最初の出会い 第二話
「こちらです。レフィルどの」

 レフィルは兵士に案内されるままに、黙って足を進めていた。

―…いい中庭だな。
 
 ロマリア城の内部に咲き誇る色とりどりの花々が目をひきつける。人の手により、良く手入れを施され、整えられた中庭は、まさしく一つの大きな芸術品と称せるものであった。
「……。」
 随所で、質素な作業着を着ている庭師達が庭の手入れをしている。その姿はさながら御伽噺に登場する働き者の小人達のようであった。

「よくぞ来た!勇者オルテガのうわさは聞き及んでおるぞ!」

 そうして中庭を眺めながら足を進めていると、いつしか謁見の間へ続く階段へと差し掛かった。そこに、ロマリアを統治する使命を担う男、ロマリア国王が直々に出迎える様が見えた。


「…歌…?」
 目覚めたレフィルが真っ先に感じたものは、遠くから聞こえてくる歌声であった。
―わたしは…生きて…?
 朝の光が差し込む石壁作りの小さな部屋のベッドの上に、レフィルは横たえられていた。
「…ここは?」
 一体あの後どうやって助けられたのか。そして、ここはどこなのか。レフィルは柔らかなベッドの内に沈み込む体へと力を込めて起き上がろうとした。

「…っ…!?」

 しかし、その瞬間にベッドへと押しつけた左腕が悲鳴を上げて、その激痛にたまらずレフィルは表情を苦悶にゆがめた。
「…痛……」
 いつしか着せられていた、白くゆるやかな絹のローブの袖をめくると、露わになった左腕がその姿を現した。
「………。」
 それは、レフィルの想像を絶するものであった。炎をまともに受けたことによる大火傷の跡…包帯が巻かれた上腕は酷く腫れて一回り重く感じさせられ、隙間からは烙印の如く柔肌に深く刻み込まれた傷跡が根深く残っていた。
「…生きて…いるんだ…。」
―…ああしなきゃ死んでた…それでも……。
 黒衣の魔道士を焼き払った左手の炎と最後の一人を斬り捨てた右手の剣のそれぞれの感触が酷く脳裏に焼きついている。
―嫌……。
 追い込まれた中で解放された暗き闇のような感情。それに飲み込まれるままに力を振るって躊躇いなく命を奪ったことで、自分が置かれている今と先行きが分からなくなり、レフィルは痛む左腕を押さえながら人知れず涙を零していた。



「レフィル、と申したな。」

 レフィルが目覚めたことが王に知れると、彼女はすぐに王に呼び出され、謁見の間へと赴くことになった。
「アリアハンよりはるばるお越しになったとか。美しくて良い国と聞いておりますわ。」
 上座には二つの玉座が並んでいる。その内の左に王の娘―王女が座り、王は右の玉座へと腰を下ろしていた。
「………。」
 王女から掛けられた言葉を聞いて何を思ったか、レフィルはただ黙ってうつむいていた。
「うむ。誘いの洞窟をたった一人で抜けてこようとはな。さすがは勇者オルテガの息子、いや…娘であったか。」
 ロマリアでは、英雄オルテガの子は息子であると伝わっているらしい。しかし、王の目前にいる若者は、明らかにそうではなかった。
―…”息子”…か…。
 父オルテガをはじめ、名だたる英雄は全て男性と言っても過言ではなく、アリアハンの新たな勇者もまた、そう期待されているのは疑いようもない。そのような中で、自分は間違いなく特異な存在であることだろう。

「怖れながら王様、彼女がオルテガ殿の御子であるという確証は??」

 ふと、王の側に控える、豪奢な貴族服に身を包んだ険しい表情の壮年の男が、王へとそう進言した。
「…やーれやれ。大臣よ。そのような細かいことを逐一気にしていては、すぐに老け込むぞ。」
 すると、王は先程までの威厳はどこへやら、軽い調子でそう返答した。
―王様…?
 今の彼には王者の風格はまるで感じられない。厳格な大臣とは対照的に比較的寛容な人格であることは分かったが、レフィルにはそのやり取りがどうも腑に落ちなかった。
「…いいでしょう。信じることにいたしましょう。ならば、なおさらそのお手並みを拝見しておかねばなりますまい。」
「むぅ…まぁたまどろっこしいことを。既にアリアハンで勇者と認められておろうに。それではいかんのか?」
 客人の前であるにも関わらず、王と大臣は二人で勝手に話を進めていた。王の理屈もいまひとつ足りていないとは自然に感じられるが、大臣もまた強引な論法を持ち出していると思わざるを得ない。
「丁度、わが国宝”金の冠”がカンダタ盗賊団に盗まれたところでしょう。レフィル殿ならばあるいは…」
「フゥ…、また余計な仕事を勝手に増やしおって。第一金の冠など、もはや単なるガラクタでしかなかろうて。ならば、むしろ好都合では…」
「…王様ッ!!」
 話の途中でとんでもないことを言い出した王に、大臣は我を忘れて思わず大声でそう怒鳴っていた。国宝をガラクタ呼ばわりしたり、その盗難への対処を面倒事扱いしたり、どうにもこの王の感性は常人と大きくずれているらしい。
「わかったわかった…だからいつも耳元で騒ぐなと言うに。…まぁ、他に示す術もないからの。」
「では、よろしいのですね。」
 話がまとまったのか、王と大臣はようやく目前に控えるレフィルへと向き直った。

「…というワケじゃ。引き受けてくれるかの…?」

 至極気の進まない様子で、王はレフィルへとそう尋ねた。しかし、そもそも彼女にそれを断わる権限など無いに等しかった。


―相手は義賊と名高いカンダタ盗賊団とはいえ、くれぐれも無茶はせぬようにな。
―戦果をご期待しておりますぞ!見事金の冠を取り返し、ロマリアへと持ち帰って下され!!


