7.王都に集う4


 黄金に照らし出される溶岩の内で異形と化した王を前に不安にざわめく迷い人の民達。彼らの前に、更なる異変が程なくして訪れていた。
 王が呪文を唱え上げると共に顕現した魔法陣に導かれて、凄まじい重圧を放つ存在がこの場に舞い降りていた。

「つ、剣……?」

 それは、少女の体の内より呼び起こされたあの巨大な双剣だった。雷光の如き形状と煌めきを宿した二振りの曲刀の発する強烈な力の流れを感じ取り、民達の間に戦慄が走っていた。


《呼び覚ませし者は、誰だ?》


 不安の中で見守る彼らのざわめきを斬り裂くように、突如として思わず身を竦ませる程の威圧感ある声が辺りに響き渡る。

「!!」

 その声に気づいて民達が辺りを見回す中で、剣の内から炎が立ち上り、何者かがこの場に姿を現していた。

「これが、伝説の魔神……。」

 揺らめく炎により遮られて、その全貌を窺うことこそ出来ぬものの、現れた存在がまき散らす息苦しいまでの重圧。それは、まさしく先に王が呼び寄せんとした大いなる者・伝説の魔神と呼ぶに相応しいものだった。

『帝王の名に於いて命ずる。この地に普く魔の者共を全て滅ぼせ。』

 炎の中に浮かぶ魔神の影に怯える人々を後目に、異形の姿と化した王がその剣を手に取り掲げながら、底知れぬ力を見せる魔神に怖じた様子すらなく不遜にそう言い放っていた。
 進化の秘法と呼ばれしものを己に施したのは、魔神を従えてその力を振るうための布石に過ぎなかった。

《滅びを望みし者達よ、我が破壊は如何なる者の意思も受け付けぬ。》

 だが、王の命に対して、魔神は炎の内から感情の一つも乗せずに拒絶の意を返していた。最初から何者にも加護を与える存在などではなく、破滅を執行する者に過ぎない。

《ただ、全てを無に還すのみ。》
「!!」

 そして、その矛先はこの場に普く全てに向けられていた。魔神が冷厳に宣告すると共に、上空全てが黄昏の如く煌めきを帯びた雷雲に覆われ、無数の雷が舞い降りた。

「へ、陛下!!」

 血祭りに上げるかの如く、手始めに雷は王の頭上に突き出た角を目掛けて殺到していた。

「うわああ!?」
「いかん、皆伏せろ!!」

 主の身を案ずる間も無く、迷い人達の間にも耳をつんざく雷鳴と大地を砕く雷光の嵐が襲いかかる。

「これまでか……!?」

 万事休すの中で更に呼び起こされた災厄を前に、誰もが恐慌に陥っていた。窮地に追い込まれた中での最後の賭けとして発現された災禍の力も、御せなければ墓穴を掘るだけに過ぎない。
 必死に呵責に耐え凌ぎながらも、最早彼らには為す術もなかった。

『命じたはずだ。”全ての魔の者”を葬り去れ、と。』
《!!》

 その時、雷に焼かれ炎に包まれた中で、王が再び剣を掲げながら魔神へと喝破していた。雷撃に打ちのめされても、王から発せられる凄まじい威圧感は更に増大していく。

「これは……」

 魔神の気配が王に押されるが如く一瞬大きく揺らいでいた同時に、民達に襲い来る雷が止み、その力が剣全体へと集まっていく。

『繰り返す。ここに蔓延りし魔王の手の者共を滅ぼせ。』

 そして、再び下された王の命に呼応するように雷雲が轟いた次の瞬間、驟雨と共に幾条もの白い雷がパプニカ全土へと降り注いだ。





 パプニカを襲う城塞の巨人の足下で、尚も続く魔影参謀ミストバーンとアバンの使徒達の戦い。闘魔滅砕陣による束縛の中で満足に身動きを取ることも出来ぬ中で痛みつけられ、そのまま押し切られようとしていた。

『……っ!?』

 だが、突如として現れた不気味な雷雲からの雷光がその場全てを蹂躙し、張り巡らせていた闘気の糸を残らず打ち砕き、ミストバーン自身にも雷が直撃した。

「な、何だこの雷は!?」

 呪縛から逃れるのも束の間、雨のように絶え間なく続く落雷を前に、アバンの使徒達もまた反撃に転ずる間もなく身を守る他なかった。

『これは……!?』

 自らを打ち据えた雷により、ミストバーンは予想外の痛手を負ってよろめいていた。同時に、本能的にその雷が有するものへの危険を感じ取り、即座に鬼岩城の内に身を隠していた。
 背後に控えていた魔影軍団の手の者達もまた、雷や雨に打たれる中で呆気なく滅却され、この上ない威力を体現している。

「チウ、おっさん、危ねえ!!」
「!?」

 そして程なくして、雷はアバンの使徒達にも牙を剥いていた。身を潜める中にあっても雷は狙い澄ましたように彼らを、チウと呼ばれた大ネズミと獣王クロコダインへと飛来していた。

