4.黒き胎動1

 礎に至るまで砕かれた市街の中に立ち上る幾十にも至る程の黒煙。その元にある瓦礫の山や店屋を始めとする建物もまた、灰塵に帰さんばかりに崩れゆかんとしている。

「おいおい。どうなってんだよこりゃあ……」

 探索していた旅の扉から繋がった魔界に位置する悪魔の巣窟から帰還してきたカンダタは、その光景を目にして愕然としていた。
 超竜軍団に属するドラゴンの群れの襲来を受けて、町全体が壊滅状態に陥ったのは彼も目の当たりにしてきた。だが、今はその時にも増して、更なる荒廃を極めて、元の繁栄の内にあった姿は見る影もなくなっている。
 道行く人々もまた、度重なる災厄を前にして疲弊を露わに、絶望を押し込めることもかなわぬ様子だった。

「女将さん、あんたも無事だったんだな。」

 丁度足を運んだ辺りにある焼け跡で、憩いの場を取り仕切る割烹着姿の恰幅の良い女の姿を見て、カンダタは声をかけていた。

「ああ、お陰様でね。あたしゃ日頃の行いには自身あるんだよ。今度はこの人に助けられて、事なきを得たのさ。」

 戻ってきた客から再会を喜ぶ様に頷くと共に、彼女−宿屋の女将は簡易の野営場で休んでいる一人の人物に目を向けていた。

「やれやれ、酷い目に遭いましたよ。」
「何言ってんだい、あんな中であんだけ余裕をもって動けたのはあんただけでしょうが。」

 それは、あの旅の扉の先−魔界の町の廃墟で出会った行商人だった。この異常事態の内にあっても平常心を崩さずにいる様子であり、女将も飄々としたその姿勢を前に呆れる余り苦笑していた。

「やはり、あの悪魔共の仕業か。」
「ええ、ギガンテスやアークデーモン、シルバーデビルにブリザードと言った顔ぶれでしたよ。流石にレベル1で勝てる相手じゃありませんでしたねえ。」
「何言ってるんだよ、全く。俺は専門家とかじゃあねえんだぜ?ってそれはさておき……」

 街中を歩む中で見た破壊の跡から、ベンガーナを再び襲った者達が魔界で見た悪魔達と同じであると予見していた。案の定、共にあの場に居合わせた行商人自身もカンダタの言を肯定していることから、間違いない様子だった。

「奴らもこの辺りじゃあ見ねえ魔物だったはずだよな。」
「ええ。言うなれば、私達と同じように異世界より呼び込まれた者達でしょう。」

 数多くの火器や軍隊を整備したベンガーナ周辺に、町一つを滅ぼせるだけの魔物はいないはずだった。そんな町に急に襲来してきたとあれば、魔王軍の手の者でなければ全く異なる環境より呼び寄せられた者達と推察出来る。

「しかしまあ、あの時雷が来なかったら面倒なことになってましたよ。」
「雷? ……ああ、そういやそんな跡だらけだったな。」

 助けられた女将から見ても余裕のある態度を見せる行商人だったが、真剣に思索するような表情と共に彼が告げる言葉に、カンダタは町中を穿つ焦げ跡を思い返していた。
 悪魔達の襲来だけでは、無秩序な破壊を繰り返すだけで、一点に集中した雷のような跡が幾つも残るのは考え難かった。それがベンガーナの町諸共、悪魔達に襲来したというのだろうか。

「まさに天罰ってとこだったよ。一瞬であの悪魔どもが消えちまったんだからね。」
「天罰ねえ……。だが、強ち間違いじゃあねえのかもな……?」

 撃たれた悪魔達の末路を見たように語る女将の様子からも、その雷が単なる自然現象の類に止まらないことが伺える。街の中に悪魔の亡骸が一つとして見当たらないことも相まって、それを放った何者かが明確に彼らを滅ぼさんとしていたかの様に見えた。
 おかげで人々は辛うじて生き延びることができたが、雷を放った者は最後まで姿を現さず、困惑と不安もまた彼らの内にくすぶっていた。




