3.破魔の天雷1

 砕けた瓦礫だけが残る外壁のなれの果て。かつて商店街を守り抜いてきた堅牢な城塞も砲台も、今となっては全く見る影もない。
 カール王国を滅ぼした超竜軍団、それもほんの一部隊が攻め込んだだけで、ベンガーナが誇る大都市は半壊へと陥っていた。


 少女がドラゴンを伴い、町のはずれにある宿の跡を訪れると、緑の衣に身を包んだ見覚えのある大柄な背の影が見えた。

『モシカシテ、しゃちょー?』
「んん?」

 ドラゴンが呼びかけると共に前足で肩を軽く叩くと、その男はようやく気がついたように振り返った。

「お、おう。イースのチビ助じゃねえか。嬢ちゃんも無事だったか。」

 気だるそうに佇んでいた所で呼び止めた男は、焼け汚れた緑の覆面で顔を覆ったままであったが、やはり襲撃の折りに別れたカンダタであると分かった。向き直るなり突然ドラゴン−イースの顔を直視して多少驚いたようだが少女共々再会できたのを見て、安堵したように息をついていた。

「……あ? お前こそ無茶しやがって。お転婆もいいけど程々にしときな。」

 疲弊した様子を見かねたのか少女が気遣うのを見て、カンダタもまた呆れたように引き寄せつつ、ベホイミの呪文を施していた。
 ヒドラとダイというかの少年と戦って、少女自身が負った傷も決して軽いものではない。逃げるための戦いのはずが、結局人々を守る無茶をした彼女に呆れながらも、人間らしい感情を垣間見て苦笑していた。

『…………。』
「だああ!? こら!! 何しやがる!?」

 そうしている中で、不意にイースがカンダタの覆面をくわえて引っ張り上げ始めた。慌てて押さえようとした時には既にその素顔が露わになっていた。

『ネェネェしゃちょー、イツカラあふろニシタノ?』
「だああああ!! うっせえチビ助!! って嬢ちゃんも笑ってんじゃねえ!! こちとらもっとひでえ化け物とやり合ってきたんだ!!」

 煤にまみれた精悍な顔は変わらなかったが、髪が逆立った上で縮れて、頭髪そのものが爆発したような有様になっていた。
 イースのからかいと釣られて笑う少女を前に気恥ずかしさのあまり怒鳴りつける様を、復興に勤しむ者たちは微笑ましげに眺めていた。自分達を守ってくれた恩人達もまた、人間味に溢れた者達であると知って、先日の恐怖も嘘のように消えていた。
 あの勇者の一行もまた同じような者達であると思えば、安堵と共に申し訳ないことをしたと悔悟するばかりであった。

「それこそあのドラゴンの比じゃねえぐれえのな……。異世界の人間にあんな化け物が紛れ込んでやがるとか、大丈夫かよこの世界はよ……。」

 人々の笑いをよそに、カンダタは静かに言葉を続けていた。自分達もそうであるように異世界からの来訪者は決して少なくはなかった。多くの淘汰や排斥を経て尚、この世界に隠れ住んでいる者も珍しくはなく、その特異な能力や類稀な資質も僅かずつ認知されつつあった。

「この様子からすれば、どうやらこの近くにも旅の扉があるかもしれねえ。今度は何が飛び出してくるやらな。お前等も気を抜くなよ。」

 異世界の魔物だけでなく異人もまたこの町にも現れたのをはっきりと見た以上、この辺りにその通り道となるものがあるのは間違いない。
 その存在を示唆して、カンダタは少女達にも注意を呼びかけていた。



 あまねく雲の間から、長く巨大な影が現れると共に炎の激流が走る。辛うじてそれをかわした先から大きく開けられた顎門が迫り、勢いよく閉ざされる。寸前で急降下してかわしたものの、敵に制空権を与えて更なる優位をもたらすだけだった。
 
「どうしたぁ、それで終わりか!?」

 ベンガーナ沿岸の浜辺を目下にした上空、帰りの旅の扉へと向かう最中、少女はイース共々突如として空の敵の奇襲を受けていた。けたたましくあざ笑う声を出すのは、蛇の如く長い橙色の飛竜スカイドラゴンに跨った、赤白の鶏冠の鳥人だった。

「このガルダンディー様を無視して空を駆けようんざ、百年は速いんじゃねえのか?人間如きがよ!!」

 竜を模した留め金で彩られた騎士の鎧と細身の剣で武装し、嘲笑しているかのように鋭く歪んだ双眸。こちらの存在が空にあることに心底の嫌悪感を露わにしながら、ガルダンディーはスカイドラゴンをこちらへと駆っていた。
 蛇のように長い巨体と高速の機動力、そして火力を以て目の前に対峙する小賢しい小兵の白竜を蹴散らさんとしていた。

『すくると』

 噛み砕かんと大口を開いて襲いかかってくるスカイドラゴンを交わして、尚も体当たりを受けんとしたそのとき、イースは呪文を唱えていた。放った魔法力がイース自身と少女へと降り注ぎ、その内へと入り込まんとしていく。

