6.忘失の内に2

 火の放たれた街中に炎のモンスター・フレイム達が巡回を続けている中で、息を潜めて影を進む者達。足音の一つも立てずにモンスター達の目を巧く掻い潜り、着実に歩みを進めている。

「呪文も道具も殆ど使えない。この結界の力のせいで、私達は奴と戦うこともできなかったのよ。」
「なるほど……これじゃかないっこないってな……。」

 落ち延びてきた戦士達の話を聞き、カンダタは町に張られた結界による障害とそれが及ぼした被害の程を知ることとなった。

「あたしの祝福の杖も教会の賢者の石も、まるで使いものにならなかったわ。闘気を教わったけど、それすらも……」
「何でもアリだなこりゃ……。」

 町に入ろうとしたと同時に纏わりついた脱力感。それも身体能力の妨害という結界の一面に過ぎず、徹底的な弱体化はそれだけに留まらなかった。
 同行している女性の武僧が携えている祝福の杖に、教会に捧げられている賢者の石。子細な原理等は未だに解明されていない奇跡の産物ではあったが、いずれも魔法力による現象を伴う品々であった。それが無力化される程の力がこの町全てに働きかけているとあれば、当然呪文も満足に使えない。
 様々な力を封じんとする結界を前に歴戦の勇士達も逃げに徹する他ない現状に、カンダタも一層の警戒心を覚えていた。



 町外れに位置する懐かしき我が家。壊された城門前で結界の存在を感知してより、少女はカンダタと別れてイースと共に何者の目にも触れずにたどり着いていた。
 既に町全体が戦火に包まれている中で、少女が住まうこの家の周囲だけには全く及んだ気配がない。先を急がんと家に入るものの、この用意されたような静けさを前に、思考が止まらなかった。

 ”悪魔”と呼ばれし少女の内に潜む者。魔天バズズや神官エビルプリーストも言及していた大いなる脅威は間違いなく存在していた。強大な力を有する魔族達を残らず殺し尽くし、悪魔を森ごと焼き払った力を自ら振るうことになり、自分を見届けてきた者達の思惑を実感することができた。
 少女自身が知らず自在に操れぬ力を利用しようという思惑が、ザボエラ然り神父然り敵味方問わずにある。今もまた、敵を一切寄せ付けぬ場に自分の家があることで、以前よりそのように見なされていたと窺い知れる。

 無数の武器や防具が立て掛けられた壁の奥にある本棚より、一冊の書を取り出して素早く栞の挟まれたページをめくる。それを眺めたまま地下へ続く階段を降りて、瞑想の間と銘打たれた扉を開くと、六茫星の魔法陣とその各頂点に燭台が安置されているのが見える。魔法に纏わる実験や作業を行うに際して最適に整えられた環境だった。
 部屋の片隅に置かれた棚に用意されたものを順次取り出して、すぐに動き出していく。開いたままの本を左手に持ちながら奥の棚にしまわれた品を取り出して、一つ一つ丁寧に配置していく。部屋の片隅に置いた香にを焚き、燭台全てに設けられた受け皿に聖水を注いだ上で挿された蝋燭に灯すと共に、床に刻まれた魔法陣が淡く光り始め、部屋中に深い霧が立ちこめ始める。香と燭台より発せられる流れが部屋中に拡散し、それらに含まれていた魔法力が均一に充満していく。

「心に刻まれし数多の記憶よ、其は隔たりを紡ぐ道を成さん。」

 少女が流れるように詠唱を口ずさむと共に、言霊を伝うように部屋の空気全体が動きだし、蝋燭の炎に流れ込んでいく。膨大な流れを注がれて、炎は蝋燭全体を包む程に肥大して燃やし尽くし、閃光が六つの燭台から柱の如く天井を衝き、部屋中が光に包まれる。
 視界を覆う眩しい光の中で、手にした本から手を通じて何かが心の内に刷り込まれていく。魂が強制的に引きずり出されんとした時に似た、意識に直接働きかけるような感覚。これまでも同じ様式に則り幾度か行ってきた魔術の本質を、少女はようやく知ることが出来た。
 存在そのものを秤に掛けることで求める力への資質を問う。これがこの世界において異界の者が得た、呪文の契約の一つの形式だった。

