4.黒き胎動3

山林に囲まれ、中心に澄み渡った泉を擁するテラン王国。古き歴史を有する由緒正しきものなのか、王城を形作る石壁は苔色に深く彩られ、小さくも年を重ねたものであることが伺い知れる。

「よもや闘気の操作にここまで翻弄されようなどな。」

 錆び付いた金具により留められた城門の前で、バランはその拳が打ち据えた先を見て目を細めていた。彼自身も全くの無傷では済まず、竜闘気により守られていたはずの鎧にも浅く穿たれた跡が幾つも刻まれている。

「ぐあ……っ……」

 鳩尾深くにまで突き刺さった一撃を受けて喀血し、拳が引き抜かれると共に、ポップはくぐもった声をこぼしながら地面へと倒れ伏す。先程のスカラの呪文による緑の光だけでなく、バイキルトによる真紅の光が包んでいたが、四肢が力無く投げ出されると共に霧散していく。

「私が相手だったことが運の尽きということだ。」

 バランにもまた竜闘気以外にも、力を奪うような青白い光や体に絡みつくような黒い光がまとわりついていた。だが、気合いを入れると共に竜闘気がそれらの光を打ち払っていた。同じく闘気に近いものであるのか、それ以上の力を以て対処できるらしい。
 それでも絶対に負けることのない魔法使いが、ここまで足掻いて見せたポップに対してバランは素直に敬意を表していた。

「……ポッ……プ……くん……?」

 その時、城門が開くと共に中から駆けつけてくる者達の姿が見えた。倒れた仲間の姿に驚愕しているレオナとクロコダインの姿があった。

「ど、どうして……!? 逃げたんじゃ……無かったの!?」

 先程自分達を、ダイを見捨ててこの場を後にしたはずの彼が、バランによって倒されている。

「バラン、貴様あッ!!」
「!」

 あまりに手酷くやられたポップの姿を前に、クロコダインは激昂せずにはいられなかった。即座に高められた右手の闘気をバランが身構える前に叩きつける。
 獣王会心撃。クロコダインの十八番と言える集束された闘気を敵にぶつける大技だった。手のひらから沸きだした闘気が一条の激流と化してバラン目掛けて撃ち出される。

「…………何をいきり立っている。彼を破滅に追いやったのはお前達だろう?」
「何だと?」

 それを大きく後退しつつ避けながら、バランは侮蔑の眼差しをクロコダイン達に向けていた。

「よもやこれだけの力を持つ者を捨て駒にするなど……この地上の脆弱な人間どもに感化されたか。見損なったぞ、獣王!!」

 藪から棒といった面持ちで困惑しているところに、更に責め立てるように言い放つ。奇しくも文字通りの意味で拳を交えることとなったこの少年の戦いは、逃れるためのそれではなかった。このような無謀に駆り立てた責は間違いなく仲間であったはずの者達にあり、その非道に対してバランは尋常ならざる憤りを露わにしていた。

 
「黙れぇい!!」


 怒りに任せてまくしたてるバランの言葉を遮るように、クロコダインもまた行き場のない感情を込めて一括していた。叫びと共にまき散らされた闘気と共に空気が震え、一瞬暴風が彼を中心として吹きすさんでいた。

「…………。」
「クロコ、ダイン……?」

 その様子を憮然とした面もちで睨みつけるバランを横目に、レオナはこれまでにないクロコダインの様子に呆然としていた。ただの仲間を傷つけられた怒りに留まらない別の感情がその叫びに込められているのが伺えた。

「そうか……お前は…………ふっ、はははははは!!」
「何がおかしい!!」

 そして急に、怒号を上げた後とは思えぬ嘲笑を上げていた。ますますいきり立つバランだったが、それが自分に、ましてポップにも向けられているものでないことにもまた気づく。

「やはりオレはバカだなあ!!ポップの、それこそ人間らしい思いを解せずにいようなど!!」

 気が狂ったように彼が嘲笑ったのは、クロコダイン自身に対してだった。相対して尚も、ポップが為したことの意味を解せずにいた自分の浅はかさを、心の底から軽蔑せずにはいられない。