「モンスターだけを狙った雷だと……?」
「あわわわ……」

 ポップの警鐘の甲斐あって寸での所で身をかわすも、クロコダインはすぐにその特性を知って焦燥に表情を歪めていた。雨を浴びただけでガストやスモークの類が消滅する程の聖性。その力が秘められているからこそモンスターであるクロコダインやチウを狙い、打たれようものであればひとたまりもないことは明らかだった。

「トラップも消えたわ。浄化の力……?」

 雷雲が駆逐しているのはモンスターだけに止まらず、その雨が降り注いだ場から町を焼き尽くしていた溶岩が消し止められていた。それを呼び起こした邪悪な力が消え去っていく様を、マァムははっきりと認識して首を傾げていた。

「これが、天罰って奴か……?」

 戦場中を覆い尽くした雷雲がもたらすものにより、戦局は一瞬にして翻されている。悪しき者達を残らず打ち払い大火をも鎮めてみせた様は、敬虔ならざる者の目からしても神罰としか思えぬ程の圧倒的なものだった。
 冗談混じりに口にするポップの乾いた笑みの浮かんだ顔もまた、畏怖が根強く張り付いていた。

「見ろ、鬼岩城も!!」

 そして、その圧倒的な聖性を前に、敵の主軸である城塞の巨人もまた無事では済んでいない様子だった。

『バ、バカな……!?』

 鬼神の如き天守も城壁の甲殻も雷によって呆気なく砕かれ、吹き荒れる風雨の中で今にも崩れ落ちんばかりに朽ち果てている。そのような現状を前にミストバーンも我を失わんばかりに狼狽していた。

『人間共にこのような力が……!? いや……』

 主たる大魔王バーンが誇る力の象徴が、容易く破壊出来る程の力など、断じて人間に操れる代物ではない。だが、魔王軍に刃向かおうとするような力ある者達など、この戦いの以前に葬り去り尽くし、神父も既に炎の内に消え去ったはずだった。

『これが、バーン様が仰っていた曲者の力か!!』

 それで尚もこの惨状を引き起こした人間がいるとすればと模索している内に、ミストバーンはその中で心当たりのある答えを得たように、明確な怒りを露わにその場から姿を消していた。

「ミストバーン!?」
「何に気がついた……?」

 邪悪を滅する雷雨も、アバンの使徒たる自分達をも全く意に留めずにして形振り構わず何処かへと向かうミストバーン。そのただならぬ様子を前に唖然としながらも、ポップ達もまた言い様の知れぬ不安を覚えていた。




 町と共に荒廃して辛うじて風雨を凌ぐに足る程度の家屋に、雷の穿った跡が刻まれている。その内の空間を、闇そのもののような黒い霧のようなものが満たしていた。

「これは一体……。」

 その闇は、中心にうなされるように横たわる少女の内、あの剣の跡から染み出すように噴出し続けている。生気を奪い続けるこの異様な雰囲気の中で起こる様々な疑念に、メリッサは首を傾げていた。

《くくく、無駄なことよ。その程度の雷で儂を滅ぼせるものか。》

 闇の禍根にあたる少女の鎧の胸甲に、雷に灼かれた焦げ跡が烙印の如く刻まれている。そこに渦巻く闇の中から、嘲笑するおぞましき声が響いてくる。

「これ程の闇がどうしてこの子に集まって……?」
『ワカンナイ、ボスノ記憶ダッテナイカラネエ……。』
「……でしょうね。」

 友の内に潜んでいた悪意ある大いなる存在に、メリッサは無意識の内に戦慄していた。町を襲う雷が牙を剥いて尚も底知れぬ闇を振りまく声の主の正体はイースばかりか当の少女にさえ分からぬことだろう。

《この世界もまた、色濃き負陰の色に満ちつつある。愚か者共が賜物よな。》

 相対するだけで押しつぶされそうな気配こそあれ、幻覚の如き虚ろさを帯びたそれが直ちに害意を体現することはなく、徐々に薄れ始めていく。そうして消えゆく中にあっても、闇の主は愉悦の意を表して、更なる破滅に心躍らせながらやがて少女の内へと溶け込んでいった。

「穏やかじゃないわね……。」

 去り際になって彼の者が唐突に示唆した凶兆。この戦乱の中で更なる悲劇を予見しているとでもいうのか。
 自然すら支配する存在の奥に潜む何者かの言葉は、逃れ得ぬ呪いの如く頭から離れずにいた。

『マ、今更ヤルベキコトハ変ワラナイヨネ、ボス?』

 その側でイースが語りかけると共に、苦悶から醒めた少女がゆっくりと身を起こしつつ、頷きを返していた。
 雷に打たれて死んでいった者達の断末魔の叫びの中で、少女もまた闇の主の声は確かに再び耳にしていた。滅びを見届ける者と自称する己ならざる意思は、確かな破滅を求めている。
 やはり悪魔と呼ぶべき存在でしかなく、それに乗じようとする意思に逆らい続けなければならないと、再び肝に銘じていた。

