

 それも順応されれば決定的な手札とはなりえず、オリハルコンの頑健さをますます証明することとなっていた。
 カンダタの魔神の斧による攻撃は間違いなく彼らに明確な痛手を負わせるだけの威力はあった。だが、一気に片を付けるべくしたその攻勢も、盤石な守備を厳とした堅実なる迎撃によってその意義を半減させられて膠着が続いている。シグマもアルビナスも、斧による攻撃を受けて幾つもの亀裂を刻まれながらもしぶとく立ちはだかっていた。



「ふん、何者だか知らねえが魔法使いの分際で少しはやるじゃねえか。」
「誉めても何も出ないわよ?」



 一方のメリッサもまたヒムを相手に苦戦を強いられていた。オリハルコンの体に宿した火炎の魔法力に対抗するべくして手に取った氷の刃を構え、様子を窺いつつ対峙している。

『ヤリ辛イッタラナイヨ、モー。』
「そうね……このままじゃ攻めきれないわね。」

 異界の技術により作られた錬金術の武具・氷の刃。そのような武器でもメリッサの手にかかれば、オリハルコンとは言えども魔法力の産物に過ぎぬ彼らに痛手を与えることは予想よりも容易であり、ヒムを警戒させて牽制の役目は果たしていた。
 だが、その守備力よりも厄介なのは、ヒム自慢の鉄拳による近接戦闘の攻撃力にあった。仮初めと言えども洗練されていれば本物と相違無い武器となり、それを一度でもまともに受ければメリッサも無事では済まない。深く切り込んだとしても接近戦を得手とする相手には分が悪く、返り討ちに遭う状況しか彼女には浮かばなかった。

「ここで手間取るぐらいなら、いっそのこと……っ!?」

 メリッサとて武技の心得に幾らかの憶えはあれど、本職の戦士を相手取れる程の自信はない。代わりに、どの道代償を負わねばならぬのであれば、講じられる策も決して少なくはない。
 即座に作戦の転換を図り次の一手を試みようと氷の刃を再び構えたその時、急な異変の予兆を感じ取って思わず息を呑んだ。


「旅の扉が!?」


 辺りが急に震撼し始めたのを察すると共に、その根源が旅の扉にあるとすぐに窺い知れた。漣の如く静かに渦巻いていたはずの光の泉が、巨大な何かに影響されているかの如く急に波立ち始める。

「これって……大魔王の意思と同じ……!?」

 大魔王がもたらし今もこの世界を覆い尽くすもの。魔物達をそのしもべとなして、人々の天敵となす邪悪なる意思。それは前に世界を席巻していた魔王ハドラーを始め、この世界で幾度も繰り返されてきた善悪の戦いの根源たるもの……魔王の意思と呼ばれるものだった。
 微弱でこそあれ旅の扉から伝播するおぞましき気配の正体をメリッサはすぐにそう推察していた。この場一つの局所的なものとは言え、大魔王バーンを差し置き、同じ芸当を成す程の脅威がまだこの世界に存在しているのか。


『ボ、ボス……!?』
「イース!?」


 旅の扉から感じ取ったものに何を明確に悟ったのか、イースが動揺を露わにしていた。この場の危機にも全く動じなかったものが、この場におらぬはずの少女へと完全に気を取られている。

「まさか……」

 同じものを感じ取り、更にその奥に少女の存在を見い出したとすれば、それが意味する最悪の事態は自ずと知れる。勇者にさえも匹敵する武芸を有していようとも、大魔王そのものと遭遇するが最後、生きては帰れない。

 予見で目にした巨竜の眼下で倒れし少女の最期。あの竜の下に誘い込むことこそがキルバーンの目論見であり、最悪の形で成就されようとしている。



「よそ見してんじゃねえ!!」
「!!」


 呆気に取られるあまり戦闘からも意識が逸れ、その明確な隙を捉えたヒムが踊りかかって来る。身をかわす暇もなく懐に潜り込まれて渾身の一撃を喰らい、メリッサは無防備に吹き飛ばされた。

「うっ……!」
「もらったあ!」

 すかさず氷の刃で身を守っていなければそのまま鳩尾を貫かれていた程の痛恨の一撃。砕け散った氷の刃を復元する暇もなく地面を転がり、メリッサは体勢を立て直せぬまま追撃を許してしまった。

『危ナイ!!』
「……っ!!」

 ヒムがとどめの一撃を叩き込む寸前、イースが割り込むように猛進して体当たりし、そのまま組み付く。竜の体躯と力で強引にその場から引き剥がして、幾度も地面に叩きつける。
 スクルトで強化された竜鱗はオリハルコンの体に打ちつけても傷一つつかず、逆にヒムの体に亀裂を入れる。