 カンダタ盗賊団

 怪盗カンダタを首領とする窃盗集団。
 ロマリア北西のシャンパーニの塔に住みついているとの情報がある。


―ロマリアの騎士団でも…だめだったんだよね…。
 城内で聞き込みを続けている内に耳にした一つの話。金の冠が奪われてすぐに、ロマリア騎士団がシャンパーニの塔へと派遣された。しかし、彼らが金の冠を取り返すことは叶わなかった。
―悪い人じゃ…ないみたいだけど…
 確かに騎士達はカンダタ盗賊団にあえなく倒された。だが、奇妙なことにカンダタは誰一人として殺すことはなく、結果、騎士団は全員が生きて帰されたのだ。それを聞く限りでは、かの盗賊団が噂に違わぬ義賊気質の集まりであると読み取れるが、逆に彼らが本当の意味での実力を有していることも表わしている。そのような者達を相手に、果たして一人で何ができるだろうか。

「ここか…。」

 物思いに耽りながら歩みを進めている内に、レフィルは薄汚れた階段の前へとたどりついた。
―わたしを助けてくれた人が…ここに…
 そこは、ロマリア城の左の塔にある、監獄への入り口であった。階段の前には槍を手にした番人が二人立っている。

「何用だ!ここは牢獄、早々に立ち去られよ!!」

 更に足を進めようとすると、彼らはそれぞれの槍を交差して、道を塞いでいた。
「…待てよ?この出で立ち…」
「どうした?」
 ふと、その内の一人が、レフィルの姿を見て何を思い出したか、首を傾げていた。

「……失礼ながら、貴女はアリアハンのレフィル殿では?」

 アリアハンの勇者―レフィルが入城したことは兵士達の間に知れ渡っていた。しかし、瀕死の重傷を負って運び込まれた中では、その姿を見た者は少ない。
「と…とんだご無礼を…!!」
 そのような中で自分のことを知らずとも無理もない。レフィルはひれ伏した番人をただ黙って見下ろしていた。
「大変失礼しました。ですが、ここは牢獄。みだりに立ち入りを許される場所ではありません。」
 もう一人も無礼を詫びたものの、自らの本分は見失わず、道を開けようとはしなかった。

「…通してください。」

 そんな彼らの意図を察していないのか、レフィルは牢獄の入り口へと進もうとしていた。
「で…ですがレフィル殿…」
 牢を守る身として、客人といえどもここを通すわけにはいかない。そもそも彼らに来訪者を決める権限はなかった。

「いいから…通して…。」

 しかし、彼女はそれでもなお、一歩もこの場を退こうとはしなかった。

「「…!?」」

 同時に、番人達の背中に、ぞくりと何か冷たいものがはしるような感覚がした。
―…な…なんだ…!?今のは…?
 眼前の少女がその紫の瞳で睨みつけたと同時に感じたもの。それは、冒険者と言えどもか弱い少女に過ぎない彼女が持つにはあまりに不相応な、氷の如く冷たい刃にも似た”殺気”であった。

「…!…いないっ!?」

 そして、彼らが我に返ったそのとき、レフィルの姿はどこにも見当たらなかった。
―ま…まさか…!!既に…!?
 おそらくこの一瞬の隙に乗じて通り抜けていったのだろう。二人は慌てて後を追おうとした…

「まぁ焦らない焦らない。ここはワシに任せておけぃ。」

 だが、不意に後ろから聞こえたその声に、彼らは思わず立ちすくんだ。
「……!?…お…王様…!?」
 アリアハンからの来客の次は、一国の主。度重なる珍客の到来に、牢番達はただ愕然とするほかなかった。



 一方…薄暗い石造りの牢屋の鉄格子の内で…

―随分と騒がしいな。…だが、面白いことになりそうだ。
 立て続けに起こった信じられないような出来事の一部始終をその耳に受け取り、青年は僅かに口元を緩ませていた。

「…無事だったんだな、お前。…ったく、また無茶なことを。」

 命に関わる傷を負った次には、あまりに分を超えた行動。そうしてここに至った少女を見て、彼は溜息をつきながら彼女にそう告げていた。

「……どうして…こんなところに…」

 鉄格子を通して囚われた青年の姿が目に焼きつく。四肢を鎖に繋がれて自由を奪われ、その体には数え切れない程の傷を負ってなお、ろくな手当てをを施されていない。薄汚れた白髪がかかる顔には顔面全体を斜めに横切る大きな傷跡と、左の頬にも同じように刻まれた十字状の傷がある。そのような姿を晒している彼に、レフィルは口元を押さえて涙を零していた。