誘われし者 第五話
「ここか…。」
アリアハン西の森と丘を超えた先に、木々に囲まれた小さな湖があった。その周りの一番奥に、石壁で囲われた遺跡が見える。それこそが、誘いの洞窟への入り口であった。
―ここが、アリアハンからの出口…。でも、外の世界でも…。
オルテガの名が世界に知れ渡っている以上、"アリアハンの勇者"の肩書きは他国でも十分に大きい意味を持つだろう。
「それでも…行かなきゃ。」
しかし、このまま自分に課せられた運命を拒もうとしても、その願いは聞き届けられない。レフィルは半ば諦めにも近い気持ちで誘いの洞窟の中を物色した。
―…ひびが入ってる。これかな…?
一通り進める場所を探ってみたが、噂どおり、行くべき道は見当たらない。その中でたった一つだけ、ルイーダから聞いた壁の弱い部分を見つけた。
「えっと…魔法の玉を…。」
レフィルはレーベの老人から授けられた赤い色の球体を取り出して、その壁に近づこうとした…
ぐらっ…
「…わっ!?」
―あ…足が滑った…!?
だがその時、湿った石の床に足を滑らせて、レフィルはつまずいてバランスを崩した。
カタンッ!!
「あっ…!?」
その拍子に、手に握っていた魔法の玉を落としてしまった。
ググググググググッ…!!
「……!!」
直後、突然魔法の玉が不気味なまでに高速で震え始めた。どうやら落下の衝撃で作動してしまったらしい。
「わ…!わ…!わ…!!」
それを見て慌てふためき、一目散にその場を離れようとしたその時…
ズガァァアアンッ!!!
「きゃああああああああっ!!?」
魔法の玉が雷を思わせる程の轟音と共に、猛烈な衝撃を置き土産に弾け飛んだ。レフィルはなすすべもなく、その暴風の中に飲み込まれて、誘いの洞窟の中で転げ回った。
ガンッ!!
「…あいだっ!!」
その末に、レフィルは後方にある壁へと勢いよくぶつかって、その時の衝撃と激痛のあまりしばらくの間その場にうずくまった。
―い…いたたたた……、あ…頭打った…
「ホイミ…」
自らへと回復呪文を施し、痛みを押さえて無理矢理立ち上がる。
「ついて…ないな…」
ここまでたどりつくだけでも予想外の受難に見舞われてきたことで、彼女は先行きを不安に感じ、その表情を曇らせた。
ウォオオオオオーッ!!
キシャアアアアアッ!!!
「……!!」
その時、洞窟の奥の方からけたたましい音が聞こえてきた。
―ま…魔物!?
お化けアリクイ
体が異常発達したアリクイの魔物の上位種。
その巨大な体を保つためか、非常に食欲が強い。
キャタピラー
突然変異により巨大化した芋虫の魔物。
硬い甲殻に覆われており、体を丸めての体当たり攻撃は危険。
アルミラージ
額に角が生えた紫色のウサギ。
角を突き出しての突進は簡易な防具ならば容易く貫く。
―だめっ…!こんなに…たくさん…!!
集まってきたそうそうたる魔物の群れを見てかなわないと悟り、レフィルはすぐさまその場から逃げ出した。
ブゥウウウンッ!!
「……あ…っ!!」
その時、耳ざわりな唸りを上げながら、目の前に新手の魔物が立ちはだかった。
―い…入り口も…!?
さそりばち
サソリのハサミと尾をもつ巨大な蜂。
群れで行動することが多く、一人では手に負えない魔物。
「…っ!!」
魔物に追いかけられている状況で、入り口も既に塞がれている。
―もう…これしか…!!
残された退路は先程開いた新たな道しかない。レフィルはもはや何も考える余裕もなく、そこに逃げ込む他なかった。
ブゥウウンッ!!
「…ぁ…うっ!!」
さそりばちの一刺しが腕をかすめる。しかし、その激痛に歩みを止めるわけにもいかない。
―ど…どこか出口は…!?
石造りの回廊の中を必死に走りながら、レフィルは活路を探し続けた。
「…!!」
―あそこなら…!!
ふと、目前に道が狭まっている部分が見えた。レフィルはすぐさまそちらに向かって全力で走りながら手のひらを前へとかざした。
「ギラッ!!」
呪文が唱えられると共に、彼女の手から光が放たれて、狭まった壁の間に炎の壁を築いた。
『『『……!!』』』
同時に、魔物がその炎に驚いて一瞬動きを止めた。その隙に、レフィルはためらうことなくその中へと飛び込んだ。
「…熱…っ!!」
当然、炎の壁の中で無事では済まない。全身に焼けつくような痛みを感じながら、彼女は炎の中を突き抜けた。
「…う…ううっ…!!」
どうにか突破できた後に、レフィルはその場でのた打ち回った。ところどころに火傷を負ったのだろう。痛みが全身を襲う。
「ホ…ホイミ!!」
レフィルはすかさず回復呪文を自らに施して立ち上がり、後ろへと身構えた。
―…よかった…追って来ない…!
ギラの呪文によって生み出された炎の壁を怖れて、魔物達はこれ以上近づこうとはしなかった。
―でも…もう…戻れないな…
辛うじて逃げおおせたものの、引き返せばまた彼らと遭遇することになる。それはまるで、もはや引き返せぬ彼女の運命を物語っているようでもあった。