「邪魔だ!!」
『ウギャ!』
「イース!」

 だが、いつまでもやられているヒムではなく、すぐに力任せに打ち据える。霧となって逃れる間もなく、拳に込められた火炎の魔法力をまともに浴びて燃え上がる。
 拳撃の勢いのままに吹き飛ばされて倒れ込み、イースはそのままぐったりと動かなくなった。

「ちっ……! よくも……!」

 イースが倒されたのを横目に見て、カンダタは怒りを禁じ得ずに舌打ちしていた。その技は精細を欠くことなく、繰り出されたシグマの疾風の槍を激昂に任せて叩き割り、高速で飛翔するアルビナスにも追従して打ち落としていく。
 人間にあるまじき狂戦士じみた動きで縦横無尽に暴れ回り、オリハルコンの駒達にまとめて逆襲をかけ、後一歩の所まで追いつめていた。



『ブローム!!!』
「な、なにいいいっ!!?」



 だが、その猛襲の最中、全く予期せぬ者がカンダタに襲いかかってきた。下半身を失った城兵・ブロックが己の崩壊を省みずに彼へと掴みかかり、渾身の力で羽交い締めにしていた。

「ブ、ブロック!? お前、まだ動けて……」
「今です! 一気に畳みかけなさい!!」
「!」
「好機か!」

 仲間ですらも驚く手並を前に一瞬戦況全体が凍り付いたが、アルビナスがすぐに指示を出すと共に親衛騎団全員が一斉に動き出した。傷ついたフェンブレンも、イースに向かわんとしていたヒムも、アルビナスとシグマに加勢し、ブロックに押さえつけられているカンダタへと殺到する。

「しまった……!!」

 所詮は人形として侮っていたがために、流石のカンダタもその捨て身の一手に愕然として反応が遅れていた。ブロックの拘束を力任せに振り解くも、合図一つで戦略を転換した騎団の集中攻撃に対処出来ず、そのまま八つ裂きにされようとしている。
 最早この場から決定的な反撃を行うことも叶わず、敵が迫り来る焦燥の中でも明確に死を覚悟する他はなかった。



「……そうは、させないわよ。」


 だが、同時にメリッサが意を決したように立ち上がると共に、即座に魔法力を練り上げていた。


「パルプンテ」
「!!」


 そのまま唐突に唱えた呪文がその場の全員の耳に届くと共に、空間全体が張りつめるような気配が走り、星屑の如き白銀の砂のようなものが辺りを漂い始めた。

(……なん、だ?)

 島の外に位置する海の波が凍り付いたかのように停まり、辺りに立ち込める煙や炎も全てが凍り付いたように動かない。そしてカンダタ自身もまた変調を感じていた。

(体が動かない……全部が止まって……? いや……)

 あたかも時間が停止した最中に直面したかのような内にあって、それを認識出来る状態。カンダタは己自身に降り懸かった感覚の正体を朧気ながらも察していた。
 時間が引き延ばされ悠久に感じられるが故に見える刹那の光景。辺りを静かに舞い散る銀色の砂が引き起こした現象なのか。

(メリッサちゃん……? お前さんが……?)

 その中心からただ一つの靴音がカンダタの耳に届き、やがて姿を現したのは砂の渦に守られるようにしてこちらに歩み寄るメリッサだった。
 全てが凍り付いているこの空間にあって彼女だけが悠然と佇んでいる。その手には銀色の砂を湛えた砂時計が静かに時を刻み続けており、先に唱えた呪文の力とおぼしき莫大な魔法力が渦巻き続けている。


《さあ、始めましょうか。今度はちょっと熱いわよ?》
(……は?)


 親衛騎団に取り囲まれて決死の迎撃をせんとする体勢のまま止まるカンダタにメリッサはどこか愉悦に満ちた様子で悪戯っぽい笑みを浮かべて語りかけながら、そのか細い指先を顔に沿わせる。


《バシルーラ》
(……!)


 そして、カンダタが怪訝に思うのも束の間、メリッサの呪文が施された。


「うおっ!?」


 それが聞こえた瞬間、急に辺りの白砂が消え失せて時空の流れが元通りに戻る。同時にバシルーラの呪文が発動して、カンダタの体が空高く吹き飛ばされて親衛騎団の攻撃は空を切っていた。

「味方を……!?」
「な……何処からわいて……っ!!?」

 それがメリッサの仕業とはすぐに分かったものの、いつからか姿が見えずに完全に見失っていた。

「何だ? この足音は……?」
「オレ達の間で……?」

 その中で突然、ゆったりと歩む靴音が瓦礫と化した砦中の随所から同時に聞こえ始めると共に、その姿が随所から現れ始めた。

「まさかさっきの砂が……」
「あのアマ、何処に……っ!?」

 マヌーサなどによる目眩ましやルーラによる高速移動をなした形跡はなく、その足取りを掴めない。イースの姿もいつしかその場になく、ただ一人残った魔女に翻弄されて苛立ちを深める中で、再び銀色の白砂が辺りに漂い始めると共に、砦全体を取り巻く巨大な旋風が吹き荒れ始めた。