 香の火を消して地下室を出ると共に、立て掛けられていた武器の類に手を伸ばし、荷物へと加えていく。槍と戦斧、剣を身につけられるだけ身につけ、残りを武器を収納するために作られた鞄にしまいつつ、部屋の最奥に安置されている細長い木箱の蓋を開く。その中身を確認した後に取っ手を握って持ち上げて、我が家を後にしていた。

『準備デキター?』

 充分な武器を集め、やるべきことを済ませて出てきた主人を、イースは待ちわびたように出迎えていた。家の奥から何かを荷台毎引きずり出して、馬車のように自らの体に括りつけている。
 この白竜もまた役目を果たしたことを認めると共に、少女は意識を集中した。辺りを渦巻く気流と共に霧が立ちこめ始める。完全に視界が白転すると共に、一瞬の浮遊感を覚えると共に、風向きの変化を感じた。

『オー、大成功?』

 炎により巻き起こされる旋風により霧が払われると共に、再び視界が開ける。不思議な力に護られて静けさに満ちた我が家から、町を覆う城壁の上から見下ろす荒廃しゆく町の全景が見通せた。
 見慣れた町の全てが焼け落ちていく中で、町に入る前より見えた燃え盛る灼岩の塔が遙か彼方にそびえ立つのが見える。そして更にそれと対を為す様に、氷の彫像とも見間違う程の塔が燃え盛る町の最中に建っている。

 炎と氷を纏うそれらを力強く見据える少女を後押しするように、イースはその本質を明言していた。それらこそが町全体に施される弱化の数々を生み出す根源であり、取り除かなければならない障害だった。
 手早く木箱を開くと共に、迷い無い手つきでその中に入っている部品を組み上げて行く。一つのネジの緩みもなく、迅速ながらも丁寧に構築されたそれを構え、留め具を引くと共に巨大な弓が展開されて弦が軋りを上げながら張られていた。
 ビッグボウガン。操作の簡略化と弦の張力を両立したクロスボウを巨大化した射撃武器だった。その桁外れなまでの大きさと弦の強度故に単に弦を引くだけでも相応の力を要し、常人には扱えない色物に準じている。単純に大きくしたことにより速射に向かない欠点と一発の破壊力を初めとした構造上の特性を強化した、まさに一撃必殺のための代物だった。

「バイキルト」

 弓同様に巨大な矢を取り出し、その鏃に小袋をくくり付けつつ弦に番えると共に、少女は呪文を唱えた。バイキルトにより沸き上がる力が体の内に染み渡るのを認め、すぐに弦を引き絞らんとハンドルに手を掛ける。
 小さな力で引けるような機構を載せて尚も、より多くの地力を要する重さを感じながら一心に回し続け、極限にまで引き絞った。

『ソノママ、ソノママ。』

 十分な力が蓄えられたビッグボウガンを燃え盛る塔に向けて狙いを定める中で、イースが攻撃を制止するように口を挟んでくる。炎が巻き起こす風の流れを油断無く見定め、機が熟すのを待つように進言している様子だった。

『おっけー、ボース♪』

 そして風が完全に止んだのを感じた瞬間、イースが合図を出すと共に、引き金に掛けられた少女の指が一心に引かれた。引き絞られた弦が解き放たれると共に、番えられていた矢が乾いた音と共に弾き出されて、目にも留まらぬ速さで灼岩の塔へと突き刺さる。

『びゅーてぃふぉー♪』

 次の瞬間、光が閃くと共に塔の根本が巻き起こされた爆発に球状に抉られて砕け散り、自重を支えきれずに崩落し始めた。矢に括りつけた袋に仕込まれた物、爆弾石と呼ばれる投擲武器が一斉に爆発を起こし、貫通した矢共々十分な破壊力を生み出した結果だった。
 狙いを違わずに目標を射抜いて見事に破壊してのけた主に、イースは楽しげに賛辞の声を上げていた。