「大丈夫? 立てるかしら?」

 怪異から何事もないように起きあがる様を訝む様子もなく、メリッサは柔和な笑みを浮かべながら少女へと手を差し伸べていた。

「色々と安心したわ。でも、本当にあなたもとんでもない貧乏くじを引かされちゃったのねえ。」

 闇の主に屈した様子はなく、常と変わらぬ少女の意思を見て安堵すると共に、それ故に様々な苦難を今後とも重ねていくだろうと案じている。それでも、得体の知れぬ現象に直面したにしては、メリッサはまるで屈託の無く振る舞っていた。

「ええ、あなたが時々言ってたこともようやく納得出来たわ。あの悪魔の力を目の当たりにすれば、嫌でも思い知らされるわよね。」

 同時に、それまで友として過ごす中で聞いた不可解についてようやく氷解した様子だった。幾度かその力の片鱗を見てきたが、ここまで明確な形で直面するとは思わず、少女自身が考えている以上に重い役割を担っていることを知ることとなった。
 天変地異を引き起こすだけの力が、間違いなく人間に過ぎない少女の内に封じられている。如何に受け取ろうとも、その事実は変わらなかった。


『すくると』
「!」


 想像を絶する異変の後で様子を見ている中で、突如としてイースが防御の呪文を唱えていた。
 その次の瞬間、幾条もの暗黒の矢が家屋を穿ち抜き、一瞬にして倒壊させていた。

「流石に……バレるわよね。」

 とっさに少女が盾を掲げて瓦礫から庇うその陰で、メリッサは悠長に腰を据えるべきではなかったと軽く後悔していた。少女自身にその絶大な力を御する術が無い以上、その気配に気づく者は幾らでもいるだろう。


『見つけたぞ……!!』


 崩落した建物から抜けて見上げた先に、戦いで傷ついた白いローブを纏った男の姿が見える。フードの下に光る憎しみに満ちた眼差しは、真っ直ぐ少女に向けられていた。

「まさか……あなたが直々に……っ!!」

 先程まで勇者の仲間達と交戦していたはずの、この魔王軍の総大将たる魔影参謀・ミストバーン。
 突如として現れた者の正体をそう知るのも束の間、足下に張り巡らされた闘気の陣に絡め取られ、メリッサは苦悶に息を詰まらせていた。

『我が闘魔滅砕陣をかき消す力……やはり貴様か。』

 一瞬にして無力化されたメリッサに目もくれず、ミストバーンは闘気の陣の上で何事もなく立つ少女へと確信を得たような視線を向けていた。
 その体に触れた部分から暗黒闘気の糸が解れるようにして消滅し、束縛を受けずにいる。

「やっぱり……知られていた、みたいね……。」

 死の大地と呼ばれる地を守る魔王軍との遭遇の折りに、デスカールの闘魔傀儡掌を打ち消した少女に秘められし力。この大技をかわされても然程驚いた様子はないのは、ミストバーンもそれを聞き及んでいるためと容易に推察できる。

『貴様を殺せば、はぐれ者共に縋るべき力は失われる。そのような下らぬ力を持たされたことを悔いながら死ね!!』

 非力なる人間に過ぎないこの小娘が、魔王軍の軍団長級の強者達を葬り去ったのも、所詮は与えられた力に振り回された結果に過ぎない。弱者如きに事を荒立てられた腹立たしさを露わに、ミストバーンは少女に対して手をかざす。

『ビュート・デストリンガー!』

 差し向けられた指先の爪が、少女の体を貫かんと蛇の如く延びてくる。遮らんと掲げた盾に深い爪痕が刻まれて、破片が宙を舞う。目にも留まらぬ十指の爪による攻撃を前に迂闊に飛び込めず、反撃に転じることも出来ない。

『武具に守られてるだけの愚か者めが!!』

 傷つきながらもビュート・デストリンガーを凌いで見せた盾と、その手に携えたメタルキングの剣。この世界にない技術を以て作られた奇跡とも言える名品も、使い手の腕前が伴わなければ真価を発揮できない。
 当初より抱いていた力の傀儡に過ぎないという印象通りの姿を前に更に侮蔑の念を表しながら、ミストバーンは少女に執拗な攻撃を加えようとした。

『サセナイヨ。』
『ぬ……っ!』

 再びミストバーンの魔手が伸びようとした瞬間、不意にイースの声と共に白い霧が少女を守るようにして包み込んだ。爪が触れようとした瞬間に、霧が凝集して氷の壁が形成され、少女に向かう厄を全て受け止めている。
 いつしか彼女の傍らには、イースが白い竜鱗に覆われた巨駆と翼を広げて庇うように立っていた。

「ニフラム!」
『!!』

 闘魔滅砕陣の内に沈んだはずの白竜の乱入に驚くと共に間髪入れずに、メリッサが呪文を唱える声がミストバーンに届き、その視界を清浄なる白光が覆い尽くした。


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