3.破魔の天雷2

 人間、それも女の身でありながら、竜騎衆が一人たるガルダンディーを退けた少女の姿を見て、バランはすぐに違和感を覚えていた。ライデインの雷を受けて無事であることもさることながら、その戦い自体が年相応の若い騎士のものとは違うと思わされた。

「バ、バラン様……!?何故こちらに……!?」
「よい。噂には聞いていたが、これほどとは思わなかったな。」

 地面に叩き落とされたガルダンディーが不甲斐なさを恥じるように畏まるのを余所に、バランは改めて対峙している少女へと向き直る。
 スカイドラゴンを駆り一刻と経たずに人間の町一つを燃やしつくし、滅ぼすだけの猛攻を誇る空戦騎ガルダンディー。その圧倒的な実力を支える力と技をいなしてその上で致命の一撃を加えるなど、その見た目通りの駆け出しの戦士にできる芸当ではない。

「ホイミ」

 折れた槍を拾い上げつつ、少女は落下で痛む体へと回復呪文を施していた。
 バランからの奇襲で受けた斬撃により鋼鉄の鎧の胴部分は縦一文字に割られて最早用をなしておらず、左手の手甲もまた主を守って砕け散っていた。

「……て、てめえ、まだやろうってのか!?」
「やめておけ。今更あらがった所で逃げ場などない。武器を捨てて投降するのだな。」

 圧倒的な力を見せつけられて尚、拾った命をわざわざ捨てにいくような真似をする少女に、ガルダンディーは苛立ちを露わにし、バランはその愚行を許さぬように勧告していた。
 だが彼女は、折れた槍を拾ってでもまだ戦おうと−活路を開こうという姿勢を崩そうとしなかった。悠然と佇むバランへ先手を取り、投剣のようにしてそれを擲つ。

「愚か者め!!そんな折れた槍如きが私に通じると思ったか!!」

 あくまで抵抗しようとする様に業を煮やし、槍をその拳で打ち砕き、返す手を振るいつつ呪文を唱えていた。
 風の渦を操り真空の刃を以て敵を斬り裂くバギの呪文。その産物である疾風が敵に牙を剥く。

「……!」

 しかし、真空の渦は少女の纏う紫の霧に触れるなりかき消されていた。この霧が先のライデインの雷撃をも遮ったのか。そう思索した一瞬の間に、光を纏った剣がバランを襲った。

「ぬぅっ!」

 僅かな隙を逃さずに振り下ろされたされた一撃を前に、反射的に大刀の腹で受け止める。

「こいつ……!」

 必殺の気迫が乗せられた力と鋭さが籠もった斬撃を前に、バランは本能的に大刀の強度に頼らなければならないと判断していた。
 その相手たる竜使いの少女は、多少武技に優れているだけの小娘に過ぎず、ガルダンディーを退けたのも偶然でしかない。いかに得物が破邪の剣であろうとそのような相手の殺気如きに、剣で応じるつもりなどなかったはずだった。
 その不可解を抜きにしても、女とは思えぬ力強さと反応の速さを以て、こうして斬り結んでいる。一瞬でも油断すれば並の者に対しての致命の一撃を与えてくるであろうことは認められる。
 或いは武器の扱いのみにおいては、これまでの敵手の内でも屈指であったかもしれない。こちらに身の危険を覚えさせる程に近接戦闘を得意とする相手を人間の中に見出そうなど思いもよらぬことだった。
 先日に戦ったカール王国騎士団長と名乗る男もドラゴンを仕留めるだけの力量を持ち、剣の技量も卓越していたが、僅かの間であれ剣を合わせた彼女もそれに匹敵する剣技を持ち合わせてると見えた。

「ふん……。」

 だが、そのような不可解な技量を持つ相手を前にしても、バランは動揺を見せなかった。息をつく間もなく繰り出される鋭い連撃を読み、逆に隙を見出して力任せに弾き返すと共に後ろに引いて大刀を鞘に納める。
 距離が開いたが剣を収めたのを見て、少女はすぐさま破邪の剣を構え、バランへと斬りかかろうとその後を追従した。

"剣を収めるとは臆したか!!"