「……人間らしい? ふざけるな!! 脆弱で卑劣極まりない醜い人間の本性を知らぬからそうほざけるのだ!!」

 ポップに詫びるように、自嘲の中で涙を流しながら哄笑し続けているクロコダインに、バランはますます怒りを露わにしていた。彼の自己犠牲的な行動を脆弱な人間が抱く唯一の輝けるものと評したことに対し、バランは真っ向からそれを否定していた。

「やはり変わらないようだな、クロコダイン! この世界の人間ごときに一片の価値などない!!」
「”この世界”の……? やっぱり、さっきの女は……!」

 次いで告げられたその言葉から、レオナは先程の襲撃者がこの世界に本来いるべき存在でない確信を深めていた。人間を憎みながらも、あの場に人間の刺客を送り込んできたのはやむを得ない事情であろうが、彼女を強き者と見なしたからに他ならない。世界の調停者としての役目を負う者の言葉が、想像していたことが真実であることを物語っていた。

「許せ……ポップよ。お前の決意を知らず、嘲笑ったこと、この命を賭けて報いてみせる……!!覚悟しろ、バラン!!」

 仲間の助けを敢えて振り払ってでも命を賭してダイを守る覚悟。そんな戦いの末に倒れたポップに心から詫びながら魔神の金鎚を取り、クロコダインはバランへと構えた。


「ほざくなぁっ!!」


 刃向かうことよりも、何より弱く卑劣な者達を頑なに信じようとする姿勢を見て、バランはついに激昂した。怒号と共に背負った大刀を振りかざすと共に彼の憤怒を代弁するかのように不意にこの場に落ちた雷により、白転した視界と雷鳴による轟音が辺りを刹那の間支配する。

「あれはギガブレイク……!!」

 光が止むと共に、バランの呼び起こした雷がその大刀に纏われているのが見えた。一足の元に即座に距離を詰め、渾身の一刀を竜闘気と共に叩きつける。

「ぬがあああっ!!」

 分厚い鎧ごと剛剣の切っ先に引き裂かれると共に、刀身に宿された雷・電撃呪文ギガデインの力がクロコダインを貫く。

「っ!! クロコダ……」
「オレに構われるな、姫!! あなたは早くポップを!!」
「!!」

 圧倒的な破壊力を直に受けるあまり悲痛な絶叫を上げる様を見て、レオナはたまらずにクロコダインの元に駆け寄り回復呪文を施さんとした。だが、傷つきながらも彼はそれを制し、気合いと共にバランの一撃を魔神の金槌を以て押し返す。

「ギガブレイクを……受け止めただと!?」

 天雷を呼び起こして、それを己の刃と成して敵を斬り捨てる必殺剣・ギガブレイク。竜の騎士の持てる可能性の全てを集約した、最強の秘伝だった。
 それを受けたとあれば、如何に勇将と名高いクロコダインと言えどひとたまりもないはずが、受け切ったばかりか退けるだけの余力さえも残している。

「たとえ我が身が砕け散ろうとも、ただではやられん!」
「くっ……!」

 不可解にとらわれている間にも、捨て身の勢いで迫りくるクロコダインを前にバランは思わず守勢に回って後退していた。先日剣を交えて完膚無きまでに叩きのめした時と全く様子が違うがために警戒を怠れず、自ずと慎重にならざるを得なくなっていた。

「……!! 傷が塞がって……!!」
「流石のお前も、そう何度もギガブレイクを使えたものではあるまい!」

 そうして冷静にクロコダインの動きを伺っていると、彼の内から巻き起こる力が全身に受けたギガブレイクによる傷痕を包み込み、徐々に癒えていくのが見えた。元が生命力溢れるリザードマンであるがために、傷の治りそのものも早い。実際に、モンスターの中にも戦闘に支障をきたす程の致命傷でも生来の自然回復のみで瞬時に治してしまう種がいる。
 それを闘気を集中して治癒を促進することで再現しようなどとは流石に想像がつかず、バランは驚きを露わにしていた。