 錆びた鉄格子に仕切られた幾つもの牢を有する石累の地下道。それぞれの牢に設けられた窓からの地上からの陽光により、地下にありながらも木漏れ日のような明るさに包まれていた。
 橙の薄衣に身を包んだ占い師の少女メルルが手にしている水晶玉に、この場の皆が注視していた。旅装でありながらも幾分の優美さを持つ桃色の衣に身を包んだ王女レオナと、真紅の鱗に覆われた巨駆をもつ隻眼のリザードマンの武人、少女の祖母−黒い魔道士の帽子とローブに身を包んだ老婆ナバラ、そして牢の中に閉じこめられている、額に包帯を巻いた少年という面々だった。

「もうこの近くまで来ているのか……!!」

 水晶玉に映し出されている光景は、巨大なドラゴンに跨った二人の戦士達が谷間を抜け道行く姿だった。大刀を背負い竜鱗の鎧を纏った武人−超竜軍団長バランと、その部下とおぼしき青色の肌の青年ドラゴンライダーだった。
 その気配を拾ったメルル自身が怯えを隠しきれぬ様を見て、リザードマンの武人はその接近に戦慄していた。

「こんな時にポップくんったら!! どうしてあんなことを!!」
「今は何も申しますまい。かくなる上はこの命を盾としてバランを迎え討つまで……!!」
「クロコダイン……。」

 この状況を前に、既に一人の仲間−魔法使いのポップは諦観してついには出奔していた。親友を、それも希望たる勇者を見捨ててまで逃げ出した彼を責めるように愚痴をこぼすレオナを諫めながらも、武人−クロコダインもまたその事実を前に当惑している様子だった。
 魔物に属する彼がこうして人間達と行動を共にするきっかけとなった大元が、ちっぽけなポップの勇気であった。それがこのような形で裏切られたとあれば、胸中が穏やかなものでないであろうことを察し、レオナも俯くしかなかった。

「…………ポップさん。どうして……。」
「……ドラゴンの騎士様が相手なんだ。それも、目の当たりにしちゃあねえ……。」

 超竜軍団長のバランと一戦を交え、完膚なきまでの敗北を喫した以上は、勝ち目のない戦いであることはこの場の皆が、否応なしに思い知らされていた。だが、皆が耐えている中で一人だけ逃げようとする姿勢を前にしては、レオナやクロコダイン、メルルは彼を責めずにはいられない。

「お願いだよ、出してよ。もうすぐぼくを迎えに来てくれる人が来るんだから。」
「ダイさん……。」

 まして、親友とも呼べる間柄である牢の中の少年−記憶を失ったダイを見捨てようとあれば、尚更のことであった。
 額に輝く紋章を通して刻まれた力に導かれるままに、ここに迫ろうとする者を待ち続け、悪しき思惑に引きずり込まれんとしている。まして、最早再びこれまでの日々を思い出さなければ、ここで守り抜けたとしても然したる意味もない。
 如何に足掻こうが、最後に希望が掴めないことが脳裏に浮かぶ中、一行の表情はおのずと暗く落ちていた。



 巨大な泉を擁するテランの地に続く谷間の道。馬車の往来もできる程の広さを持つその街道を、二頭の巨大なドラゴンが主を背に乗せて闊歩している。
 突如として襲い来た悪魔を炎の息吹で焼き払い、道行く不幸な冒険者をも踏みつぶしていく。


「ここまでくれば、後少しだ。ラーハルト。」
「はい。」


 ドラゴンを駆りながら、バランはもう一人の騎手−槍を背負った青肌の騎士・ラーハルトに向けて声を掛け合っていた。既に行程の大半は踏破しており、目的地である城に向けて後少しを残す所となっていた。

「ルーラ避けの結界など、一体誰が作り出したというのでしょうな。この悪魔共か……それとも、いやまさか奴らにそれだけの力などありますまい?」

 瞬間移動呪文・ルーラ。一度訪れた場の記憶を辿り、瞬時に飛翔する高速移動の呪文。それを用いることで、バランならば目的地であるテランの城近くまで移動することが可能であるはずだった。
 しかし、テラン周辺に張り巡らされた力により、ルーラによる移動が妨害されていた。そのために、陸路を辿らざるを得なかった。

