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5.忘失の内に4

 胸が疼くような痛みと共に目を覚ますと、白い雲に覆われた蒼い空が視界に入ってくる。先程まで囚われていた魔界とは明らかに違う地上の空。どうやらあの不安定な旅の扉の空間から抜け出て、地上に戻ることは出来たらしい。
 ふと、口の中に広がる血の味を怪訝に感じると共に、あの異空間の中で最後に飛んできた黒い閃光らしきものが胸を貫いたことを思い返して調べてみると、その部位の衣が破けて赤く血に滲んだ肌が露わになっていた。

「ホイミ」

 背中にまで突き抜ける程の衝撃であったにも関わらず、傷を負ったのはあくまで表層に留まっている。無防備の中で受けた痛恨の一撃であるにも関わらず、ホイミで塞がる程度のかすり傷で済んでいた。
 あの一撃を受ける直前、これまでまみえたことのない程の強烈な重圧と共にその主たる者の気配を感じ取っていた。不用意に撃ち込まれた光の矢に怒り放たれたそれは、自分程度の小娘一人を跡形もなく消し飛ばすのも造作もないと確信して発動されたものと身を以て実感できた。
 そのような力を持つ者から殺されようとして尚も生き延びて逃れられたとなると、己の妙な悪運の強さを再認識することができた。これもあの研究室で語られていた、文字通り”悪魔”の力によるものだろうか。
 複雑な心境の整理に努めんとこれまでの状況を振り返り物思いに耽っていると、不意に巨大な影が横切ると共に凄まじい強風が少女の体に吹き付けた。


「バカな奴だぜ。いつまでも居場所がバレないとでも思ったかよ?」


 すかさず飛び起きて折れた剣を構えると共に、上空から小馬鹿にしたようなけたたましい声が浴びせかけられる。そこには、リントブルムと呼ばれる蝙蝠のような細身の飛竜に跨った一体の鳥人・ホークマンの姿があった。

「魔法力の気配……くくく、さてはルーラにでも失敗したようだな。」
「どうせこいつも力に自惚れた異界人の類だろ。だったらさっさと始末しちまおうぜ。」
「フン……こんな掃除屋の様な真似をいつまで続けてれば良いのだかな。」

 それに呼び寄せられたのか、続々と近くに何人かの魔族とおぼしき者達が現れてきた。漆黒の司祭の衣に身を包んだ骨と化した男や、炎と氷を肌に帯びた魔界の武闘家、頭蓋骨を思わせるような風貌の巨大な白色鎧の魔物、牛頭を持つ巨漢の戦士、薔薇を思わせる衣装を纏う緑髪の女魔族、そして一番後ろに控える豪奢なマントに身を包んだ司令らしい大男といった顔ぶれだった。
 少女の姿を見ての反応は十人十色ではあったが、いずれも蔑みながら異界の者達を葬ってきた者と窺い知れた。今もまた、迷い込んできた少女を退屈な様子で眺めている。

「そうねえ、よく見たら随分可愛い子じゃないの。退屈しのぎも兼ねて、たっぷり痛めつけてあげるわ。アナタ達にとっても、良い余興でしょう?」
「そうだな。他の人間どもへの見せしめとして、せいぜい惨たらしく処刑してやろうではないか。」

 嗜虐的な視線を向けながら、女魔族が後ろに控える司令をはじめ、同僚の男達に得意げに申し出ていた。残忍な心をくすぐられる余興に、皆が下卑じみた笑みを浮かべて頷き、司令の男も異論を挟むことはなかった。
 一斉に向けられる狂喜を帯びた殺気に面して、少女は孤立無援の危機への焦燥を禁じ得なかった。満足な武器も防具もないまま、ただ一人でこの数を相手に出来る道理はない。

「デスカールよ。」
「承知致しました、ガルヴァス様。」

 それでも足掻こうと破邪の剣を構えたその時、司令の男・ガルヴァスにデスカールと呼ばれた骸骨の神官が両手を少女に向けてくると共に、骨に何か撃ち込まれると共に浮き上がるような感覚に襲われる。気付いた時には彼の十指から出た無数の糸のようなものが、少女に絡みついていた。