 その先に、彼の額に光り輝く何かが集まるのを見て、少女に朧げに刻まれた記憶が呼び起こされた。超竜軍団の手の者とばかり思っていたあの少年も浮かばせていたあの紋章。その力そのものを一条の光と化して、騎士団長を貫き葬った技。それをまともに受けては命がないのは明らかだった。
 彼女がそう気づくのも束の間、バランの額に浮かび上がった竜の紋章から閃光が解き放たれる。光が過ぎ去った後より、鮮血が滴り落ちる。

「……っ!?」

 次の瞬間、バランの眼前に少女の左手に取られた破邪の剣の切っ先がよぎった。迫り来るタイミングを見計らって必殺のつもりで放った紋章の力を、彼女は直前で身をかわしつつ右手の籠手で受けていた。
 バランにとって見た者はいない−見た次の瞬間には屍と化しているような決め手となる技だけに、直前で強引に回避しつつの特攻をかけてこようなどとは思えずに、大きな隙をさらけ出すことになった。

「な、何っ!?」

 紙一重で彼女の斬撃をかわし、後退したその時、バランの顔と鎧に一筋の傷が刻み込まれて、その間より微かな血が流れた。

「バラン様が傷を……!?」

 竜を束ねる者が、まさか人間の女如きに斬られたというのか。その瞬間を目の当たりにしていたガルダンディーもまた狼狽していた。

『アノばりあヲ斬ッタ?』

 スカイドラゴンと戦いながら、イースも少女の一撃を見届けていた。紋章の顕現と共にバランを覆う得体の知れぬ存在を感じ取っていた。それが鉄の槍を砕くだけの全身に与えて、さながら鎧の如く彼の身を守っている。
 その鎧を斬り裂かれる様を見て、思わず首を傾げていた。

「……ありえぬ。如何にお前に力があろうと、この私が−ドラゴンの騎士がその程度の一撃で傷を負うなど、な。」

 そしてバラン自身が己の傷に一番驚いている様子だった。ギラに酷似した魔法力を纏った剣による攻撃とはいえ、その強固さを打ち破るには足らぬものと見ていた。

「そう何度も通用すると思ったか!!」

 額の紋章が強く輝くと共に、バランの全身を覆うオーラがより強くなり、少女の破邪の剣を今度は右手の手甲で受け止めていた。手甲自体に集束したオーラが鋼鉄以上の硬度となって剣を跳ね返す。
 そして再度紋章の光を以て狙い打ったものの、今度は掠りすらせずにかわした勢いそのままに踏み込み、再び斬りつけてくる。確実に斬り返しにくい位置を狙った的確な連撃が襲い来て、バランは無意識に間合いを取らんと下がる。

「イオラ」

 次の瞬間、少女が呪文を口ずさむと共に、籠手諸共傷ついた右手をかざしてバランを指差すように振るった。彼女の周りの空間がその手に吸い寄せられるような気の集まりが呼び起こされる。
 淡い光を帯びた指先が描く軌跡の内から、幾条もの光線が迸り、獲物を欲した蛇の如く狙い違わずバランへと飛来していく。

「無駄だ!呪文は私には効か……っ!!」

 追撃のつもりで放ったのか、迫り来る呪文の産物を見てもバランは動じずに紋章の光を再び浮かび上がらせて放とうとした。だが、イオラの光はバランが負った傷と右手に飛び込むようにして着弾し、その瞬間彼の苦悶の声が上がった。

「くっ……なんだと?」

 巻き上げられた砂塵を振り払いつつ現れたバランは、思わぬ痛手に驚きながらも冷静に少女に構え直していた。イオラの爆炎が触れた手甲や鎧の箇所に軽微ながらも熱と衝撃による破壊痕が残っている。
 再び無防備を晒してみようものならば、また同じような牽制を受けることになるだろう。

「おいおい、なんだよこりゃ……。あんなガキ、いや……女か?バラン様とああまでやり合うとかありえねえだろ……。」

 超竜軍団を、そして竜騎衆を統べるだけの実力を有するバランに対して攻勢を保っている。攻めにたやすく転じさせない立ち回りと判断力、そして敵手に匹敵するだけの技を有してこそ初めて成し得ることだった。
 それだけのものをあの少女が持っていると信じられず、ガルダンディーは何に対してとも知れぬ苛立ちと不安に駆られていた。

