7.王都に集う5

 城塞の巨人、鬼岩城の天守に位置する玉座の間。大魔王より預けられしミストバーンが勇者の仲間達と戦い出払っている間にも配下の者達によって操られ、パプニカの町を破壊し続けていた。
 だが、戦いの中で予期せぬ妨害により、鬼岩城はその力の全てを発揮することが出来ずにいた。いつからか大砲は残らず沈黙し、その足取りも徐々に重くなりつつある。

『……全て、貴様の仕業か……!!』

 主に代わり玉座に座する者、ミストバーンの腹心たる暗黒闘気生命体・シャドー。最後の仕上げとばかりにこの場に現れた侵入者を前に忌々しげに吐き捨てるも、彼もまた座する玉座ごと体を二つに分かたれて虚空へと消え去っていく。

『よもや……ここまで侵入を許すなど……! 貴様は一体……!!』

 魔王軍の懐に入り込みながらも誰の目にも止まることなく猛毒の如き確実な損害を与えてのけたこの男は一体何者なのか。怨恨と疑念を露わに言葉を絞り終えるのを待たず、シャドーは崩れ落ちる瓦礫の中へと消えていった。

「これで、あらかた片づいた……か。」

 力任せに砕いた玉座の中からその得物・魔神の斧を引き抜きながら、カンダタは省みるように辺りを見回していた。鬼岩城に潜伏し続けている間、その中で重要な役割を担っている装置や機関を気づかれぬように破壊し、時にはその操者足る者を排除することもあった。
 その中で鬼岩城の機能の殆どがこの玉座の間からの指揮系統に準じていることを察し、無力化への兆しを刻んだ後に赴き、予期せず訪れた混乱に乗じて暗殺を完遂するに至っていた。

「しかし、この雷……まさか嬢ちゃんに何か……」

 隠れ営むだけに止まっていたカンダタに好機を与えた強烈な聖性を秘めたる雷。大魔王の象徴ともいえるこの城すらも容易く破壊しているその力は、間違いなくあの追い詰められた少女が振るっていた謎の武器の纏っていた雰囲気と同じものだった。自分の与り知らぬところで再び彼女に如何なる危機が迫っているというのか。

「で、見えない刃とか趣味悪いモン作ってくれるじゃねえの、ええ?」

 その身を案じる暇もなく、この場でずっとこちらの様子を窺っていた者に向き直りながら、カンダタは今し方砕いた玉座の方を指差していた。土煙の流れの中に砕かれた剣の切っ先のような物がうっすらと映り、その言葉通りの視界から隠れた鋭い刃が姿を現している。

「おや、お気に召さなかったようだね。侵入者君。」

 カンダタの愚痴じみた呼びかけに答えるかのように、壁の中から黒い道化のような出で立ちの仮面の男が姿を現す。大魔王バーンの側に仕え、死神と揶揄される暗殺者・キルバーンだった。

「似たようなのは何度も見てきたからな。ネタが割れてりゃなんてことねえ手品ってこった。」
「普通じゃないねえ。流石は異世界人の強者ってとこだよ。」

 砕く力と技が無ければ、逆にカンダタ自身の方がこの見えざる刃に斬られているところだった。まして、この場にたどり着く前にこの罠に掛かって命を落としていたかもしれない。

「けど、誘い込まれたと微塵も思ってないあたり、キミも大概間抜けだよね、カンダタ君。」
「ほう……?」

 その一つの試練を容易く見抜いて事も無げに言い放つ様に感心を通り越して呆れたように大仰に手を広げる一方で、目論見通りとばかりにキルバーンは不敵にその名を呼んでいた。

「こう見えて、ボクは結構キミのことを買ってるんだぜ? それこそ、この城を囮にしてもいいと思うぐらいに、さ!!」

 既にこちらの名が魔王軍の手の者にも知れ渡っていることを知るも束の間、キルバーンは愉快に言い放つと共にすぐに次の手を打っていた。

「おい待て、冗談だろ……?」

 いつの間にか投げ放たれた黒いタロットがカンダタの足下に突き刺さると共に床が変質していく。その足を捉えると共に周囲に現れた岩石のような物を見て、カンダタは驚愕に目を見開いた。