「我が暗黒闘気による闘魔傀儡掌だ。もう貴様は逃げられんぞ。」
「せいぜい良い声で泣き叫びなさい、キャハハハ!!」

 闘魔傀儡掌。暗黒闘気と呼ばれる力を糸状に収束して敵を絡め取る、その道の奥義の一つだった。捕らえた相手を操るばかりか、使い手の暗黒闘気の技量次第ではそのまま引きちぎることすらできる。
 蜘蛛の巣に囚われたように見事に囚われた少女の様子を見て歓喜しながら、女魔族は手にした茨の鞭を勢い良く振るった。一度大きくしなると共に、疾風の如く少女の体へと牙を剥く。

「!」

 だが、その鞭は打ち据えようとする直前に少女の折れた剣に捌かれて、更にその場から一歩引いたことで僅かに掠めるに留まっていた。いつしかデスカールの放った暗黒闘気の糸は残らず断ち切られて、虚空へと消え失せている。

「闘魔傀儡掌が効かないだと!? だが……何故避けん!?」

 一度は捕らえたはずの少女が術中から逃れたのを見ても驚愕したが、敢えて回避に徹しないことを強く訝んで様子を窺う。剣で鞭を打ち払い傷を負ったにも関わらず、その意識は別のところに向けられている。

「呪文……!?」

 いつしかその右手には、解き放たれるのを待つばかりのイオラの力が押し込められ、それを更にイオラの呪文により収束している。

「しまっ……!」

 二重に施された呪文により形成された、上級呪文の域に収まらない強大な力を前に気圧されて、魔族達の反応が一瞬遅れた。それを危ぶんだ時には既に遅く、少女が手を振るうと共に呪文が解き放たれ、無数の光の矢が雨の如くばらまかれた。

「バカな、これがイオラなのか……!!」
「目眩ましか、小癪な……!」
「うおっ!? こっちにも……!!」

 次々と突き刺さると共に小さな爆発を無数に起こし、光と粉塵で視界が覆われる。魔族達にも幾つも射かけられたが、上級呪文程度をわけなく捌けぬはずもなく、大した手傷を負うことはなかった。


「どこに消えた!?」
「ベグロム、分かるか!?」
「くそっ、完全に見失った!! 最初からそれが狙いか!!」

 上空を舞うドラゴンライダーのホークマン・ベグロムにも幾つか光の矢が飛び、あわやというところでかわしていたが、他の六人同様に完全に少女の姿を見失っていた。
 今も泡の如く発生し続けている爆発により巻き起こされた土煙からも出てくる気配がなく、上空からでも位置を掴めない。

「バイキルト」
「!」

 狙いが攪乱にあると分かっていても何も出来ずに二の足を踏んでいる最中、突如として爆発の中から少女が呪文を唱える声が聞こえてきた。

「ぎ……ぁあ……っ!?」

 思わずそちらを振り返ると、剣の切っ先が女魔族の心臓目がけて飛来し、そのまま貫いていた。その刀身に生来宿っていた閃熱の力が発現し、女の体を内側から焼き尽くし、瞬く間に灰塵へと帰して絶命させていた。

「メネロ!! ……っ!!」
「ぬっ!?」

 仲間の断末魔の悲鳴を聞きつけて憤りを覚えるのも束の間、間髪入れずに飛んできた何かが再び全員へと襲い来る。武器で受け止める金属音が二つ同時に鳴り響き、遅れてかわす足音や相殺の音が爆音に紛れて聞こえてくる。

「闘気の斬撃か!!」
「そこだ!!」
「待て! 迂闊に動くな!!」

 近くにいると察した二つの声が、すかさず今の奇襲が放たれた根元を察して同時に動き始める。ガルヴァスが制止の令を発した時には既に遅く、大小二つの足音が一斉にその一点へと殺到していた。

「今更そのような技が効くか!! くたばれ、小娘が!!」
 
 巨漢の牛人に向けて再び形なき飛ぶ斬撃が牙を剥くも、先の一合で取るに足らないものと知ってしまった以上、歯牙にもかけずに斧で粉砕し、そのままもう片手にもった槍を自ら飛び込んできた影に向けて勢いよく突き刺した。