「それにオレもやられてばかりではないぞ、その竜闘気ごと砕け散れぇっ!!」
「……っ!? 獣王痛恨撃だと!?」

 再びギガブレイクを放たんと大刀を天に掲げたその時、すかさず闘気を帯びた魔神の金槌が振るわれてバランを力強く打ち据える。獣王痛恨撃・今は獣王会心撃と呼ばれているクロコダインの奥義のまだ見ぬ型による一撃は、バランの纏う竜闘気の上から衝撃を直に伝えていた。



 在りし日の渓流の跡とおぼしき谷間の続くテランへの街道に、二人の戦士の交戦による剣戟と崩落音が響きわたる。互いに伝説と謳われる武具を以て奥義を尽くし、その斬撃や闘気によって辺りの木々や断崖さえも砕く程の死闘を繰り広げていた。
 ラーハルトが鋭く振るう槍がヒュンケルの鎧を一片残らず切り裂いていたが、鎧を失って身軽になったヒュンケルもまた魔槍の刃をくぐり抜けてラーハルトの鎧ごとその体を貫く程に鋭い攻撃を仕掛けていく。
 その一進一退の剣戟の合間に交わされるそれぞれの真実を振りかざしながらの舌戦。ラーハルトは主たるバランが人間の闇を目の当たりにして家族を失った孤独に苛まれてきたことを、ヒュンケルは同じ苦しみを味わいながらも勇者の尽力により己の弱さと向き合えたことを初めとする、記憶を失った少年を巡る思いをぶつけ合う。
 技量、信念のいずれも互角の壮絶な戦いの中で、不意に凄まじい雷鳴が轟き、その山彦と共に戦場を駆け巡った。

「ギガデインが二発……よもや、バラン様がここまで苦戦なさる相手なのか……!?」

 その正体を良く知っているがために、ラーハルトはこれまで知り得ない程の主の苦境に戸惑っていた。ギガブレイクの力の源となる究極の雷撃呪文・ギガデイン。それが二度に渡って唱えられたのを再び雷鳴が到来したことで知るところとなった。

「クロコ、ダインか……」

 最強の呪文と名高い程の雷撃に耐えられる者など、ヒュンケルの知る限りただ一人、獣王クロコダインしかいなかった。バランすらも食い止めてみせるその力に感服すると共に、先に出ていったポップのことが気にかかる。命を賭してただ一人バラン達に立ちはだかっていたあの状況からして、おそらく助けは来ずに最悪撃破されてしまった後だろう。
 切迫した戦いの内に自らも身を置いている以上、二度も助けに入ることは出来ず、生きていることを祈ることしか出来なかった。

「落ちぶれてもバラン様と同じ魔王軍の六軍団長というわけか……。おそるベきものよ、彼奴も、それに貴様も!」

 自分の戦っている相手が、主バランと同じ肩書きを担う者であったことを再認識し、それに恥じぬ戦いぶりを見せた彼らに対して、ラーハルトは畏怖の念を表していた。如何に仇敵たる人間のために戦う者達とはいえ、その志を貫く様は尊敬に値するとさえ思っていた。

「もうやめておけ。……これ以上戦えば、お前、間違いなく死ぬぞ?」

 一度剣が止まったのを見計らい、ヒュンケルはよろめくラーハルトに対してそう勧告した。形勢こそ互角だったが、元々受けていた傷が元で既に体力の限界にあることを彼は見抜いていた。この勝負に水を差すようなこの言葉も、敵手たるラーハルトを認めたからに他ならない。

「くどい!! バラン様の大望のためならば、オレは命とて惜しくはない!! かくなる上は貴様を道連れにしてでも、この任果たしてやろう!!」

 全力を出せないもどかしさからくる苛立ちをも込めているのか、ラーハルトは激怒した様子でヒュンケルの申し出を否定していた。

「貴様の技は全て見切った!! バラン様、そしてディーノ様のために死ね!!」

 確かにこのままではどちらが勝ったとしても命尽きてしまうかもしれない。だからこそ、尚のこと命を捨ててでも使命を果たすだけのことだった。
 悲鳴を上げる痛覚を無視して、ラーハルトは槍を手に空高く飛び上がる。