 町の中心たる屋敷の前にまで届く、崩落する岩の音と共に辺りを覆う不快な重圧が幾分和らいでいく。その刹那の間、辺りに燃え盛る炎が異変を訴えかけるように静寂していた。

「何ぃっ!?」

 築き上げた戦略の基点の一角が破壊されたことに気づき、魔人は驚愕を露わに崩れた塔の方を見やった。その隙を見計らって飛んでくる光の矢が降りかかるも、その体から迸る冷気と炎が無意識の内に迎え撃ち、相殺していた。

「なるほど、呪文が使えずとも火薬は使えるということだな。」
「おいおい……あんなところから普通届かねえだろ……」

 魔人の動揺ぶりと爆音から、神父もまた何が起こったかを察していた。未だに耐えしのがれる程度の呪文しか操れないものの、体にかかり続けていた負担が軽くなったことは体感できた。
 一方で魔人は、初めて神父に呪文を浴びせられたことも、塔が破壊されたことよりも、何よりその破壊力を持った一矢を放った距離を見て呆れ返っていた。並の弓とその腕ではおおよそ正確な射撃が出来ぬであろう距離が、城壁と塔との間に開けているはずだった。それを誰にも気づかれぬ間に強弓を引き、見事に射抜いてみせた手並みに、純粋に脅威と感じる他なかった。

「ま、旧魔王軍とは違って、同じ手を二回喰らう程間抜けじゃあねえんでな。」

 だが、それでも再び同じ攻撃が来ることも読んでいるのか、魔人は落ち着いた様子で次の行動に出ていた。冷気の塊を氷の塔に向けて飛ばすと共に巨大な氷の壁が現れて、飛来してきた矢を遮った。鏃が砕け散ると共に取り付けられた袋から無数の石がまき散らされ、地面に散らばると共に爆発を起こす。

「そのまま氷魔塔を守っとけ!!それと今撃って来やがったバカを始末しやがれ!!」

 魔人が一瞬で築いた氷の防壁に爆風を遮られ、氷魔塔と呼ばれた氷の巨柱には火の粉の一つも降り懸かることはなかった。すぐさま遠くのフレイムやブリザード達に指示を飛ばし、氷魔塔の防衛及びかの不埒な襲撃者の排除を命じていた。

「それと、てめえもいい加減くたばっとけよォ!! ったく、ふぬけた地上の人間共と違ってしぶとい奴らだぜ!!」
「……ふん、人形如きが随分と慎重なことだ。」

 初老に差し掛かるような枯れ木の如く脆い外見の神父が弱体の結界の中で魔人とほぼ対等に渡り合っている。逆に言えば、フレイムやブリザードを統べる火や氷の邪霊に過ぎないような者が、有数の魔術師である神父を追い詰め、町を破滅へと追いやっている。
 互いに気に入らぬ様子で毒づくと共に、彼らは再び呪文を交え始めた。


 炎の塔を壊した勢いに乗り、すぐに氷の塔を破壊せんとして放った矢が突如現れた氷の壁により遮られる。こちらの存在に気づかれたと感じる間もなく、町の中から次々とこちらに向かってフレイムやブリザードが群れをなして飛来してくる。

『ヤルシカ、ナイ?』

 言うよりも先にビッグボウガンを畳んで、代わりに台車に積まれた長弓を手に取り、すぐさまフレイム達に射掛けていく。ばら撒くように休む間もなく放たれながらも、少女の矢は正確に魔物達の心臓にあたる部位を射抜いて確実に葬っていく。
 その全力を掛けた迎撃でもなだれ込む敵の勢いを止め続けることは叶わず、取りこぼした魔物達が少女とイースへ上空から襲いかかる。

『腹、ククッチャウカナー……ッテカ、ダイジョブナノ、コレ……?』

 こちらを確実に仕留める見積もりで送り込まれた数の暴力。一体一体は格下と見なせる相手であれ、束になってかかられたらたまったものではなく、未だに消えぬ結界の中であれば尚更のことだった。

