2.見えざる畏怖3

 全てを破壊せんと欲する者の眼差しも勿論のこと、顔つきもどこか、あの超竜軍団長−バランに酷似していた。
 その少年に対して、本能的に体中が少女自身に警鐘を発していた。

「ライデイーン!!」 

 思わず身構えんとしたその瞬間、少年は何の前触れもなく高らかに呪文を唱え上げていた。

『ウギャッ!!』
「!!」

 次の瞬間、空から哨戒するように飛び回っていた白いドラゴンに向けて一筋の雷が落ちた。比類ない速さを見せたドラゴンでも、不意に飛来した天雷を避けることはかなわず、そのまま墜落していった。

「ああっ!?」

 先程まで恩人と共に戦ってくれていた者が、突如として現れた乱入者の手にかかったのを見て、メルルを始め助けられた者達は騒然となった。

『びりびり……グニャー……』

 雷撃をまともに受けて地面にも強打したものの、ドラゴンは辛うじて致命傷は免れていた。だが、雷のダメージと落下の衝撃で滑稽な有様で目を回しており、そのままぐったりと倒れ込んだ。

「ォオオオオオオオオオッ!!!」
「や、やめて!!その子は……っ!!」

 力尽きたドラゴンへと、少年は容赦なく止めを刺そうと一気に距離を詰めたのを見て、メルルは慌てて制止しようと叫んだ。
 が、それと同時に少女もまた、その少年に向けて手にした槍を投擲していた。ドラゴンへとドラゴンキラーを振りおろさんとしている少年めがけて投げつけていた。
 それに気づいた少年が反射的に跳躍してかわしつつ、その攻撃が交わさなければ確実に殺す気であった類のものと知った。
 
「おまえも魔王軍か!!」

 今の攻撃に込められた殺気により激怒したのか、少年はそのまま少女に向けて突進してきた。ドラゴンキラーを構えて、一心に貫かんと突きだしてくる。

「……っ!!!」

 だが、少女もまた、それ以上の怒気を露わにバトルアックスを大上段に振り上げつつ踊りかかっていた。力強く振り下ろされる一撃がまずドラゴンキラーの手甲を砕き割り、突きの勢いを完全に殺していた。

「く……!!?」

 竜達の殺戮者であろうと最早関係なく打ち砕かんとする殺気を前に圧倒されて、後じさった所を少女の戦斧による斬り返しが襲いかかる。
 友を害そうとしたことに対する憤怒が乗せられていたのか、その一撃もまた、少年の纏う騎士の鎧と、額に頂く冠を真下から真っ二つに斬り裂いていた。

「ダ、ダイくん!!」
「あの紋章を出したダイを斬りやがった……?」

 奥から駆けつけてくる仲間・オークションの折りにも見かけた身なりのよさそうな少女と、バンダナを巻いた緑の魔法使いらしき少年が、彼−ダイの元に駆けつける。

「ポップくん……あいつは……」
「……ありゃあ敵、なのか?姫さん。」

 倒れているドラゴンをかばうようにして仲間に対して武器を向けている騎士の姿を見て、ポップと呼ばれた魔法使いと姫は互いに怪訝そうに顔を見合わせていた。

「ベギラマー!!」

 剣では不利と見たのか、ダイは一度距離をとってから、呪文を放っていた。まともには防ぎようのない光の濁流が大気を焦がしながら少女を襲う。

「マホステ」

 しかし、少女は慌てることなく小さく呪文を口ずさんだ。発生した紫のオーラが彼女の体を包み、触れた先から焦熱の奔流を打ち消していく。

「ベギラマが!?」
「呪文が消えただと!?」

 マホステの力を初めて目にしたのか、姫とポップは思わず驚愕の声をあげていた。それを横目に、ダイと少女は互いの武器を構えて、尚も戦おうとしていた。

「やめなさい!あなた、勇者に刃を向けてることを分からないの!?」

 そのとき、姫の警告が少女へと投げかけられた。確かにこれだけの超常的な力を以てすれば、勇者の名を欲しいままにできるだろう。
 だが、大切な友人を傷つけて尚殺めようとしている者達を信用することなど全く以てできなかった。

「……何? まさかあなた、本当にこのドラゴン達を……?」
「違います! この人達は私達を守って下さったのですよ!だから、あなた方こそ剣を引いてください!!」
「!」

 冷たい視線を返す少女を見て、姫は不満げに顔をしかめた後、それが指し示しうる事実が脳裏に浮かび、思わず言葉に出していた。
 だが、それを聞き咎めたメルルが怒りを露わに姫の言葉に反論していた。助けてくれた者達がいきなり襲われてかつ悪者扱いされていては黙ってはいられない。
 ダイはその言葉を聞いて我に返ったように顔を上げながら、ドラゴンキラーを解いていた。いつしか額にあった紋章も消え、険しかった顔つきも先に見せた人なつこさを帯びた少年のものへと早変わりしていた。

「ダ、ダイ!! だ、大丈夫か!?」
「う、うん……でも…………」

 互いに構えを解いて程なく、ポップと呼ばれた魔法使いが、ダイの元へと駆け寄っていた。鎧と兜を丸ごと断ち切られたが、傷は深くはない。友情の厚さ故のポップの心配も杞憂に終わっていた。

「なん、で、みんなそんな目で、おれを……」

 だが、先の少女よりも遙かに人間離れした戦い方をしてしまったからか、人々がダイを見る目は酷い怯えに満ちたものだった。それを受けて、あどけない少年相応の心を大きく揺るがされているように見受けられた。

「な、なあ……あんた、一体何者なんだよ……。紋章を出したダイにまともなダメージを与えたのは、あんたが初めてだぜ……?」

 一方のバトルアックスを収める少女に対しても、ポップは恐る恐る尋ねていた。
 ポップはこれまで、ダイが先程見せたような鬼神の如き戦いぶりを側で見てきた。紋章が発現したその瞬間から爆発的な攻撃力で強敵達を打ち倒し、何よりもあらゆる敵の−それこそ少女を遙かに凌ぐ剛力の士の攻撃でさえもはねのけてきた。
 だが、彼女はダイの攻撃をいなしたばかりか、その常軌を逸した守護すらも打ち破ってみせた。それこそ、単純な剣技の差だけで現れるものではないと、彼の直感が訴えていた。

「あの紋章……そうじゃ、間違いない!」
「おばあ、様……?」

 ふと、ダイは民衆の中で何か確信を得たような老婆の声を聞き、そちらに向きなおっていた。

「おれの、紋章になにか……?」

 喚き立てるナバラの言葉が気になって、ダイは彼女にその結論を促していた。周囲から注がれる畏怖の視線への違和感。まるで自分が人間ではないように見られている感覚だった。

「それは……天からの使者、”ドラゴンの騎士”様の紋章に相違ない!!」
「……!」

 ナバラが高々と宣言したその正体を聞き、この場にいる者達の殆どがざわめき始めていた。その伝説を知る者こそ、それこそ一握りすらいないとしても、ダイがそのドラゴンの騎士と言うのであれば、通常の人間とは大きく異なるものであるというのは間違いないと確信させられる。 

「ドラゴンの騎士……か。……おれは、一体何者、なんだろうな。」

 己に秘められた潜在能力の秘密が、本質的に人間と異なる。そう聞かされたことで、改めてダイは深い苦悩へと落ちていた。
 人間でないと言うのであれば、果たして人間のために戦い続けることはできるだろうか。そう考えると、恐怖に怯えていた人々が先程まで賞賛していたあの少女が、羨ましくも思えてきた。

 いつしかその少女の姿は、ドラゴンと共にいずこかへと消え去っていた。
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