「ハーケンディストール!!」

 手負いの体に鞭打ち渾身の力を漲らせて、旋回させた槍を一気に振り降ろす。ラーハルトの持つ類稀な速さを最大限に生かした一刀両断の斬撃・ハーケンディストール。
 同じ材質で出来たヒュンケルの鎧をも易々と破壊し、大地を丸ごと斬り裂いて見せる程の必殺技だった。

「そうだ……この命を賭してでも、オレはバランを止めねばならない。ダイの、そしてバランのためにもな!」
「!!」

 先にラーハルトが啖呵を切った時に言い放った言葉に共鳴したのか、ヒュンケルもまた目的のための覚悟を告げながら手にした剣を掲げる。添えられた手のひらから注がれる莫大な量の闘気が刃を通して柄と鍔に広がり、小さな十字状の光となって輝き始める。

「グランド、クルス!!」

 ハーケンディストールの一撃で斬り裂かれる刹那、ヒュンケルが叫ぶと共に収束されていた闘気が一気に解放された。

「く、くそ……っ!!」

 輝きが巨大な十字架と化して槍を弾き、そのままラーハルトを光の濁流へと飲み込んでいく。運命の悪戯により互いの全てが互角にまで持ち込まれた中で最後に各々が解き放った覚悟の一撃は、ヒュンケルが僅かに上だった。
 命そのものすら擲つことを辞さぬヒュンケルの技に込められた思い。敵対するはずのバランさえも助けようと言う言葉もまた、偽りなどではないのだろう。
 敗北を喫した悔しさもあれ、ラーハルトは人間が持ち得る目映い姿をヒュンケルを通して見えたような気がした。





「覚悟しろ、バラン!!」
「おのれ……クロコダイン!!」

 テランの城門前に響く剣戟と轟音を初めとする、戦いの音は止まず、辺りも戦塵に覆われている。
 奥義たるギガブレイクを耐え抜くだけの強靱さと治癒の技、更に竜闘気の守りを容易く打ち破るまでに高められた一撃を前に、迂闊に隙を見せられない。ここに至るまで、バランとクロコダインの戦いは終始拮抗の内にあった。

「ダイは死んでも渡さんぞ!!オレを変えてくれた新たな仲間のためにもな!!」

 二度、三度に渡るギガブレイクすら耐え凌がれて攻めあぐねるバランに対し、クロコダインは容赦なく魔神の金槌を打ち込んでいく。
「この……そんな武器がいつまでも通じると思ったか!!」
 掠めるだけで竜闘気を削ぎ落としていく程の威力をぶつけて来るも、大振りなだけに機を誤れば至極読みやすい攻撃でしかない。敢えて飛び込みながら、雷撃を纏ったバランの大刀が再びクロコダインを斬り裂く。

「なめるな、バラン!!このようなもの、お前が奪ったダイ達の、人間の絆に比べれば取るに足らん!!」

 ギガデインの力に焼かれながらも、クロコダインは怯まずに戦鎚を軽々と斬り返して反撃に転じていた。その不屈の闘志を支えているのは、バランへの畏怖をも上回る程の、かつて目の当たりにした人間達の可能性だった。ポップが長きに渡りバランを食い止めていたこともまたその証左であり、彼がこうして人間達の勢力に籍を置いている動機にもなっている。

「……違う。」
「何だと?」

 劣勢の陰がちらつきながらも気勢を失わぬ勇将たる姿。だが、それを支えるものを否定するように、バランは小さくも明確に怒気を露わにしていた。

「それが人間の可能性だと? 馬鹿にするな!! 心弱き悪しき者共に、そのようなものを見出しようがないっ!!」

 脆弱と思っていた者達の抗いを目にして力ある者と認めながらも、それが人間の持ちうるものと堂々と宣うクロコダインに対し激昂しながら、堰を切ったようにまくし立てる。

「バ、バラン……!?」

 人間の醜さと弱さの前に己の大切なものを失った憎しみを怒号として吐き出しながら戦うバランの剣に圧倒されて戦鎚ごと押し返されながら、クロコダインは同時に得体の知れぬものを彼の内から感じ取っていた。