《止まりし時にたゆとう精霊達よ、私の声に応えて。》
《森羅万象を司るその力で、全てをこの場に束ねて頂戴。》
《普く大気の精霊達、ここに描いた封陣の環に境を敷いて。》
《閉ざされた宇宙にさまよいし迷い子達よ、新たな礎への道を創りましょう。》
 

「…………!!?」


 暴風に翻弄される中で、メリッサの歌うような詠唱が四方八方より同時に響き始める。

「な、何だ!? 吸い込まれる……!?」
「何処からこんな出鱈目な魔法力が!?」

 周囲の異変も相まって大魔法を呼び起こそうとする狙いは分かったものの、幻のように偏在する彼女の動きを捉えることはその場の何者にも出来ない。
 全てを吸い込まんとする奔流に練り込まれた莫大な魔法力が爛々と輝き、中心に押さえつけられるかの如く集束されていた。

《全てを失いし虚空たる宇宙よ、創炎の篝火を目指し、今一度の目覚めを。》

 その瞬間にも爆ぜ散らんとする渦中の光の前で、メリッサの幻影が仕上げとばかりに唱え上げる声がすると共に、地面に光の魔法陣が顕現し、太陽の如き八角の紋様が浮かびあがる。それは一片の綻びもなく高め抜かれた大魔法の儀の完遂を意味し、最早この場から逃れることは叶わなかった。


《メラゾーマ》


 そして、最後にもう一つの呪文を唱えると共に天上から巨大な火球が流星の如く飛来し、陣の中心に湛えられた白い光を貫く。束ねられた魔法力全てが集って肥大し、更なる炎へと昇華されていく。
 次の瞬間、メラゾーマの炎が一瞬にして膨れ上がり、紅蓮の爆炎が辺り全てを呑み込んだ。

「う、うおおおおおおおおお!!?」

 燃え殻と化したはずの砦の瓦礫が、その礎たる島が、燃え尽きるように崩れ、その上にしがみついていた親衛騎団共々暴風の内にさらっていく。

「ば、バカな……!? 我らの体が焼かれるだと……!?」
「魔法使い如きの力で……何故!?」

 足場を失い完全に翻弄される中で、彼らの体もまた業火の内で白熱し、見る見る内に溶融し始めていた。仮初めのものとは言え、並の力は元より、メラゾーマの呪文なども一切効かないはずの体が呆気なく焼き払われようとしているのは何故なのか。

《ビッグバン、とでも言えば良いかしら。オリハルコンさえも作り出したとされる、原初の業火よ。》
「……貴様ああああ!!!」

 なすすべもなく炎に包まれて狂乱していく親衛騎団達に、メリッサがどこからともなく囁きかける。
 極大化したメラの呪文を大魔法により更なる力を与えた結果生まれた天地創造の起点・ビッグバン。あらゆる物質をその煉獄の中で生み出したとされる程の熱気はオリハルコンを以てしても耐え切れぬ境地であり、例外無くその薪とされていた。


《これも仮初めのものに過ぎないけれど、貴方達如きに耐えられる力じゃないわよ。時を止めてまでして束ねた大魔法の手管を味わいながら、塵と還りなさい。》
「がぁああああああああああああ!!!」


 一介の魔法使いの身であるメリッサでは到底起こすことの出来ず、今もまた不完全なものでしかない、常軌を逸した現象に連なる大魔法の力。だが、時間そのものをねじ曲げて全霊を注いだ結果、同じく仮初めの者に過ぎぬオリハルコンの禁呪生命体程度であれば葬り去れるまでには至っている。
 轟々と燃え盛る炎をつんざく程の断末魔の悲鳴も次第に小さくなっていき、オリハルコンの兵士達はビッグバンの中に完全に呑み込まれていった。


 メリッサが引き起こし、その場にある森羅万象全てを焼き尽くしたビッグバンの余波は、周囲の空間にも及んでいた。巨大なメラゾーマの炎の周囲で幾度とない爆発を繰り返し、灼熱の熱気を帯びた爆風が四方八方にまき散らされる。
 海の表層を瞬時に焼く程の風が広がり、周囲の氷山を溶かし尽くし、不毛の地にも焦熱をもたらして僅かに発火させていた。


「……うへえ、死ぬかと思ったぜ…………。」

 
 砦の近くに位置する孤島の一つの岩陰にもたれ掛かりながら、カンダタはその災厄がようやく静まったのを見て安堵の嘆息を零していた。彼もまた炎の嵐に巻き込まれて装束の随所を焦がされており、一つ誤れば火達磨にされている程の危機を辛うじてくぐり抜けていた。
 傍にはぐったりとしている白竜イースが横たわり、あの瞬間に共に最初にバシルーラで飛ばされたメリッサの魔法の絨毯の上で眠りについていた。