「ぎゃあああああああ!!」
「……っ!? ブレーガン!!?」

 しかし、それが貫いたのは、味方のはずの魔界の武闘家・ブレーガンだった。どうやら少女に投げ飛ばされて同士討ちを誘われて、まんまと乗せられてしまったらしい。

「おのれぇっ!! 貴様如き軟弱者に!!」

 自分を一歩も退かせる力もない分際で、魔界の武闘家と名高いブレーガンに遅れを取らせる様にますますいきり立ちながら、牛人は今度こそ本物の敵を見い出して斬りかかっていた。
 仲間二人を失った怒りを乗せられた猛攻を凌ぐに、折れた剣と少女の体格をバイキルト程度では補えず、ひたすらに追い込まれていく。一度は振るわれる斧と槍をくぐり抜けて一太刀を浴びせるも、重厚な鎧と頑健な皮膚に守られ致命傷には至らない。

「逃がすかよ!!」

 横薙ぎに放たれた戦斧を跳躍してかわした所で、上方からベグロムのリントブルムが急襲をかけてきた。目にも留まらぬ速さで迫る彼らに、呆気ないまでに叩き落とされる。

「ダブルドーラ! てめえの出番だ!」
「よーし、そのまま押さえ込め! もう小細工を使わせる暇を与えるな!」

 その場で仕留められずに舌打ちしながらも、ベグロムはすぐにその近くの仲間に呼びかけて、ガルヴァスもそれを後押しするように命じていた。煙幕の外に弾きだされた少女の眼前に立つ甲冑の魔物・ダブルドーラが盾状の腕を前面に押し出し突進してくる。とっさにかわそうと試みるも、不意に足から力が抜けて、そのまま正面からの衝突は避けられなかった。体当たりをまともに受けて、少女の手から破邪の剣がこぼれ落ちる。

「当たりどころがよかったか、悪運の強い奴よ。だが、これまでのようだな。」

 幸運に助けられたか、少女は思いの外痛手を負うこともなく、よろめきながらもすぐに立ち上がっていた。だが、近くに落ちている破邪の剣の半ばまで残っていた刃も完全に砕け折れ、最早彼女に武器はない。
 嘲る司令らの方に向き直り睨みつけながらも、少女はこの上なく追い込まれた状況に焦りを隠せずにいた。

「馬鹿め、どこを見ている!」
「ダブルドーラ、やっちま……お、おい?」

 先程まで追いつめられていた敵に背を向けた愚を冒した少女に、侮蔑の言葉を表したその瞬間、魔族達はようやくその仲間の異変に気づいた。呼びかけにも答えずに、ただ物言わぬ人形の如く、体当たりをした体勢のまま動かずにいた。

「ダ、ダブルドーラ!?」

 程なくして体勢を崩して転倒すると共に、その鎧の体がもげ落ちていく。そのまま瓦解して、二度と動くことはなかった。

「あの折れたなまくらでダブルドーラの鎧を斬っただと……? デッドアーマーと同じ魔装鋼を、ただの剣で斬ったというのか。」
「暗黒闘気が完全に消えている……一体何をした?」

 体躯も体の硬度も上回っている以上、まともに戦えばダブルドーラが敗れる要素は皆無のはずだった。その予想に反して、鎧は盾ごと大きく引き裂かれ、露出した中枢に氷を帯びた破邪の剣の刃が食い込んでいる。材質に劣る武器であたかも紙の如く引き裂いていることを目の当たりにして尚、彼らは己の目を疑うしかなかった。
 ダブルドーラと言う魔物となしていた根源の力たる暗黒闘気の残滓の一つも感じられず、そこにはただ霜の張り付いた鎧の残骸だけが転がっているだけだった。急所を捉えられただけに留まらず、完全に暗黒闘気の弱点を突かれて滅却されていると知らしめてくる。

「氷の、魔法力……?」

 立て続けに仲間を倒されて、流石に警戒せざるを得ずに少女へと身構える中で、魔族達は彼女の周りに起こっている異変を目の当たりにしていた。
 度重なる攻撃と己の放った爆炎により、身に纏った外套は所々破れて土にまみれた満身創痍の体が露わになっている。その体から、周囲の空気を凍てつかせる流れが際限なく湧きだしている。極大呪文級のそれに匹敵する氷の魔法力が、制御されることすらなく無秩序にまき散らされていた。

「全て捨て身の技か、悪あがきをしおって!!」

 その己にも御せぬ所業を見て、ようやくガルヴァスは少女の魂胆を知ることとなった。二重のイオラにより張られた煙幕に自ら飛び込むことから初め、一つ間違えれば自滅を招く行動の数々。それこそが、分断した戦力を確実に殺ぐための捨て身の攻勢であり、今も噴き出し続ける魔法力からも窺い知ることができた。
 数と力、場数によって生まれた慢心から醒める間も与えずに、出来るだけ多くの敵を抹殺しようとした結果、七人のうちの三人を倒すこととなった。残った相手の憤怒と殺気を身に浴びながら、少女はよろめく体を起こしつつ、イオラの呪文を唱えた。
 彼女の周囲を舞う氷の魔法力を吸い込んだ幾つもの光の矢が、残りの四人に向けて一斉に放たれる。