「さあ、受け取ってくれたまえ。」

 謀略の決め手の正体を知り狼狽するカンダタを嘲笑するように眺めながら、キルバーンは最後の仕上げとばかりに担いだ鎌を一閃した後に、何処かへと姿を消していた。風切り音と共に辺りの空気が震え、岩石の塊に亀裂が入る。
 ひび割れた表面の中に不意に浮かぶ鋭い眼光。刻まれた傷から膨大なエネルギーが湧き出し続けて、今にも弾け飛びそうな状況に愉悦を感じているが如く、不敵な笑みが浮かべられている。

「くそっ、何て奴だ……!!」
「「「「メガンテ」」」」

 冒険者を道連れに自爆することを目的として作られたとされる岩石の魔物・爆弾岩。最早縛を解く暇さえなく、カンダタの四方に佇む彼らの唱える呪文と共に、玉座の間は目映い閃光の内にて一瞬にして砕け散った。





 パプニカ中を襲った熾烈な雷撃と驟雨はいつしか止んだが、力の源たる雷雲は今も上空で雷鳴を轟かせている。その自然の物と異なる超常的な災厄の禍根たる気配を辿られて、少女達はミストバーンの急襲を受けていた。
 暗黒闘気の生命体と窺い知れてそれに対抗する術を持ち合わせていようとも、敵もまたこちらの手の内を見透かしており、強力な武具を以てようやく拮抗に持ち込むのがやっとのことだった。

『……!』

 互いに次の手を窺い対峙している最中、不意に遠くで凄まじい閃光と爆音と共に、瓦礫が天高く巻き上げられるのが見えた。鬼神の頭部と城壁の破片が巨大な火球により吹き飛ばされる下には、首を失った城塞の巨人・鬼岩城の姿がある。
 主の居城が無惨な姿を晒している様に、ミストバーンはただただ絶句していた。

「おじさま!!」

 一方で、少女とメリッサもまた鬼岩城に起こった異変を目の当たりにして思わず悲鳴を上げていた。今の現象が引き起こされる意味、それはただ一人の進入者たるカンダタが排除せんとする敵の悪あがきに巻き込まれたことの他にない。

『……なるほど、ネズミが鬼岩城に入り込んでいたようだな。』

 相対する敵が見せる只ならぬ様子から、ミストバーンはすぐに鬼岩城に何が起こったのかを察して平静に立ち返っていた。人間の侵入者一人に対して手段を選んでいられない程の状況まで追い込まれるのは問題だったが、あの奇妙な友の腕前を疑うことはない。

「……失敗、だったわね。結果論に過ぎないけれど。」

 思わず唇を噛まんとする程に、メリッサはカンダタを引き止めなかったことを静かに後悔していた。
 迷い人の町の住人達を束ねる者達の間で渦巻く策謀の噂は耳にしており、少女自身が言っていた悪魔の力が主軸になっているとも予想出来ていたはずだった。その凄まじさこそ目の当たりにするまでは推し量ることも出来なかったが、少女の内なる力を外から御する術が考案されていても何らおかしくはない。
 少女自身に与えられた苦痛と町中の変動が鎮まった様を見ると、遅かれ早かれ力が必要とされるのであれば、カンダタ達が鬼岩城に赴いたことは無駄に終わっているとも言えるのかもしれない。

『心配せずとも貴様等もそのネズミの後を追わせてやる。まずは、我が素顔を晒け出さんとした貴様からだ!!』

 親愛なる者を失って、最早過ぎたことを悔やまずにいられないメリッサに対し嘲りながらも、ミストバーンは先刻に為された無礼に対する憤りを露わに手を差し向けてきた。一瞬の虚を突いてニフラムの呪文での滅却を狙った折りに、ローブの下に隠れている素顔を一瞬照らし出したことに我を失わんばかりの怒りを募らせている様子だった。
 その指先から闘気の糸がメリッサの体に逃れる間も与えずに纏わりつき、八つ裂きにせんと一気に締め上げんとする。

「何度も同じ技が通用すると思わないで! トヘロス!!」
『!』

 だが、メリッサもまた怒気を垣間見せるような叫びと共に、すぐに呪文を唱えていた。退魔呪文・トヘロスの光が彼女の周りに結界となって張り巡らされ、入り込んだ暗黒闘気の糸を尽く霧散させていく。
 息をつく間もなく、素早く腰に帯びた燃え盛る鞭をミストバーンに向けて振るう。