「奴らも消えたか……。何だか知らんが……全く手こずらせやがって。」

 メリッサが放った大魔法によって完全に敵の気配も消え去ったことも察して、カンダタは親衛騎団の消滅及び、その極限の戦いの終焉を見ていた。
 侮りを抜きにしても格下の相手でしかないが、あわやと言うところまで一瞬にして追いつめて来た程の活躍を見せてきた彼らに思わぬ畏怖を刻みつけられていた。魔王軍の中でも恐らく屈指の力量と練度を有する彼らとの遭遇はなにより不運だと実感させられる。

「ったく、お前さんも無茶してんじゃねえよ。」
「う……んん…………って、あら、おじ……さま?」

 そして、今し方目の前に現れて、その膝元で眠りについていた魔女を見下ろして、カンダタは複雑な面持ちながらも呆れたように嘆息していた。その声を聞いて意識を取り戻したのか、メリッサが寝ぼけたように目をしばたかせる。


「お守りする側の身にもなって見ろい。まあ、おかげで助かったけどよ。」
「お礼なら、良いわよ……ふふ、ふ……ふう。」

 
 あの戦いと大魔法で深手を負った様子はなくも、憔悴し切っているのか額からは汗が滲み全身から力が抜けている。形振り構わずにカンダタへと身を委ねるその有様には、普段の妖艶な美貌も色気もあったものではない。
 軽く皮肉を交えたカンダタの言葉に苦笑しながら、メリッサは己の所業の代償として受けた極限の疲労に息を弾ませていた。

「流石にあんな大それた芸当はまだ早かった、わね……。あの子やお母様みたいに天才じゃないのに、調子に乗り過ぎたかしら。」
「時の砂におっかねえパルプンテだの、ビッグバンだの使ってるお前さんにそう言わせるかどんだけヤバい一族だよ。」
「時の砂なんかなくてももっと上手く出来るでしょう、ね。この程度じゃ息切れ一つも起こさないわよ、きっと。」
「魔王か何かかよ……お前さんの家族は。」

 メリッサが携える砂時計の内で白銀に輝いている時の砂と呼ばれる品。時空に大きく干渉し、使い手に様々な恩恵をもたらす異世界の秘宝だった。パルプンテの呪文もまた、人間に操れる代物ではない強大な力を呼び寄せる呪文であり、隕石を呼び起こしたり様々な天変地異を呼び起こす事例があった。
 メラゾーマをビッグバンにまで昇華させるため必要な、煩雑な手順と莫大な魔法力。常人には到底なし得ぬ物全てを補うために、それらの力を全てを綻びなく組み合わせて体現させてみせたメリッサの技巧に感心するも、それも才覚によるものなどではなく弛まぬ研鑽がなせる技を以てようやく出来る芸当とメリッサ自身は語っていた。

 鬼岩城に止めを刺した際に放ったグランドクロス然り、メリッサの資質では片手間で出来るものではなく、命に関わる程の凄まじい負荷は避けられない。それらを即座に撃てるような正真正銘の天才には及ばず、今し方露呈した己の限界を彼女自身再認することとなっていた。
 

「旅の扉は無事……か。さてどうする?」


 少女の安否やこれから待ち受ける苦難への憂慮を始め、様々な思いの内に、再び旅の扉の前に戻っていた。島ごと業火に呑み込まれた砦は既に海の藻屑と化し、光の渦を湛えた台座だけが静かに漂っている。

「あら? あの罠が解呪されてる……」
「何だと? 俺達以外に誰が……?」

 一見するだけで、メリッサはすぐにその旅の扉に仕掛けられたものが消え失せていることに気がついていた。何者かの手により、解呪の呪文・シャナクを以てあるべき状態に戻したことが窺い知れる。

「あの炎の中でこんなことが出来る人なんて、一人しかいないわよね? ……もしかしなくても、お化けか何かなのかしら?」
「冗談言ってる場合かよ、メリッサちゃん……。」

 ビッグバンによる最後の反撃の時まで健在だったキルバーンの罠。業火の中をあっさりと通り抜けて見せたであろう手並みから、メリッサはその正体に強い心当たりを感じていた。
 暢気に言い放つ彼女のその様からは、少女の命が脅かされている予見を目の当たりにした切迫した様子はない。手放しに喜ぶでもない安堵をもたらした決定的な根拠が見えず、カンダタはただただ首を傾げていた。


『妖怪……カモネ。』


 いつからか目を覚まし、二人の言葉を汲み取ったのか、イースもまたぽつりとそう呟いていた。そこにもまた、主の危機を感じ取ったようなあの瞬間の狼狽振りはなく、いつもの剽軽な様子を見せていた。
▽次へ □トップへ