「ぐっ……! 俺のザンバーアックスが……!」

 牛頭の武人に向けて飛んだそれは、身を固める鎧ととっさに構えた手槍へと突き刺さった。押し固めれた魔法力が小さく爆ぜると共に引き起こされる極寒の冷気に晒された部位から凍てつき、音もなく崩れ落ちていた。
 愛用する武器・ザンバーアックスの片割れたる手槍と鎧を一度に失うも、堅牢な毛皮に覆われた体にまではさして応えず、忌々しげに少女を睨みつけている。

「けっ、リントブルムの速さをなめてんじゃねえぜ!」

 ベグロムを乗せたリントブルムは、追尾してくる光の矢を宙返りしてかわし、取りこぼしたものはベグロム自身が放った闘気の斬撃により撃墜されていた。本質が最初の呪文と変わらない以上、対処できると分かれば造作もないことだった。

「ふん、所詮はその程度か。」

 残りの力も最早底が知れているのか、尽く防ぎ切られていた。遠距離からの呪文による戦いに持ち込むには、少女は余りにも非力だった。

「その最後の望みも断ち切ってやろう。我が五指爆炎弾、フィンガー・フレア・ボムズでな!!」

 武器を失った今、尚も同じ呪文に己の命運を賭けるしかない彼女を嘲笑いながら、デスカールは再び飛来してくる光の矢雨に向けて右手をかざしていた。骨がむき出しとなったその指先に魔法力が集い始める。

「メ・ラ・ゾ・ー・マ……!」

 呪文が一音ずつ唱えられる毎に、一つ一つの指に凝集された火の玉が渦巻き始める。やがて、火炎の最上位の呪文たるメラゾーマの凄まじい炎が、五指の先にそれぞれ爛々と燃え盛っていた。

「フィンガー・フレア・ボムズ!!」

 そしてそれらは高らかに唱え上げられると共に解き放たれ、それぞれが最上位の火炎呪文・メラゾーマとなって少女に向けて殺到した。
 彼女が放った冷気を封じた光の矢が、五つの大火球に幾つも突き刺さると共に、反発と爆発により内側から切り崩していく。四散したメラゾーマの炎が不毛の大地の随所へと散らばり火の海と化していく中で、少女に向かう呪文は辛うじてながら全て相殺するに至っていた。そして残りの光がデスカールへと牙を剥く。

「それが貴様の限界だ!!」
「!!」

 だが、その一瞬の安堵を見せた瞬間、デスカールがすぐに左手を構えつつ哄笑を上げると共に、ようやくしのいだばかりの大火球の奥義が再び放たれた。
 遮るように放たれた炎によりデスカールに向かうイオラの光は全てかき消され、残りも一つを砕くのが精一杯で、三つの火球が少女へと飛来する。渦巻く氷の力が二つの炎の巨塊と互いに喰らい合い、共に打ち消されていく。炎の残滓が少女の肌を焦がした瞬間、最後の一つが地面で砕けて巨大な火柱と化して呑み込んでいた。

「ぬ!? なんだあれは!?」
「くくく、それが切り札か?」

 天を衝くようにして炎が消えゆく後に立ち上る紫の霧。これまで目にしたこともないような現象を前に驚く牛人に対し、デスカールは納得がいった様子で不敵に笑っていた。
 この世界に本来存在し得ず、その知名度も無きに等しいマホステの呪文だったが、その効果を目の当たりにして浮かぶ疑問。イオラによる煙幕の中に危険を省みず飛び込んだ時点で何故使わなかったのか。
 本来埋めようの無い戦力差を埋めるためには、己の状態をも省みずに勝機を少しでも生かすように立ち回らなければならない。身を守るよりも、奇襲の起点として最後まで手の内を隠して来たと看破して、その思惑が徒労に終わったことを心底滑稽に思わずにはいられなかった。