『くっ……だが無駄だ!!』

 炎の鞭で打ちつけられて舌打ちしながらも、全く堪えた様子もなく、ミストバーンもまた爪をメリッサに向けて伸ばして反撃に転じていた。右手の爪と炎の鞭が交錯して、互いに絡み合っていく。

『死ね!!』

 そうして片手が封じられるも、すぐさま残った左手の爪がメリッサを貫かんと伸びる。鞭を手放しても間に合わぬ程に距離が閉ざされて、逃げる間もない。

『!』

 だが、爪がメリッサへと肉薄しようとした瞬間、少女がその前に躍り出てメタルキングの剣を薙ぎ、それらを尽く斬り払っていた。

「バイキルト」

 四方八方から同時に迫るビュート・デストリンガーを全て見切ったのも束の間、そのまま強化呪文を唱えると共に、ミストバーンに向けて間合いの外から勢いよく剣を舞うように素早く振り回していく。呼び起こされた赤い霊光が繰り出される五月雨の如き斬撃を伝って刃となって飛来して、その黒い霧状の体を斬り裂いていた。

『そのような剣をいつまでも使わせると思ったか!!』
「!!」

 しかし、ミストバーンがそれに怯んだ様子もなく、間髪入れずに距離を詰めて反撃を加えてくる。その左手がメタルキングの剣を強かに打ちつけて、強引にその手から叩き落とす。

『貴様も邪魔だ!』
「……くっ!?」

 そして右腕を捉えていた炎の鞭を持つメリッサもまた、力任せに引きずり倒され、その束縛を振り解かれていた。

『無茶ハダメダヨ。』
「……そんな贅沢言える相手かしら。」

 そのまま追い打ちの爪が迫らんとした所で、再びイースが張った霧氷の壁がメリッサを守護していた。一瞬後に地からも伸びたそれを跳躍してかわすも、一連の応酬の中で正面からとても戦えないだけの力量と技量の差を痛感させられている。

「それにしても、嫌に頑丈な体よね。」

 白いローブは裂傷や土埃に塗れ、既に多くの敵と交戦してきたことを物語っている。にも関わらず、黒い霧の内に見えたその体が傷ついた様子は微塵もなく、激闘の中にあって血の一滴すらも流していない。
 今もまた、メリッサの炎の鞭や少女の剣を受けても全く堪えた様子がなく、ミストバーンの肉体は変わらず悠然と立ちはだかっていた。

『貴様等がその秘密を知ることも、生きて帰ることも叶わぬことよ。』

 活路を見い出すべく正体を探ろうとする思惑を嘲笑いながら、ミストバーンが双手によるビュート・デストリンガーを少女へと差し向ける。的確に四方八方から伸びる魔手は到底盾だけで遮れるものではなく身に纏うドラゴンメイルごと少女を串刺しにせんと迫る。

 確実にこちらを排除せんと放たれた不可避の一手。その殺気に気圧されそうになるも、怖じている暇もない。少女は意を決したように腰に帯びたもう一振りの剣に手を掛け、身を委ねるが如く全力で振り抜いた。
 
『!』

 一か八かの迎撃に込められた裂帛の気合いに呼応するかの如く、吹雪が迸る。貫かんと迫る十指の爪を纏めて吹き飛ばし、間髪入れずに更なる剣技が繰り出される。
 周囲の全てを斬り払わんと振るわれる斬撃が降りしきる雨の如く少女の周囲に浴びせられ、散らばる瓦礫諸共ミストバーンの爪を両断し、普く極寒の冷気が全てを凍らせ砕いていく。

『オオゥ……』
「魔法の剣……。相変わらず随分無茶な使い方をするわねえ……。」

 いつしか彼女の体から莫大な氷の魔法力が湧き出し続け、その手に伝って更なる刃を形成している。新たな武器の根幹を担うのは、魔法の文字が刀身全体を渦巻くように刻まれた魔法の剣だった。
 破邪の剣に代わる少女自身の武器として準備したものであるが、幾分手に余る扱い難い代物だった。
 
