第五話 裏切り(後編)
キィン!
 しかし、剣が竜の心臓を貫く事は無く、切っ先が刃こぼれした。
「…何て硬さなの…!?」
 攻撃される前に素早く間合いをきりながら、ミネアは再び剣を構えた。黒竜は特に何をする訳でも無く、ただ二人を鋭い眼光で見続けている…。
「…?」
 構えこそ解かなかったものの、ミネアは違和感を感じて…戸惑った。
「……敵意は…無いのですか…?」
「…へ?」
 共食いをしていたものと思っていたマーニャには意外な言葉だった。
グルゥ………
「あなたは一体…?」
 竜はただじっと二人を見ている…。その手には僅かな輝きを湛えている鏡があった。
「!…それは………」
 ミネアが全てを語り終える前に鏡が輝いて、再び光を撒き散らした。
「…きゃ…!」
 あまりの眩さに、二人は手で目を覆った。
「ラーの鏡……?何故あなたがそれを…」
 黒竜の代わりに二人の前に現れたのは、緑色の髪を持つ、自分達が勇者と呼ぶ者だった。
「……て事は…本物…??」
 ラーの鏡の名前は…ある種の職業の者…占い師ならばそれを代名詞にした店を持つ程の知名度のものであった。ミネアの姉であるマーニャもまた、ラーの鏡の代名詞…"真実の宝鏡"の名を耳にしていたので…思わずそう言葉が漏れた。
「じゃあさっきのはドラゴラム?…違うって…じゃあ何?……ええっ!?モシャス!?マジ!?」
 モシャス…扱いの難しい高度な呪文…と言うよりかなり特異な類の呪文に当たる為、習得したいという者が珍しいと言われる呪文である。
「…勇者様、服が少し焦げてますけど…どうなさったのですか?」
 言われて指差された所を改めた。袖が少し焦げている…。
「あ…あははは…ゴメンね。ホントに魔物だと思ってたから…。…え?キミもあたし達の偽者に?」
「あ…私も襲われました…。でも…今度のは姉さんだって一目で…。勇者様も見抜かれた様ですね。」
「う゛…!!気付いてなかったのって…あたしだけ…!?」
 ミネアの人を見る目と、青年が持つラーの鏡に対して、マーニャには手がかりとなりうる物が特に無かったため…魔物の正体を見破る事が出来なかったようだ。
「と言うか勇者クン!キミ、あたしにまでモシャスかけたでしょ!!しかもよりによってメタルスライムに!!」
「ええっ!?な…何でその様な……え?その方が逃げやすかったって?…そ…そうですか…。」
「…ああ、そういう事。…でもだからって…スライムなんかに変えるの止めてくれない?どうせなら…」
 不満そうに頬を膨らませるマーニャと複雑な気持ちのミネア…。だが、二人の顔からは既に疑いの心等微塵も感じられなかった。
―無表情で行動も分からないし……何を考えているのかまるで読めないケド…ぜんぶあたし達を思っての事なのよね。
―…今では…占いの事なんか関係無く…信じられる…。
 二人の少女は…この得体が知れずとも自分達を最後まで信じ切ったこの青年ならば…と確信に似たような気持ちを抱いた。彼本人がどう思っているのかを知る由等無く…。 
(第五話 裏切り(後編) 完)