『アリャ。』

 紫の霧−マホステの産物により、少女への呪文の力はかき消された。それを失念しておどけたように首を傾げたイースの体から、溢れんばかりの生気が立ち昇り始める。 

「そんな呪文があるなんてなあ! で、その程度の闘気を纏ったとこで無駄だっつってんだよ!」

 イースの変化を見てもその本質を知っているからか然して驚いた様子もなく、ガルダンディーはスカイドラゴンをけしかけた。
 噛みつきをかわしたところで勢いよく体をひねり、鞭の如くイースを叩き落とす。

『とーき?とーじきノコト?』
「うおっ!?」

 だが、イースは直撃こそ避けたもののその重い一撃を受けて尚も一気に距離を詰めて、ガルダンディーの目の前にまで至っていた。
 聞きなれぬ言葉を思わず尋ねた後に、不意を突かれて動きを止めたガルダンディーに向けて氷の息吹を吐きかける。

「……ち、思ったよりやるじゃねえか。流石に噂になるだけはあるなあオイ?」

 小さい体に似合わず集束することで威力を高めた冷気をかわしつつ、思わぬ反撃を許した有様に鳥人は舌打ちしつつも、聞いた話の裏付けには些か納得していた。
 ベンガーナでの一件に止まらず、既にイースに乗って戦う機会は幾らでもあった。その姿を見た数少ない目撃者、時には生き延びた敵手から伝わったのだろうか。
 この鳥人が同じドラゴンライダーとして、こちらに興味を少なからず抱いていたのは間違いない。それが例え、人間の分際で同じドラゴンライダーとして肩を並べようということへの嘲りであったとしても。

「だが、空での戦いでルードに勝とうなんざ無茶な話だぜえ!どうせてめえらニンゲンに行き場はねえってのによ。無駄な足掻きを繰り返してるってことなんだよォ!!!」

 今に至るまで幾度も剣と槍を交えてきたが、元々のドラゴンの能力差は埋めようがなく、少女達は終始押されていた。それでも長く持ちこたえていることにガルダンディーも苛立ちを露わにしている。

「こうなりゃ直接斬り刻んでやるぜ!!」

 力の差に関わらず、拮抗を長きに渡り保っている相手に対し、彼はこれ以上悠長に構えるつもりはなかった。ドラゴンの力に頼っていようが相手は所詮人間に過ぎない。
 かわさざるを得ない体当たりからのイースの動きを先読みし、スカイドラゴン−ルードから飛び、腰に帯びた細剣を引き抜いて、上空から少女めがけて幾度も突きかかる。
 その切っ先での刺突と斬撃により、纏った鋼鉄の鎧が紙のように引き裂かれていく。

「終わりだっ……!?」

 脆く壊れていく鎧を見てとどめの一撃を加えようと更に間合いを詰めようとしたその時、細剣の突きに併せて少女が手にした槍の穂先が迫り、その一合で剣が大きく撓み、狙いが大きく逸れた。

「ぐ……ぇええ……っ!!」

 そして、その一閃がガルダンディーの胸元を穿つ。鎧を打ち砕き、そのまま心臓まで貫かんところで身をそらすも、そのまま足を滑らせて空に身を投げ出してしまう。
 体勢を立て直す隙さえ与えず、イースは氷の弾を吐き出して追撃をかけた。

「て、めえええええええっ!? ぎゃああああ!!」

 翼を凍らされて羽ばたくこともできず、ルードが拾い上げるより先に、地上めがけて落下していき、そのまま大地に激突した。

『今ノウチニ逃ゲルヨー』

 ガルダンディーは今の衝撃で深手を負ったようだが、スカイドラゴンの方は健在である。このまま要らぬ戦いをするより先に、イースは少女の指示を受けるより先にこの場から飛び去った。

『!?』

 刹那、一瞬彼らの視界が雷鳴と共にまばゆいばかりの白で覆われた。

『ボ、ボス……!?』

 雷が落ちた先は、イースに跨った少女の方だった。だが、直撃の瞬間に彼女を覆う紫の霧がその光を絡め取るようにしてかき消していたために、痛手を負うことはなかった。
 単なる幸運ではなく、その呪文による産物を起こした者の到来を察し、すぐさま槍を握りなおしていた。

「ラ……ライデイン!?まさか……!?」

 少女に向けて一筋の雷光が落ちるのを見て、ガルダンディーはすぐにその正体を察することができた。天から雷を招来する上位の攻撃呪文ライデイン。それを操れる者はごく限られている。
 直後、少女達に向かい何者かの影が飛来し、背負った何かを彼女達に向けて閃かせていた。

『ボ、ボス!?』

 とっさに突きだした槍は半ばから折られ、少女はその者の一撃を受けてイースから投げ出された。斬り裂かれた鋼鉄の鎧の断片が少女と共に落ちていく。
 幸いにして木々と鎧が落下の衝撃を和らげ、致命傷には至らなかったが、その瞳に映った者への驚愕の余り、目を見開いていた。


「随分と空が騒がしいと思えば、やはりな。」


 竜の意匠を施されたマントと鎧を纏い、その手に青みを帯びた金属で作られた大刀を携えた武人がこちらを見下ろしている。
 かつて勇者の育った王国を最強の騎士団諸共滅ぼし尽くした軍団の長たる武人、超竜軍団長バランの姿がそこにあった。 



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