『下らぬ、それも所詮は理力の杖もどきか。』

 魔法力を威力に変換する発想の元で作られた特質。それは、呪文を封じられた魔法使いが扱うことを主眼に置いて開発された、理力の杖と呼ばれる武器に似通っているものだった。
 ビュート・デストリンガーを退けたのもあくまでも道具の力であると悟り、ミストバーンは失望を露わにしている。

『貴様如きにこれ以上大魔王バーン様の世界を乱させはせぬ。この場で切り刻んでくれよう!!』

 不可思議な力だけではなく、武器にまで頼る程度の実力しかない者が仇なすと知り更に怒りを募らせ、ミストバーンは少女への距離を一瞬で縮めつつ踊りかかった。
 ビュート・デストリンガーの爪を強固な刃の形に成した
双手の剣、デストリンガー・ブレード。少女の魔法の剣による迎撃にも真正面から押し切り、ドラゴンメイルへと肉薄する。

『終わりだ……っ!?』

 完全に気圧されて体勢を崩した少女に止めを加えようと爪の剣を振り上げたその時、不意に一抹の鮮やかな青い雫がミストバーンの目の前を過ぎった。

『なっ……!?』

 同時に、練り上げられた剣が急に力を失うように綻んでいく。元の姿へと転じた手元を見ると、一筋の傷から青い血が流れ出た跡が刻まれていた。

『斬ッタ!!』

 歓喜するようなイースの叫びが、その全てを物語っている。剣を振るった少女自身も全く予期せずに驚いていたが、その刃は確実にミストバーンの肉体に届いていた。

「今よ!」

 不可思議を前にした躊躇いを押し殺すように、メリッサはすぐに少女へと呼びかけていた。同時に自らも魔法力を練り上げて、上級火炎呪文・メラミによる三つの火球と成して擲つ。

『……っ!!』

 上空から思いがけぬ速度で殺到する炎のうねりとその主たる魔女の叫びによって、ミストバーンはようやく我に返っていた。爆ぜる炎が撒き散らす閃光に一瞬視界を奪われると共に、ローブの袖が炎によって焼き払われる。 

「……思った通りね。」

 爆炎によりその身を覆う暗黒闘気をも吹き飛ばして、露わになった腕に焼き付いた炎の跡を見て、メリッサは確信したように呟いていた。先程まで何を成しても一切傷ついた様子を見せなかった肉体が、少女の一撃を境にその堅牢さを失っている。
 魔法の剣によって期せずして呼び起こされた少女自身の力の極致、闘気・魔法問わずあらゆる力をかき消す異能たる凍てつく波動。それがミストバーンの肉体に施された呪法を弱め、こちらの攻撃を通用させているのだろう。
 垣間見れた腕は魔族のものであれ、その練度には限界は必ずある。何らかの加護が与えられていることは間違いなく、それに干渉したと予測できた。

『小娘共が……よくもこの体に傷を!!』

 肉体そのものが優れているためか、魔法の剣と火球呪文により負わされた傷は軽微なものでしかない。しかし、ミストバーンは我を失わんばかりに激昂し、手始めにこの結果を確信したように佇むメリッサへと魔手を伸ばした。

「……っ、気をつけて! まだ終わりじゃない!!」

 イースの防壁とスクルトの守りを貫かれて手傷を負い、メリッサは少女へと警鐘を鳴らしていた。一つ誤れば致命傷になる程に貫通力が増した様に直に触れ、ミストバーンが全力でこちらを排除する気になったと容易に窺い知れる。

『イーヤ、コレハモウ決マッタネ。』
「……イース?」

 一方、共にミストバーンからの攻撃を受けて鱗ごと斬り裂かれながらも、イースは呻きすら上げぬままにのん気にこの戦いの決着を告げていた。思わず訝んでその顔を覗き込むと、どこか愉悦さえも感じさせるように静かに主を見守っている様子が見えた。

『ソンナニ怪我シタクナカッタノカナ? デモ、モウボスノ敵ジャナイヨ、アンナン。』
「そうかしら……? でも、あの攻撃によく付いていけるわね……。」

 己のことのように誇らしげに語るイースに懐疑的に思いながらも、戦いを眺める内にメリッサもまたそれを支える少女の立ち回りを目の当たりにしていた。

 触れるだけでも深手を負わされる程に高められた暗黒闘気の技の数々の合間を掻い潜っていく。ミストバーンが如何に暴れ回ろうとも少女はその攻撃の殆どを紙一重でかわしていた。
 ただ相手を殺す力だけを求めて振るわれる技に真新しさはなく、本質的に先程の動きと全く変わりはない。それを見抜くだけの力量さえあれば、自ずと対処法が浮かぶのは時間の問題だった。