「いずれにせよ、これしか道はない。一気に突破するぞ。」

 これを仕掛けた者が誰であるかを知る由もないが、そこで立ち止まることもできない。再び手綱を取り、二人の騎士は先を急がんとした。

 
「大地に眠る力強き精霊達よ、今こそ我が声に耳を傾けたまえ。ベタン!!」


 谷の終わりに差し掛かったその時、不意に詠唱がバラン達の耳に入ってきた。

「!!」
「こ、この呪文は!?」

 同時に、バランとラーハルトの周囲の空間が急激に重みを増し、重圧によって道に巨大な円形の窪みを形づくる。万物が受ける理を魔法力により操り相手を押しつぶす、重力呪文ベタンだった。
 二人の乗るドラゴンは己自身の重みを支えきれずに地面にめり込み、身動きが取れなくなっていた。ラーハルトもまた、ベタンが引き起こす力を前に、動けずに地に伏している。

「小賢しい!!」
「うわっ!?」

 だが、バランは額の紋章を輝かせると共に呪文の力を振り払うと共に、谷の上にある木に向けて手をかざす。発動された呪文・雷撃呪文ライデインにより呼び起こされた力により、落雷が木に直撃して真っ二つに砕き、隠れていた者をいぶり出していた。 

「竜闘気……ドラゴニックオーラ……! だが、てめえらの足は奪ったぜ!」

 倒れる木を辛うじて避けて出てきたのは、緑を基調とした魔道士のローブを纏った少年・ポップであった。紋章の力−竜闘気を纏うバランには大したダメージを与えることはできなかったが、それでもベタンの重力に叩きつけられた衝撃でドラゴン達は気を失い、これ以上動くことは叶わない。

「おのれ! 我らの行く手を阻むか、人間めが!」
「くっ……!!」

 一定の成果を挙げて満足するのもつかの間、いきり立ったラーハルトが背負った槍を取りつつ天高く舞い上がり、大きく振りかぶりながらポップ目掛けて突進する。
 呪文を唱える間も与えずに一瞬で迫る彼に対し、ポップには為すすべもなかった。

「!」

 振り下ろされる槍に両断されようとする直前、剣戟が鳴り響くのが耳に届く。ラーハルトの一撃は、いつしかポップの前に立ちはだかる人物の剣によって受け止められていた。

「……我が槍を受け止めただと? さてはその剣も、ロン・ベルク作の武具か!!」

 力を込めた斬り返しに弾かれて後退しながら、ラーハルトは乱入してきた男の持つ剣へと目を向けていた。全力をもって振るった名匠の槍を以て斬れぬとあれば、その剣もまた相応の、或いは同一の者の手により作られたものと推察することができた。

「ヒュンケル……か。へ……へへ……格好わりいとこ見せちまったな……。」

 寸での所で駆けつけてくれた救援者−骸骨の意匠を有する鞘を帯びた、銀髪の青年剣士ヒュンケル。命の危機を助けられたものの、助けられて面子を崩すようなことでもあったのか、ポップはぎこちなく苦笑していた。 

「……バラン相手になんたる無茶を。おとなしく離脱しておけばよかったものを!」

 一方で、ヒュンケルはポップが為した無謀に対し、嫌味などではない真剣な面持ちで叱責していた。超竜軍団長の圧倒的な戦闘能力と、呪文を弾く竜闘気に対し、一介の魔法使いに過ぎぬ彼が戦えば確実に負けるのは目に見えている。

「わかってらあ。おれにはどうしようもない問題だってな……けど……。」

 命を駆けた所で時間稼ぎにしかならないことは一度対峙した彼自身が一番よくわかっていた。
 記憶を失った勇者にして、希望にも等しい掛け替えのない親友を守るためならば、命を捨てるために仲間の助けを断ち切ることすら厭わぬ覚悟だった。
 今も尚、声も震えている程の臆病で脆弱な人間に過ぎない彼が、気力を振り絞って命を賭している。誰にも頼らず、ただ一人で戦わんとするポップの姿に、ヒュンケルは何も言わなかった。