「悲劇を繰り返すだけの人間など、これで最後にしてくれる……!!」

 いつしかバランの額に輝くの紋章がその光を強大なものと化している。巨大な竜の如く天を衝かんばかりの紋章の光の下で、左腕を高らかに掲げる。強く握りしめられた手のひらから赤い血の雫が流れ出ていく。

「これは……!」

 次の瞬間、それが徐々に人間のそれではない青へと転じているのを目にして、この場の誰かが驚愕の声を上げていた。

「竜の騎士は、人・魔・竜の三柱の神々が作りし最強の戦士。これが如何なるものか、お前達にももう理解がついているだろう!!」
「ま、まさか、魔族の……」

 普段は人としての武人たる姿を取る竜の騎士が人ならざる生命体たる所以を語るバランの雰囲気が、よりおぞましきものへと変わり始める。人間と並んで大分された三つの種族たる魔族、そして竜。最も強い魔力を秘めた蒼い肌を持つ者達と、最も強大な身体を与えられし者達の特徴と雰囲気が覆い始める。


「これが竜の騎士の最強戦闘形態、竜魔人だ!!」


 一喝と共に、掲げた左手に天雷が落ちる。天より注ぎ込まれた雷の力がバランの体に纏ったドラゴンメイルが弾け飛ぶと共に露わになった肉体を竜の鱗が包み、巨大な異形なる存在へと変じていく。
 竜の爪牙と鱗に覆われた強靱なる肉体と大空にはためく翼を持つ、竜の騎士バランの切り札にしてもう一つの姿、それが竜魔人だった。

「……こ、これは……!?」

 死闘を制し、ようやくこの場に駆けつけるに至った矢先に目の当たりにしたものと、天地すらも支配するような重圧を前に、ヒュンケルは言葉が出なかった。これが自分を人間として再び歩ませたダイが持ち得る秘めたる力なのか。

「ヒュンケル!! 気をつけろ!!」

 竜魔人と化したバランの姿に呆気に取られていると、クロコダインが切迫した様子を露わに注意を呼びかける声が聞こえてくる。バランも既にヒュンケルの存在を察知しているのか、背を向けたまま強烈な殺気を発している。言われるまでもなく、名工の剣を取り、その切っ先をバランへと向ける。

「……っ!!?」

 刹那、不意に鳩尾に全身を粉々に砕くような衝撃が襲いかかり、一瞬視界が暗転する。

「があああああああああああ!!!」

 次の瞬間、ヒュンケルはこれまで味わったことすらない痛恨の一撃の威力に悲痛な叫びを上げていた。

「ヒュ、ヒュンケルーッ!」

 振り向かぬままかざされたバランの手のひらから放たれた闘気の塊が、ヒュンケルをたやすく吹き飛ばし、地面へと叩きつけている。そのあまりに痛ましい光景を目の当たりにして悲鳴を上げるレオナもまた戦慄に陥っていた。

「いかんっ!! 姫、お下がりください!!」

 その強さを良く知る者が呆気なく倒された様に圧倒されるのも束の間、クロコダインは我に返りながらも焦燥に駆られた様子で、レオナを庇うように前進し、そのまま魔人の金鎚を振り上げつつバランへと突進する。

「今こそ人の心の全てを捨て去り、人間どもを残らずねだやしにしてくれる!! まずは貴様等からだ!!」
「ぐぬう……っ!! おおおおおおおおおっ!!」

 大上段から打ち下ろされた戦鎚をその拳で真正面から迎え討ちながら、バランは背中の翼を広げて荒ぶる巨竜の如き怒号を上げた。全身全霊の闘気を一点に込めたクロコダインの一撃を容易く相殺しつつ、すかさず逆手で打ち据える。
 打ち合いに持ち込めたのはほんの二、三合に過ぎず、後は一方的に叩きのめされていく。

「おっさん……!! ヒュン……ケル……!!」

 レオナの膝元でポップが呻きを上げる。彼女に助けられはしたが、ベホマの呪文ですら再起できぬ程の重傷を負い、クロコダイン達の戦いを見届けることしかできなかった。
 ポップの祈るような思いも空しく次の瞬間には巨大な戦鎚が宙を舞い、巨漢が地面に引きずり倒されて殴りつけられる音が響きわたった。


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