『マ、コーイウノモタマニハ良イカナ〜♪』

 苦境に立たされて一度は不安を露わにしたものの何を思ったのか、イースは再びいつもの楽しげな声を上げていた。十全な力を振るえない危険な戦いにを知りながらも、戦う意志を見せる少女に愉悦を感じているようにも見える。

『全速力デ走ルヨ、シッカリ掴マッテテネ〜♪』

 後ろの台車に乗る少女へと呼びかけながら、イースは翼を狭めつつ、フレイムの大群が立ちはだかる前に躊躇うことなく突進し、その口から強烈な吹雪を前方へと吹きかけた。少女もまた背負った槍を台車の床に突き立てていつでも振るえるようにしながら、矢を雨霰の如く敵の群れへと浴びせていた。イースの吹雪で消しされないブリザードを正確に葬り去り、血路は確実に開けていた。
 


「おーおー、派手に暴れてんじゃねえか、嬢ちゃんよ。」

 巨大な氷の塔を覆う氷河の壁の遙か彼方に見える城壁に、炎と氷の魔物達が群がっては散っていく様が見える。つい先程に眼前に放たれていた爆弾石と、同じようにして破壊された炎の塔も相まって、カンダタは少女の活躍を確信していた。

「けど、おかげでこっちが手薄みたいね。」
「結果的にはそうだが、な。だが、やっぱり奴さんも簡単には負けちゃくれねえこった。」

 結界の基点を一つ破壊されたことで、敵は残りの一つの防衛と狙撃手の排除に重点を置かざるを得ず、掃討については自ずと疎かになっている。そうして街中を動きやすくはなったものの著しく力を殺ぐ結界は未だ健在であり、決して油断できない事態だった。

「まあ嬢ちゃんなら心配いらねえだろ。いざとなりゃ切り札だってあるからよ。」

 結界の破壊という最善の状況には持ち込めなかったものの、その内にあっても少女は弱化をマホステで遮断した上で戦うことが出来る。あれ程の大群相手であっても今の彼女ならば多くの武器を用いて的確に戦うことができ、その最後の切り札としては贈ったばかりの至高の剛剣もある。
 
「……こういうのも今更だけれど、あの子は何者なの?」

 これ以上の心配は野暮として先に進む中で、同行している武僧がカンダタにそう尋ねる。少女の武技の才とドラゴンライダーとしての力は確かに驚嘆に値するものではあったが、ここまで生き延びて来た異世界の者達の中にもそれを上回る力は幾らでも存在していた。
 今彼女に頼らざるを得ない状況だからこそ、それを見越していたかのような扱いを知って疑問を隠せずにはいられなかった。

「さあ? 本人からは得体の知れない化け物に憑かれてるって聞いたけどな。だが、あの嬢ちゃん自身は俺が見込んだ通りの戦士だったぜ。」

 カンダタもまた、少女と再会した折りに彼女自身から話を聞いていた。また、軍団長の地位にある魔族達に襲われた際に助けに入れなかった時にも、圧倒的な力を発揮した痕跡はその地に残されており、少女自身には全く憶えもない”悪魔”なる者の力の存在を確信することが出来た。
 それでも、その力を正しく恐れる彼女自身の姿勢と苦境でも諦めない姿勢はカンダタが教えたものであり、彼女なりに正しい結論に至ったことにカンダタも満足していた。

「それはお前らと何ら変わりねえ。みんな助けられる力がありゃあ、或いはお前さんだってそうしてたかもしれねえぜ。」
「……大変ね。」

 この街に戦士としての資質を持つ者は多く、カンダタもおのずと手ほどきをしたり軽いお節介を焼いたりもしてきた。当人達から如何に思われていようとも、カンダタからすれば可愛い後輩であり、またいずれ共に歩むであろう同志であり、成長を楽しみにしていた。
 皆が特異な力や磨き抜いた技を持つ中で、自分のものではないものに振り回されようとしている少女に、仲間達はその苦労を推し量っていた。