「魔剣戦士ヒュンケル……お前もここに来ていたのか!」

 再会するのも束の間、バランがこちらの姿を認め、呼びかけてくる。かつて同じ六大軍団長として魔王軍に籍を置いていた者が、今また勇者がために立ちはだかる様に驚きを隠せない様子だった。

「やはり同じ紋章……か。どうやら、ダイを迎えに来たようだな。」

 ベタンをしのいだ際に発動されたドラゴンの紋章を見て、ヒュンケルは確信を得たように眉をしかめる。仲間である勇者が操るものにして、魔王軍の侵攻した跡に見つけた紋章が物語るのは、バランとの最も近しい繋がりに他ならない。

「そうだ。邪魔をするならばお前とて容赦はせんぞ!」
「……それは、ダイの本意なのか?」

 大魔王の手先に成り下がった男が勇者として人間のために戦う少年に認められるはずがない。バランと言葉を交える中で、ヒュンケルに嫌な予感がよぎる。


「下らぬ。最早ディーノに人間どもと過ごした記憶などない! そのような無用なもの、あの子から根こそぎ消し去ってくれたわ!」


 勇者として根付いてしまったのであれば、人間を根絶するという使命を果たすなど到底できはしない。ならば全てを一からやり直し、再教育を施す。それがバランの答えだった。

「そういうことか、貴様……!!」

 勇者を信じていたからこそ、ヒュンケルはバランの為したことに驚かなかった。そして、かけがえのない家族や仲間、彼の志を育んできた全てを断ち、己の望みのままに動く道化に仕立てようとしていることに、今にも激昂しそうなまでの怒気を露わにしていた。

「お前の相手をしている暇はない。来るべき脅威に備え、ディーノを取り戻さなければならないのだ。……ラーハルト!!」
「はっ、ここはお任せください!」

 剣を取り構えてくるヒュンケルの視線を一瞥しながらも、相手にすることなく背を向けつつ、バランはラーハルトに命じるように叫ぶと共に、テランへの道へと進み始めた。

「ま、待ちやがれ!! ……トベルーラッ!!」

 この場を離脱するバランの姿に、焦燥を露わにポップはすぐに呪文を唱えていた。飛翔呪文トベルーラの力により体が宙に浮き、道の上空を伝ってバランを追いかける。

「させるかっ!!」

 空から直接バランを叩かんとするポップに対し、ラーハルトはすぐさま行動を起こしていた。地を蹴って空高く舞い上がり、そのまま斬り裂かんと槍を振り上げる。

「ブラッディースクライド!!」
「……っ!!」

 その瞬間、ヒュンケルは気合いと共に切っ先を捻りつつラーハルトに向けて渾身の突きを放った。剣を握る手を伝って集うエネルギーが刀身を通じて、一条の鋭い衝撃波と化して彼に襲いかかる。
 ポップへと斬りかからんと空中に跳んだ体勢からではまともに避けることもかなわず、身を捩らせて強引にかわす他はなかった。

「……少しはできるようだな。」
「それはお前とて同じことだ。しかし、その手負いの身でオレに勝てるとでも思ったか!」

 決定的な隙を晒したところを見逃さずに当てる技量と、体に漲る生命エネルギーである闘気を自在に操るだけの力量。そして、先日突如として襲いかかった雷撃によって決して軽くない傷を負ったこちらの状態をも察するだけの眼力。侮蔑の対象である人間にしては、先日たった一人取り残されながらも生還した少女も超えるであろう、長らく見ない有数の使い手と見ていた。

「む……っ!?」

 次の瞬間、ラーハルトの槍がヒュンケルの眉間を狙い澄まして繰り出されていた。目にも留まらぬ一閃を距離を取ってかろうじて見切りつつも、その身の捌きの速さにヒュンケルは目を見開た。

「だが、人間ごときにこれ以上好きにさせるものか!!」
「ぬう……!!」

 これでも全力を出し切れていないとあれば、バランから信頼を得ている真の力は果たしてどれほどのものだったのだろうか。槍の石突を地面に突き立てながら一喝するラーハルトに相対しながら、ヒュンケルもまた鞘を取り、剣と共に掲げた。