「……そうか、どうやらお前も我が戦いを見ていたと言うわけだな。」

 弱点を突くような戦い方から、バランはようやく少女が優位に立ち回っている一つの所以を見出すことができた。特殊な力の一つや二つを有した所で、たやすく追いつめられることなどない自負はあった。力ある者や武具があった所で、それ以上の力で迎え撃っていればなんら問題などない。

「闘気を使わずして私に戦いで傷を負わせようなど、お前もただの人間ではあるまい。」

 しかし、直に戦い方を見られて手の内を見透かされているとあれば、それは一転して脅威と成り得るものだった。その上に剣と呪文の腕前と、バランの強さの源たる紋章の力をも跳ね除ける何かを眼前の少女は持っているのは間違いない。
 これまでこちらに傷の一つもつけられないような取るに足らぬ相手と見てきた者に対して、バランはようやく脅威と認めるに至った。

「だが、私が如何なる存在か見ていたのであればわかるだろう。この私を本気にさせる力を持ったことが不幸だったな!!」

 侮ったまま倒せる相手でもないと見てか、バランの気迫は先の比でない程に膨れ上がっている。尋常ならざる殺気に中てられて、少女の視界が一瞬暗転する。

”ただ、すべてを……する、のみ”

 脳裏に記憶の断片が響きわたると共に、彼女の体中の血が不意に熱く煮えたぎり始める。

「それがお前の力の本質か!!」

 激しい剣戟と共に意識が現実に引き戻される。雷光を纏い全力で振りおろされたバランの大刀と、マホステの霧を束ねた破邪の剣がせめぎあっている。
 人ならざる生命体にして無類の達人たる男性と、未熟さを垣間見せる人間の少女では……

 その結果は火を見るよりも明らかだった。

 互いの全力を振り絞った一合により、破邪の剣が少女諸共弾かれて遠くに突き刺さり、彼女自身は大刀を受けた衝撃で地面を転がり、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

「……ほう、ギガブレイクを受けて尚息があろうとはな。やはり私の目も曇り始めているようだ。」

 うめき声を上げながらも、彼女は辛うじて生を留めていた。殺しきれなかった勢いにもまれるままに全身を強く打ちはしたものの、最後まで一太刀も浴びることはなかった。
 まだ見ぬ強者の存在を信じず頑なに小物と侮っていた己の未熟を知り、バランは自嘲的に笑みを浮かべていた。 

「……成る程、呪文を弾く結界のようなものなのだな。」

 大刀を収めて少女の元に歩み寄り、手のひらをかざすと共に回復呪文を唱えてみたが、その力たる暖かな光は紫の霧に絡め取られるなり消え失せていった。
 先の戦いの始めの時より立ちふさがり、苦戦を強いられる要素となったマホステの力に直に触れ、興味深く見つめている。

「さて、聞かせてもらうとしようか。お前が一体何者なのか、それに私との戦いを優位に運べた訳を洗いざらい、な。」

 倒れてはいるものの意識はまだ留めている少女に対し、バランは言葉を続け、尋ねていた。

「紋章の戦士……?同じ紋章を見たのか!?」

 それに対して、少女は即座に答えを返していた。
 ベンガーナ市街で見たあの少年もまた、同じ紋章を持つ戦士だった。その時に感じた雰囲気と戦い方からして、同じ力と技を持っているであろうことは想像がついていた。
 未熟さを見せるあの少年がそのまま成人した姿が、このバランという男であると思ったのは、後に偶然でないと知ることになる。

「やはり生きていたのだな、ディーノ!!」

 同じ紋章を操る戦士と聞けば、バランにとってその心当たりは絶対的な一つしかなかった。赤子の時に生き別れ、ダイという名の少年として生き延びて、今や立派な戦士……否、勇者として成長を遂げている。
 ただ一人の息子が生きていることを知り、バランは歓喜の声を上げていた。



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