 二つの塔が立つ地点の間から、その元凶となる者の気配を感じて見ると街の者を束ねる王が住まう屋敷がある。そこを目指して、少女はイースを飛び立たせた。力を奪われて羽ばたくことは叶わず、翼を広げて滑空していく最中、追いかけてくるフレイムの群れを、目にも留まらぬ速さで繰り出される少女の槍が次々とフレイムを貫き、薙ぎ払い霧散させていく。
 緩やかに街に降り立つと共に、すぐさま弓に持ち換えて残った最後の矢束を惜しまずに射尽くしていく。既に百を越える敵を屠りながらも、敵の勢いは止まることはなく、尚も肉薄してくる。
 
『良クココマデモッテルナー……』

 逃れ続ける中でも、少女は確実に追いつめられていた。フレイムやブリザードの吐く息吹は避ける術もなく、ドラゴンたる頑健さを持つイースならばともかく、人間に過ぎない少女は体力を確実に殺がれていく。
 フレイムもブリザードも少女の実力で確実に倒せる程度の相手ではあったが、壊された炎の塔の守りの必要性を失った分、途轍もない数が向かってくるのが見えた。
 心身共に追い込まれながらも、少女の振るう武器は一撃一撃確実に敵の急所を捉え、寧ろ更に研ぎ澄まされてさえいる。少女の技を前に接近戦は分が悪いと悟ったのか、フレイム達は距離を取りつつ炎や呪文による攻撃に切り替え始めていた。

『モー、シツコイナー。』

 幾ら手痛い反撃を加えてもあの手この手で攻勢を崩さない魔物の群れに、イースはうんざりしたように呟きつつ氷の息吹を浴びせていた。だが、散開した上でブリザード達が身代わりになったことで防がれて、大したダメージを与えることは出来なかった。

『コレ以上出シ惜シミシテル場合ジャナイト思ウケドナー……ボスガ死ンジャッタラ意味ナイヨ?』

 降り注ぐ炎を走り抜けてかわしながら、イースは少女に静かに忠告していた。全力でこそあれ、制約を課したままの作戦であることは承知していたが、既に少女自身の命が危ういこの状況では下僕として黙ってもいられない。
 どちらにしろここで少女が死んでしまったらこの街の者達の命運も尽きてしまうことをイースは、そして彼女自身も理解していた。そして、その答えはすぐに出すべきものである、とも。

 降り懸かる炎をその身に敢えて受けながら、少女は残された力を振り絞り、上方に佇むフレイム達全てに向けて槍を振り回した。バイキルトにより引き出された少女の内なる力が空を斬る穂先を伝って解き放たれ、斬撃そのものと化して魔物の群れを斬り裂いていく。炎と氷の邪霊達は、斬撃を受けた部位から薄れ始め、そのまま虚空へと消えていった。

『モウ限界、ジャナイ?』

 体力を使い果たしてよろめく所に問いかけるイースだったが、その足掻きの意図の一端を感じたのか首を傾げていた。傷つきながらも、次の手を打たんと敵を見据える少女の様子から決意を推し量り、それ以上語らずに先を急ぐ。

 数々のフレイムを倒していく中で、少女はこれまでの戦いに得た感覚を思い返していた。今のように邪霊達の弱点たる急所を射抜くことさえなく葬った時と同じく、形無きものを容易く斬り裂く力を与えるものの根元。バイキルトによって引き出されてこそいるが、それは元から自分に備わった能力であると薄々気づいていた。
 ならば、純粋にその力を引き出すことが出来るかもしれない。実戦の中で幾度と無く放って来た感覚が刻みついている中で、全身に漲りつつあるこの力を放つことができれば、今降り懸からんとしている火の粉を纏めて払えるだろう。
 体中の血が脈打つような感覚と共に、突き出された少女の右手に集まった力が辺り全てを包み込んだ。

 目映い光に包まれると共に、その場に普く全ての偏りが静まり返っていく。フレイム達を構成する炎や冷気を呼び起こすものも消え去り、その源から吹き消していく。凍てつくように全てが静止すると共に、邪霊達は拠り所を失い崩れ落ちるように滅びていた。

『凍テツク波動、ダネ。』

 全ての敵が消え去った上方を見やりながら、イースは確信を得たようにそう呟いていた。全ての偏りを排する少女の、他の誰でもない彼女自身に秘められた可能性が姿を現した瞬間だった。



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