『……っ!!』

 攻防の末、串刺しにせんと伸ばされた爪の鞭が、少女の構える盾によって完全に防がれていた。先程まで一方的に傷つけられていたはずの盾を信じ抜いて的確に攻撃を弾き返している。
 不気味なまでに自然に構える中で如何にして防いでいるかを推察させる暇も与えず、少女は猛攻の中を進み続けてすぐに敵前に至っていた。

『おのれ……!! これ以上好きにはさせん!!』

 盾の一つすら崩せぬままここまで接近を許したことから更なる不可解に苛立たせられる。その憎悪に呼応するようにミストバーンの暗黒闘気が増大し、左手へと集束していく。

『オオオオオオオオオオオ!!!』
「いけない、避けて!!」

 圧し固められた闇が触れる全てを呑み込み砕き、大気を震わせる音が耳をつんざく。個の持ちうる範疇を超えた莫大なエネルギーが、巨大な掌と化して掲げられる。暗黒闘気の極致・闘魔最終掌だった。
 最早逃れられる間合いではなく、それは少女へと突き出され、一瞬にして包み込んだ。あの暗黒の濁流の内に巻き込まれれば何人たりとも生きてはいられない。

『生キテルヨ。』
「……!」

 思わず目を伏せたその時、イースがあっけらかんとした様子でそう告げてくるのを聞き、メリッサは己の耳を疑った。
 そして、ミストバーンの闇に呑まれて消え去ったはずの少女の立つ場に起こる異変を目の当たりにしていた。

『……!?』

 完全に握りしめられたはずの暗黒闘気の掌が、こじ開けられるかの如く内側から亀裂が生じ、一瞬にして硝子の如く砕け散っていた。

『目ニハ目ヲ、コブシニハコブシヲ、カナ?』

 ミストバーンが放った奥義を真っ向から跳ね返そうとするが如く、少女の盾が凍てつく波動を纏って打ち出されて、その手を完全に弾き返して痛烈な反撃を加えている。

「……相変わらず無茶する子ね。」

 闇の濁流に揉まれて幾分傷を負いながらも、それを見事に打ち払って生還している。一つ誤れば間違いなく命を落とす状況で、迷わず対抗する力を捻出して躊躇なしに反撃した少女の姿勢に、メリッサは生きた心地がしない様子で嘆息していた。

『バカな……!! ありえぬ……!!』

 あらゆる力をかき消す威風を込めた渾身の一撃をまともに受けて、ミストバーンはついに片膝を屈していた。

『この私が二度までも人間如きに……!!!』

 かの迷い人の神父にも存在の本質を見抜かれて追い詰められ、今はこの肉体そのものを傷つけられている。如何にその資質を何者かに与えられたと言えども、二度も不覚を取ろうなど偶然では済まされない。

『おのれ……!!』

 大魔王の代行者に足る力を持つ自分を脅かす強敵と認められず、ミストバーンは更に怒りを増長させていた。だが、暗黒闘気もその肉体も思いがけぬ痛手を負っており、立ち上がりながらも大きくよろめいていた。

 この好機を逃す手はなく、少女は魔法の剣を振り被り、ミストバーンに止めを刺さんと一心に斬りかかった。

「!」

 だが、その切っ先が届こうとした寸前、黒い影が間に割って入ると共に鋭い一閃が首元を過ぎらんとするのを察して反射的にその軌道をそちらへと変じていた。
 刈り取らんと迫る刃を力任せに断じ、素早くその主たる者へと斬り返すと共に魔法の剣が敵手へと届く。

「くっ……流石だね、キミ!!」
『キル……!?』

 斬り裂かれて凍り付いた黒衣の切れ端が舞う中から飛び出して、その乱入者・黒い道化師キルバーンはミストバーンの前に躍り出ていた。手にした鎌をヘし折られ、胸元に深い一撃を刻まれながらも、今の奇襲を退けたことにのん気に感心したような様子だった。
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