「「アムド!!」」

 同時に同じ言葉、”鎧化”を唱えると共に、互いの武具が無数の糸のように解けて、それぞれの主の体に纏い始めた。ヒュンケルの体には骸骨の騎士たる姿を思わせる意匠の全身を包む堅牢な鎧が、ラーハルトの体には籠手と胴鎧、脚袢を主として動き易さと攻撃性に主眼を置いた白銀の軽装鎧がそれぞれ築き上げられていた。

「我が主、ドラゴンの騎士バラン様に代わって、貴様等人間への怒りを味あわせてやる、覚悟しろ!!」

 様子を見ることすらなく、ラーハルトはすかさず怒号と共にヒュンケルへと襲いかかっていた。神速と形容すべき無数の突きが、同じ材質で出来ているはずの鞘の鎧を破壊していく。

「バランと同じ苦しみ……お前達に何があった!!」

 それに怯まずに耐えしのぎ、ヒュンケルもまた一度動きが鈍ったところに一気に間合いを詰めてラーハルトへと斬りつける。回避行動を取ろうとするも満足に避けきれずに、鎧に一筋の斬撃の跡が刻み込まれる。
 共に秀でた力と武具を持つ者同士の死闘が、ここに幕を開けた。




 時を同じくして、不意にテランの地下牢に水晶玉が鈍い音を立てて落ちて、石床の上を転がり始めた。

「!!」
「メルル、どうしたんだい!?」

 手にした水晶玉を取り落とす程に、メルルは意識を奇妙な感覚により一瞬大きく傾けられていた。朦朧としているメルルを揺さぶって呼び起こしながら、ナバラはすぐに尋ねていた。占い師としての素養、未来を知る素養が強い孫娘のことを一番よく知っている以上、それがただ事でないことを直ぐに察することができた。

「誰かがこの城の中に侵入したわ……!! ここまで気づかないなんて一体……!!」

 次いで発せられたメルルの言葉は、この場の皆を驚愕させるには十分だった。先程の予知により超竜軍団長の接近を知ったばかりであるが、それとは別の何者かが既に近くにまで出てきている。

「……!!」

 それを聞いたレオナが、慌てて階上に上がると、そこにいたはずの兵士達が例外なく倒されている様が目に映った。手にしていた武器は尽く砕かれており、力任せに倒されたように見受けられた。

「そんな……見張りが全員倒されて……!」

 物見台の兵士も、異常を知らせる役目を果たすことなく、呪文により眠らされた後に拘束されている。兵士や使用人達の全てが、気づく間すら与えられずに動きを封じられている様子だった。

「!!」

 レオナが地下牢に戻ってきたそのとき、少年ダイの閉じこめられている牢の錠前に一瞬金属音が鳴り響いた。

「出てこい!!そこのネズミ!!」

 すかさずクロコダインがダイの牢に向けて手をかざしつつ、力を込めた。手のひらに集う闘気が牢の前を横切り、最奥の壁まで激突して、土埃を上げていた。

「……鍵だと?」

 甲高い音を立てながらダイの足下に落ちたのは、城の兵士が持っていたはずの牢の鍵だった。そして、闘気の奔流が引き起こした暴風により、それを持ち出した者の姿が露わになっていく。

「おのれ、バランの手の者か!!」

 風景と身を同化させることで姿を隠していたのか、幽霊の如く半透明な姿だった。テランの警備の全てを打ち崩して、ダイを連れ去らんとするバランに加担せんとする者に対して、クロコダインは怒りを露わに一喝していた。

「……!! あなた、ベンガーナの!!」

 完全にこの場に姿を現した者の顔を見て、レオナはすぐにその正体を思い出していた。
 身につけているものこそ粗末な襤褸のフードつきマント、そしてその下にある素肌と四肢を惜しげもなく晒す踊り子の衣装のような防具だけであった。だが、右手に無骨なバトルアックスを携えて、怖じることなくクロコダインを真っ直ぐに見据えるその姿は年相応の少女らしからぬ暗殺者たる姿だった。
 ベンガーナの町で超竜軍団との戦いに巻き込まれて、ダイとも剣を交えたドラゴンライダーの少女との思わぬ再会に戸惑いながらも、この取り返しのつかないことを為そうとする者に対してすぐに冷ややかな表情に立ち返っていた。


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