「非力な人間の小娘の分際でよくも我らの部隊に恥をかかせてくれたな。」
「どういたぶってやりましょうかね?」

 最後まで隠し通していたのが仇となりマホステの防御が間に合わず、メラゾーマをまともに受けて倒れている少女に、四人の魔族が一様に下卑じみた笑みを浮かべながら近づいてくる。
 もはやこれ以上あらがう手段がない以上、彼女に残されているのは女であるが故の無力さと弱味だけだった。古今東西において女たる者に定められた運命、もって生まれた資質故に持つ魅力。それを欲しいがままにする人も魔族も問わないその業の犠牲となる娘達は必ず存在している。
 今もまた、自分がその立場に置かれて、慰み者の生け贄とされようとしていることを悟り、少女は心底の嫌悪感とそれを上回る恐怖を覚えていた。

「まだ立つか。……くくく、もう魔法力も残っておらんだろうに何ができる。」

 その身に纏う黒い布切れと最後の魔法力で編み出したマホステの霧。今の少女を守るのはそれらが全てであり、武器すら無い中では最早意味をなさないものだった。
 それでも尚立ち上がり、少女は大きく息を吸い込みながらその手を口元へと運ぶ。追い詰め切ったと確信したその一瞬の油断を逃さずに、吸い込んだ息を以て大空に響きわたる程の澄み渡る音を奏でていた。
 少女の友にして騎竜たる白竜イースを呼び出すための号令たる指笛。それが届かぬと分かっていても、最早彼女に残された希望はこれしかなかった。

「口笛……愚かな。この死の大地の近くに貴様の下僕などいるはずが無かろう。」

 少女の放った口笛の音は、ただ空しく消え逝くだけで何者もこの場に呼び寄せることは叶わなかった。恐怖に駆られて無駄な足掻きを見せた少女に対し、嘲りの声が次々と上がる。

「ザングレイ、そのまま押さえていろ。」
「御意。」

 逃れる間もなく、牛人、ザングレイと呼ばれた男が羽交い締めにしてきた。必死に振り払おうとするも体が引きちぎられる程の力で掴まれて、激痛のあまり悲鳴を上げた。
 身動きすら取れなくなり、これから待ち受けるおぞましき結末が脳裏を過ぎり少女の心に深い絶望が込み上げ始める。恐怖心を押さえつけていた闘志が揺らぎ、今にも泣き叫びたくなる程に怯え切っていた。

「生ける屍となり、永劫の苦しみを味わうがよい。暗黒闘気脱魂魔術!!」

 最初から逃げることも叶わず、戦っても一分の勝機すらない。抗った先に待ち受けた絶望に打ちひしがれている少女の胸元に、デスカールの指先から伸びた暗黒闘気の糸が突き刺さり、心臓を鷲掴みにするかの如く絡みつく。
 体から引き剥がされる感覚と共に全身が八つ裂きにされるような激痛が再び少女に襲いかかってきた。

「メネロよ、お前がいればさぞかし狂喜しただろうに、残念だ。」
「自惚れ腐った異界人の末路はやっぱこうでなきゃな。」

 その体のどこから出ているのか分からぬ程の断末魔の慟哭を上げる少女を、魔族達はこの上なく満悦した様子で眺めていた。

「くくく、どうした? 先程のように振り解けぬのか? 人間如きにはやはり過ぎた力ではないか。」

 あたかも歌声に聞き入るかのような彼らに応えるように術の手を強めながらも、デスカールは油断なく少女の様子を見抜いていた。暗黒闘気による技が尽く打ち消されていたはずが、今は為す術もなく絡め取られている。

「終わりだ、小娘!」

 その特異性は暗黒闘気に対して相性こそ良いものの決して無敵ではないと知り、今度こそ彼女が抵抗できない状態にあると確信していた。後は、絡め取った魂をその体から断ち切った上で砕き、完全に息の根を止めるだけだった。
 暗黒闘気の糸が更に最奥にまで突き刺さると共に、少女に加わる激痛は更に増していく。個の中核を成す魂そのものに引かれて、彼女の根元を形作る意識と魔法力も併せて吸い出されようとしていた。

《私を呼び覚ます者は誰だ?》
「!?」

 激痛に苛まれる意識の中で、おぞましい声が少女の元に届いた。いずれで耳にしたか、その呼び声に覚えがあると感じるのも束の間、抜き取られんとする魂の内側から凄まじい暴風が迸り、辺りに燃え盛る炎も、魔族達も、全て吹き払った。



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